第22話 翻訳

馬車に揺られること数時間、目の前には大きな壁がそびえているの。夕焼けに赤く染まって綺麗ね。


「ふわぁ。大きくて綺麗な壁ですね」


日本では、見たことのない大きな壁にあたしは目を見張ってしまったわ。

あ、それに異世界の街のお約束ね。城門に列ができているわ。


「街に入るには、やはり何か手続きみたいなものが……。あれ?」


いま何か柔らかい物を突き抜けたような感触があったわ。

あたしがキョロキョロと見回していると、瑶さんも何か気になったみたいで周囲を見回しているわね。


「ね、瑶さん。今何か変な感じなかった?」

「ああ、朝未も感じたんだね。何か柔らかい障壁を通り抜けたような感じだったね」

「でも、周りの人たちは何も感じてないようでしょ?なんだったのかしら?」


「ああ、やはり瑶様も朝未様も神威(しんい)を身に宿されているのですね」


は?神威?身に宿す?ってそれより今のは誰?あたしと瑶さんが振り返った先にはミーガンさんがニコニコと笑っているじゃないの。え?でも、今凄く自然に日本語を話しませんでしたか?あたしが目をまん丸にして見ていると、ミーガンさんはいたずらっぽい顔で答えてくれたの。


「わたしが持っている翻訳の魔法道具は簡易なものだとご説明したでしょう」

「え、ええ。でもそれなら尚更、このようにスムーズに翻訳されているのは不思議なのですが」

「ふふふ、このエルリックは軍人・商人・傭兵など多くの人が訪れる街です」

「はあ」


まあ、これだけ大きな街ですからそれはそうでしょうけど。何が言いたいのか分からないわ。


「つまり、様々な言葉を話す方が集まるということなんですよ」


あたしの察しが悪いのかしら。瑶さんの様子をそっと覗き見てもあまり分かっていないようで、ちょっとホッとしちゃったわ。そんなあたし達2人の様子に更にクスクスと笑いながらミーガンさんが説明してくれたの。


「この翻訳の魔法道具は簡易であってもそれなりに値が張るんです。そんなものを皆が所持するのは無理があるということで、70年ほど前のご領主様が翻訳の結界を街全体に張ってくださったのですよ。で、先ほどお2人が何かを突き抜けたような感じがしたと言われたのが、その結界の境なんです」

「これだけ大きな街全体を覆う結界って、凄いですね。でも先ほどの神威というものが分からないのですが。それに様付けで呼ばれるのはちょっと」

「それはですね。実はわたし達のような一般人はお2人が感じられたような何かを突き抜けるような感覚というものを感じることが出来ないのです。過去にそれを感じられた僅かな方々は皆高位の司祭様であったり、過去に並ぶもののない聖騎士であったりと神の力をその身に宿したと言われた方々ばかりだったんです。それをもって神威とわたし達は呼んでいるのですよ。ですからお2人がそれを感じられたということで神威を身に宿されていると考えたのです。そういった方を呼び捨てなどとんでもありません」


何か大ごとな雰囲気ね。あ、瑶さんも顔を顰めているわ。


「私たちは、そんなたいそうなものではないですよ。ただ、土地勘が無く1月ほど山で迷ってたどり着いたのがミーガンさんと出会ったあの場所だったというだけです」


あら?瑶さんの言葉にミーガンさんが顔を微妙にひきつらせたわね。


「あ、あの山というのは、助けていただいた場所の北に広がる山々でしょうか。そしてそこで1月と言われましたか?」


あら?あそこってそんなに驚くような場所なのかしら。ウサギや鹿を狩れば食べ物には困らなかったので気にならなかったのだけど。

あたしがそう言うとミーガンさんは更に驚きを隠せない様子で口をパクパクとしているわね。


「あ、あの山は腕利きの狩人が浅いところでウサギを狩るのが精いっぱいなはずです。奥に行けば単なるウサギがとんでもなく狂暴で強力になり普通ではとても1月などという長期間滞在するのは難しいのです。そこに道に迷ったからと1月もとは……。やはりお2人は神威を宿されているのではないかと思います」


”それに”とミーガンさんは続けるの。


「過去におられた神威を宿された方々の特徴を、あなた方もお持ちですし」

「特徴、ですか?」


あら、瑶さんが興味を持ったみたいね。


「え、ええ。過去の神威を宿されているとされた方々は、例えば髪色ですが、髪色は黒、茶、金だったのです。これらの髪色は一般にまず見ることがありません。あと瞳の色と形ですね。瞳の色は黒、茶、青でした。また瞳の形も我々一般人ですとやや縦長の形なんですが、みなさんほぼ綺麗な円形ですね」


ああ、これはひょっとすると過去にも地球から転移してきている人が結構いる感じなのかしら。そして転移してくると何か特別な力を持っているのかもしれないわね。

ワイルドウルフとの戦いを考えるとあたしと瑶さんもこの世界ではちょっと特別な感じになっているかもしれないし。

あたしは瑶さんとアイコンタクトで後で相談しましょうと伝えたの。伝わったわよね。


「揺様、朝未様、これからどうされますか?」


こ、この先の方針は、やはり大人である瑶さんに話してもらった方がいいわよね。もう一度あたしは瑶さんとアイコンタクトで”オネガイ”してみたの。

あ、一応通じたみたいね。瑶さんがちょっとため息ついて”仕方ないなあ”って顔したもの。


「その、翻訳の結界というのはここ以外でも街では張られているのでしょうか?」

「えー、そうですね。国境近辺の辺境伯領領都では異国からの来訪者も多いので比較的多く。王都となれば異国からの高位者を招くこともありますので多いですけど、普通は無いですね」


あ、瑶さんが渋い顔してるわ。


「では、その翻訳の魔法道具でしたか。それのこの翻訳の結界と同じレベルで翻訳してくれるものはありますか?」


あ、そうよね。翻訳の結界があるのならいいけど、大きな街以外にはないってことになるとあたし達には必要よね。


「そうですね。あるにはありますが、非常に高価となります。例えば私の使う簡易型で50万スクルドします。お2人が求める高性能なものとなりますと500万スクルドはするかと。ただ、そもそも必要とする人が少ないため、出物があった時に言い値で買うしか手がありません。このため500万スクルドというのは最低価格だと思ってください」


どうやらスクルドというのがこの国のお金の単位のようね。でも具体的にどのくらいの価値があるのかしら。それは瑶さんも同じように疑問をもったみたいね。色々聞いているもの。

結論から言うと文化文明の違いがあるので直接比較はしにくいけれど、普通の4人家族の家庭で月に15万から20万スクルドで生活できるそうなので、おおよそ1スクルドが2円程度の価値のようね。そうすると翻訳の魔法道具をあたしと瑶さんそれぞれに最終的には欲しいから2000万円相当は最低でもお金を稼がないといけないのね。

普通の中学生だったあたしにはどうしたらいいのか見当もつかないわ。

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