第80話 元奴隷の奴隷の怒り

「え?おまえはマルティナ。それに後ろにいるふたりもなんで生きて……」


ここまで口しておきながら、レオナルドさん、いえ、さん付けする必要は無いわね、明らかに敵対しているのだし、レオナルドは慌ててしまったと口を閉じたわね。


「そりゃ3人で2体の変異種をぶちのめして生き延びたからよ。あたし達は救援要請に応えただけなのに、あのタイミングでよくもあたしを変異種の前に突き飛ばしてくれたわね。あたし達じゃなかったら死んでたわよ」


あ、あたしったら、こんな汚い言葉を使ってどうしましょ。でも、敵対した以上は相応の覚悟をしてもらいましょうか。


「言いがかりはやめてもらおう。ギルドの中での中傷は罰則規定に触れるぞ」


こいつ、何をいってるの?まさかこの場に至って自分のやったことを誤魔化すつもり?いえ、それとも本気であれが敵対行動だって思っていない?


「ギルドの罰則規定には他のハンターに危害を加える事を禁止することの方が上位に位置していたはずだが、そこはどうなんだ?」


あ、瑶さん、静かだけど、これ怒りを向けられた相手はかなり怖いと思う。実際かなり顔色も悪いものね。うん、でもその程度で済ませられるレベルじゃないもの、自業自得よね。それに周囲の人の目も随分と胡乱な目で女神の雷をみているのがわかる。これは随分と自分達に都合の良く盛った話をしていたんでしょうね。


「く、そうだマルティナ。いつまでそっちにいるつもりだ。奴隷は主人であるオレのところに来るのがあたりまえだろう。さっさとこっちに来い」


マルティナさんは、レオナルドを睨んだまま1歩も動かない。当然よね。もうマルティナさんはレオナルドの奴隷じゃないのだもの。


「なぜ来ない。奴隷紋の縛りを受けたいのか」

「無駄よ。もう貴様のような下衆の言葉を聞くことは無いわ」

「……。いいだろう、奴隷というものがどういうものか分からせてやろう。マルティナ、命令だ。オレの横に来い」


マルティナさんは……、動かないわね。ちょっと心配だったけど。レオナルドとの奴隷契約はきっちりと切れているようね。


「ど、どうした。さっさと来い。いくらマルティナでも、奴隷紋からの苦痛に耐えられるわけが……」


やっぱり勝手が違って焦っているわね。奴隷契約の制限について把握してなかったってことね。


「レオナルド。あんたは奴隷契約について、何も知らいのね。奴隷だからって何をしても何をさせても良い訳じゃないのよ」

「なん、だ、と?」

「契約にもよるけれど、あたしみたいな剣奴程度だと無謀な戦いを強制した段階で奴隷契約は切れるのよ。今回の場合の無謀な戦いが何を指すのかは分かるでしょう。ただ、たまたま、一緒に巻き込まれたのがアサミさんとヨウさんだったから生き延びられた。ただそれだけのことなんだから」


「ふざけんな、お前を買うのにいくら払ったと思ってやがる。契約が解除されたなら再度契約すればいいんだろう。こっちにこい」

「再契約なんかすると本気で思っているの?だいたいもうわたしには新しいご主人様がいるから契約できないけどね」

「なんだと。それは誰だ。奴隷は主人の財産だ。それを勝手に奪えば犯罪だぞ」

「その前提が既に間違っているって分からないのか。レオナルドがわたしに死出の戦を強制した時点でわたしはお前の奴隷でなくなっているんだ」

「それでも、お前は俺の財産……」

「違うね。契約が解除された時点で、あたしはお前の財産ではなくなっている。ただの野良奴隷だ。そして先にも言ったがわたしには既に新しいご主人様がいる。つまりあたしはそのご主人様の財産だ。奪おうとするならレオナルド、お前は犯罪者だ」


あ、レオナルドが剣に手を掛けたわ。あいつそれなりに強いけど、オークの変異種への対応を見てたけど、あれなら瑶さんどころかあたしでも取り押さえられそうなのよね。


「そこまでだ」


あたしが身構えたところに狙ったようにギルドマスターステファノスさんが出て来た。


「ギルマス。ハンターギルドとして、こいつらの横暴を許すわけではないだろうな」


レオナルドの叫びにステファノスさんは眉をピクリと動かしただけで相手もしないわね。


「ヨウ、そしてアサミよく無事で戻った。ふたりが死んだと聞いた時には耳を疑ったぞ」

「あたし達が、死んだ?」

「ああ、女神の雷の話ではそうなっていたな。クククッ」


ステファノスさんが、意地の悪い顔で薄く笑いながらそう言うと、それまで強気でいたレオナルドが急にオロオロし始めたわね。

これは、ふーん。


「あたし達は、こうしてちゃんと生きてるわよ。何をもって死んだって言ったのかしらね」

「ふふ、彼らは倒れたお前たちに魔物が集中しているのを見たと言っていたんだ。そして自分達はやむを得ず魔物の敵意がそれている間に逃げてきた、とね」

「変異種の前で倒れて?ちょっと転んだ程度でなく?それで生きて帰るってのはさすがに無理があるんじゃないですか?」

「ああ、無理だろうな。ただ、彼らはお前たちが死んだことに確信を持っていた。状況に差がありすぎるな」


あたしと、そこまで話したステファノスさんはレオナルドに鋭い視線をむけて口を開いた。


「さてレオナルド、ここで今再度聞こう。ヨウとアサミが変異種の前に倒れ死亡したのを確認したと言ったが、本人はここに生きている。どういうことかな?」

「あ、……いや、……、くっ。そうだ、きっと3人が倒れたように見えただけだったんだろう。オレも焦っていたからなあれだけの敵の前で地に伏せれば死んだと思っても仕方ないだろう」

「ふざけるな、おまえは……」


レオナルドの言葉にあたしは感情を制御できない、言いたいことが口から出ない


「この邪悪な人の皮を被った魔物が人語を口にするな。汚らわしい」


あたしが怒りに言葉を失っている横で、マルティナさんが吠えた。

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