第47話 ハイヒール

約50メートル先の狐を狙って弓で射る。


「え?」


あたしは思わず声を出してしまったわ。

今のは、あたしは外していないわ。そのくらいは感覚で分かるもの。ということは避けられた?

あたしが一瞬ぼーぜんとしている間にこっちに向かってきたわ。

慌てて2の矢を放つけど、こんな状態で当たるわけもなく……。瑶さんも追いかけてくれているけど、狐の方が速い。

弓で射るのを諦めあたしは腰の後ろに下げた短剣を引き抜いた。

短剣を構えた時には狐はもう、10メートルも無いところまで迫っている。その後ろに6本の尻尾がなびいていた。


「くっ」


いきなり飛び掛かってきた狐に、あたしはどうにか体を躱し、短剣を振り切ったのだけど、これも躱された。空中で躱すなんて、どんな体術よ。

地面に降りた狐は、あたしのスキを窺うように右回りに移動している。あたしも少しずつ移動しながら警戒をしている。できれば瑶さんとの間に狐が来るように移動したいのだけど警戒心が強いのか、その狐はするりと場所を変え挟み撃ちをさせない。明らかにこの狐、あたしより速い。

『くっ、もっと速く動けたら』

あたしが、益体もなく思ったその時、フッと僅かに柔らかな光があたしを包んだの。

そのとたん、あたしの身体が一気に移動した。


「え?」


それまでも以前と比べてとんでもなく高性能になったと思っていた身体が更に加速したの。

それまであたしより間違いなく速かった狐。今のあたしは、狐より速くはないけれど、負けない程度には速いわ。


「ふっ」


気合を込めて短剣を振るうのだけど、速さこそ追いついたものの、決定的なアドバンテージにはなっていないの。瑶さんも急いで向かってきてくれているけど、まだ数秒はかかるわよね。


そんな一瞬のあたしのスキを突いて狐が飛び掛かってきたわ。

とっさに横に転がって避けたのだけど、あたしの居た場所の後ろにあった直径20センチほどの木が狐の前足の攻撃をあたしの代わりに受けて”メキメキ”そんな音をたてながら倒れていったわ。

あんなもの受けたら、いくら防具を揃えたとは言ってもあたしは耐えられないわよ。

でも、驚いてばかりもいられないわ。今もあたしを狙って飛び掛かってくるのだもの。

転がって避けるのが精いっぱいだけど、すぐ横で”ドカン”、”ドゴン”と盛大な音をさせる狐の攻撃にあたしは冷や汗をかきながら必死に転がって避けて、あ、これは無理、当たるわ。

『や、痛いの嫌よ』

また、あたしの身体を光が包んだわ。

”ドン”

あたしのお腹あたりに狐の前足が振り下ろされたのだけど。


「ガフッ」


くぅ、今の目の前が一瞬真っ白になったけど、あたし生きてるわね。

今の間違いなく当たったのよね。自分のお腹を見ると、破れたポンチョと、その下の鎖帷子が少し破損しているのが見えたわ。これ普通なら死んでるわよね。


でも、あたし自身は今のはきつかったけど生きてる。とてもあんな木をへし折るような攻撃が当たったとは思えないわね。


それでも立ち上がっていないあたしにのしかかろうと狐が向かってきたところへ瑶さんの剣が振るわれて助かったわ。


「朝未。大丈夫か?」


あら、瑶さんの声が珍しく焦っているわね。


「ええ、大丈夫です。ポンチョと鎖帷子は少し破損しましたけど、あたしは元気です」


瑶さんの声に、あたしは身体を起こそうとして


「ガッ」


痛みに身体を抱え込んでしまったわ。


「朝未。…………」


瑶さんの声は聞こえるけど、何を言っているのか分からない。でも、『こんな痛いのは嫌よ。なんとかして』

ふっと温かいものがあたしを包んで痛みが軽くなったような気がして、あたしは意識を手放した。





「うっ」


目を覚ましたあたしはお腹から胸への痛みに顔を歪めたのだけど、それでも今は少しマシかしらね。


「朝未。気が付いたか」


心配そうな瑶さんの顔が覗き込んできたわ。

なので身体を起こそうとすると、少し痛みが走るわね。


「起きなくていいよ。無理をしないように。右の肋骨10番から12番が折れているし、お腹も打撲がある。回復魔法は使えるかい?」


瑶さんに言われたように右わき腹が一番痛いわね。あたしはいつものようにそっと手を当てて


「早くよくなりますように」


すっと痛みが引いてお腹の方の腫れた感じは軽くなったわ。でも


「う、これだと骨折までは治らないみたい」


ラノベやゲームのヒールくらいの効果なのかしらね。軽いケガや打ち身程度は一瞬で治るけど骨折となると即時回復とはいかないみたいね。


「あ、でもひょっとしたら」


確か、初級聖属性魔法書の後半にハイヒールの魔法が書いてあったわ。なので今度は、折れた肋骨が元の位置に戻って治るようにイメージをしながら集中して魔法を使ってみることにする。


「ハイヒール」


微かな光と温かさを感じ、すっと痛みが引いたわ。

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