第48話 ナインテールフォックス
あたしが身体を起こすと瑶さんが手を貸してくれた。
「うまくいったようだね」
「ええ、聖属性魔法書を読んでおいてよかったわ」
瑶さんの手渡してくれたチェインメイル。少し破損しているそれを装備しなおして、その上にハードレザーのブレストメイルを付けなおす。
「よかった。でも、狐の攻撃をまともに受けたのを見た時には青くなったよ。チェインメイルだと打撃の軽減効果は限定的だからね」
「そのあたりについてなんですけど」
狐との戦いの中で不思議な感覚があったことを瑶さんに伝えたの。
「ふむ、動きが速くなったり、攻撃を受けた時に思ったよりダメージが少なかったりか。いわゆる強化補助魔法。バフってやつかな。聖属性魔法にそれらしいものがあったようにも思ったけど、朝未は練習してなかったよね。いきなり使えたりするものなのかな?」
「それと一緒なのかは分からないけど、稀にいきなり使える人がいるようなことは書いてあったわね」
でも、その稀な例って確か『聖女』とかいう名前?称号?と一緒になっていたので嫌な感じがするのよねえ。
あ、そういえば。
「瑶さん。バフなんて言葉知ってるのね。ひょっとして実はゲーマーだったり?」
「う、ちょっと齧った程度だよ」
クフフ、とあたしが笑いながら聞くと、瑶さんがちょっと頬を染めて動揺してるわね。ゲームくらい別に良いと思うんだけどな。
「ただ、あたしは狐との戦闘中は呪文とか発動句を唱えたわけじゃないのよね」
「そこは、基礎魔法理論の中に『呪文や発動句は強固なイメージを持ち目的と対象を明確にするための補助であり』って言葉もあったから、実は呪文や発動句は魔法の発動に必須問う言うわけでは無いということだと思うよ。そもそも初めて使った朝未の回復魔法もそんなものに依存してなかったでしょう」
なおさら困るのよね。聖属性魔法で過去にそれが出来たのが聖女と呼ばれる特別な存在だけだったらしいのだから。そのあたりも瑶さんに伝えると、さすがに瑶さんも顔を顰めたわね。
「そうすると、朝未は以前から回復魔法や補助魔法の練習をしていたことにしないとまずいのか」
「それはちょっと無理がありませんか?ハンターギルドの資料室で魔法関連の資料を読み漁っていたのは見られていますし」
黙って干渉無く調べさせてくれたのは確かだけど、あの時受け付けてくれたお姉さん、時々様子を見に来たのよね。だからあたしが魔法関係の資料を読み漁っていたのはバレバレだものね。あれで以前から魔法の練習をしていましたっていうのは無理があるのはたしかよね。
「そうすると、魔法は今は練習中で使えない。今回は魔法無しで切り抜けたって事にして、時々練習している状況を見せるようにするのがいいかな」
「魔法の練習。瑶さんも付き合ってくれますよね。特に聖属性魔法以外は個人差はあっても使える人は多いってことになっているんですから」
そんな話を決めて、あたしと瑶さんは今回斃した狐4頭をバッグに括り付けエルリックに戻ることにしたの。
エルリックに戻ってハンターギルドに狐を卸そうと受付に向かうと、登録からこっち担当してもらっているお姉さんがホッとした顔で声を掛けてきたの。
「ヨウ様、アサミ様、ご無事でしたか」
「無事って。この通りですよ」
「何かあったの?」
「はい、実はお2人がスリーテールフォックス狩りに向かわれたエリアでナインテールフォックスが確認されたんです」
「「ナインテールフォックス?」」
「はい、見た目はスリーテールフォックスとほとんど変わらないのですが、敏捷性、攻撃力、警戒心等が何倍も強い魔獣です。今討伐依頼を出して初心者はそのエリアに近づかないよう注意喚起しているところです」
なんとなく思い当たることがあって嫌な予感がするのよね。瑶さんに目を向けると瑶さんも微妙な顔してるわ。
「えと、そんなに違うんですか?」
「そりゃあもう。スリーテールフォックスは初心者でもとは言いませんが、通常なら8級から6級ハンターが3から5人のパーティを組めば問題なく狩れるんですが、ナインテールフォックスは最低5級ハンターが5人パーティで狩るような魔獣ですからね」
「スリーテールフォックスと見た目がほとんど変わらないと言われましたが、見分けるのはどうすれば?」
あたしはなんとなくそうじゃないかなと思いつつ聞いてみたのよね。
「はい、尻尾の数が違いますね。スリーテールフォックスは2本から5本なんですが、ナインテールフォックスは6本から9本なんです。5本と6本では1本しか違わないんですが、その1本の違いを見落とすと初心者ばかりか中級ハンターでもあっさりと命を落とします」
あたしと瑶さんはそっとお姉さんから目をそらしたの。
だってここで言えるわけないじゃない。スリーテールフォックスと思って最後に狩ったキツネの尻尾が6本だったなんて。
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