第21話 異世界事情

あたしと瑶さんも自己紹介を済ませると、ミーガンさんから色々と話を聞くことが出来たわ。


それによると、ここは「ベルカツベ王国」という国のヴァンキャンプ辺境伯領で、ミーガンさんたちは馬車で色々な国を回る行商人をしているのね。その国によって言葉も違うため、ミーガンさんはそれぞれの地域での意思疎通のために翻訳の魔法道具を持っているそうなの。ただ、その翻訳の魔法道具は簡易なものなので言葉として違いが大きいと翻訳がきちんとされないって言ってたわ。だから片言のように翻訳されたのね。


そして、近隣の国を回り、ヴァンキャンプ辺境伯領の領都エルリックに向かって移動中ここを通りかかったところでさっきのワイルドウルフという魔獣に襲われたそうなの。犬じゃなくて狼だったのね。しかも魔獣って。普通の動物と何が違うのかしら。


「ココアタリ、ワイルドウルフ、メッタナイ。イテモ、ウルフ」

「それで、魔獣と普通の動物って何が違うの?」


聞いてみた、どうやら普通の動物はあまり人を襲わないとのことで、さらに言うと魔獣はその心臓に魔石と呼ばれる石を持っているんだって。魔石は魔法道具のエネルギー源みたいで(翻訳がうまくいかないのかよくわからなかったのよね)魔獣を退治したら取っていくと売れるって教えてくれたの。後で取らなきゃいけないわね。

そして、馬車の外に倒れていた人たちは傭兵ギルドから雇った護衛で経験を積んだ戦士なんだそう。ウルフ10頭程度なら簡単に撃退できる戦力だったそうで、普通なら十分な戦力だったんだって言ってたわ。でもワイルドウルフが相手だとワイルドウルフ1頭あたり3人くらいはいないと撃退できないと言われたわ。え?あたしたち瑶さんとあたしの2人で8頭のワイルドウルフを撃退しちゃったのだけど、ひょっとしてあたし達強いのかしら?


「アナタタチ、ツヨイ。ユウシャカ」

「違う違う、そんな大それたもんじゃありませんよ」


瑶さんは単に勇者であることを否定しているけど、ちょっと聞いてみようかしら。


「あ、あの勇者っているんですか?」

「ヒガシノ、トランルーノセイオウコク、ユウシャショウカンシタ、イウ、ウワサ」


トランルーノ聖王国というのはこの世界で最大勢力を誇るトラン聖教を国教とする聖教国であり強力な軍事国家だって説明してくれたのよね。嫌すぎるわ。


「コレカラ、イドウ、クラクナル。エルリック、イッショイク、イイ」


どうやら馬車に乗せて一緒にエルリックに連れていってくれるみたいね。”ちょっと一足飛びになったけど”と考えながら瑶さんを見ると頷いているわね。


「お願いします。ただ先に先ほど言われた魔石を回収させてください」


あたしがそう言うと”当然”と頷いてくれたわ。


「キバ、トッテクル。トウバツ ショウメイナル。オカネモラエル」


つまりこのワイルドウルフの牙を持っていくと、討伐した証明になって賞金のようなものがもらえるのね。


「イメージとしては地球における害獣駆除みたいなものじゃないかな。まああちらでは賞金というより駆除業者に駆除費用として支払う感じだったはずだけどね」


瑶さんが説明してくれたわ。


あたしと瑶さんはワイルドウルフから魔石と討伐証明用の牙を回収すると、道の脇、少し離れた場所に穴を掘って持っていかないワイルドウルフの死骸をどうにか埋めたの。こんな作業でもこの世界に来る前のあたしだったらとんでもない時間が掛かったと思うのよね。石の手斧や近くに落ちていた木の枝なんかを使って割と簡単に穴を掘ることができたのよね。


「ね、瑶さん。あたし達の身体って……」

「しっ。朝未。今はやめておこう。落ち着いて話の出来る状態になったら話そうか」


あたしの言葉を小さな声で、それでも鋭く遮って瑶さんが止めてきたの。何かまずいのかしらね。でも瑶さんがやめておけというならやめておくわ。


そこで気付いたのエルリさんケガしてるじゃないの。


「ミーガンさん、エルリさんがケガしているようですが。手当はされないのですか?」


あたしは勝手なことは出来ないもの、一応聞いてみたの。


「ミーガン、エルリ、テアテ、デキナイ」


どうやら普段はケガをしても軽いケガなら放置して、少し大きなケガをした時には護衛の中に治療技術のある人がいて、その人にやってもらっていたみたいね。仕方ないわね。


「ミーガンさん。きれいな水と傷薬。それとできれば包帯ありませんか。よければあたしが応急手当させてもらいますよ」


 ミーガンさんが出してきたのは樽に入った水と、何か葉っぱで包んだ傷薬、そして布の塊だったの。

水は、なんでも魔法道具で悪くならないそうなの、傷薬はこの世界で一般的に使われているものの中で少し高級なものらしいわ。布はどうやら包帯という概念がこの世界になくて代わりに出してきたみたいね。


瑶さんに申し訳ないけれど討伐の後始末の最後をお願いして、あたしはエルリさんの手当をすることにしたわ。水で傷口を洗って、傷薬をぬり、布を少し裂いて不格好だけれど包帯の代わりにしたわ。なんとか形が出来たところでいつものおまじない。


「早く、よくなりますように」


ミーガンさんもエルリさんも何かポカーンとしているわね。


「アサミ、チリョウシ、カ?」


チリョウシ??ああ治療師ってことかしらね。


「いいえ、そんな大したものではありませんよ。あたしが出来るのは応急処置だけです。落ち着いたらきちんとした治療をしてくださいね」


ミーガンさんもエルリさんも何か言いたそうにしているけれど、あたしは単なる中学1年生だもの。応急処置以上のものは期待しないでほしいわ。


瑶さんが討伐の後始末を済ませ、あたし達はミーガンさんの馬車に乗せてもらってエルリックに向かっているのだけど。


「瑶さん。小説なんかで読んでいたけど馬車って本当にお尻が痛くなるのね」


あたしは歩くよりは楽だろうと思っていたけれど、これはダメよ。クッションもない木製の椅子に座ってゴトゴト揺られていくのは辛いわ。


つい瑶さんを涙目で見て視線で何とかしてってお願いしちゃうわ。

あ、肩をすくめて瑶さんが鞄から何かを取り出したわ。


「毛皮?」

「何枚か敷けばマシになると思うからね。日本から持ち込んだものは見せない方が良いと思うから、これで我慢して」


そう言って、この世界に来てから狩った獲物の毛皮を適当にまとめて渡してくれたわ。まあ、日本から持ち込んだエアクッションなんかの類をここで出すのがまずいのは、日本で読んだ小説の知識でも理解できたので、黙って受け取ってクッション代わりにさせてもらうことにしたわ。


その毛皮を横目で見たミーガンさんが凄い顔をしていたけど、この世界の物だからセーフよね。

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