第10話 初勝利

動かないウサギに這い寄ったあたしは、そこに刺さっている竹やりに手を伸ばした。そしてそれを握った瞬間、ウサギがグイっと動いたのよ。


え?死んでないの?あたしは慌てて飛び退ったわよ。今のあたしには何も出来ないもの。でも、ウサギが追いかけてくる様子は無いわね。もう一度おそるおそる近づいて竹やりを握って、今度こそそのウサギが動かないのを確認したわよ。そして力いっぱい引っ張って……。何よこれ、抜けないじゃないの。仕方ないから痛めていない左足でウサギを踏みつけて”うわ、ぐにっ”てしたわよ。それでも我慢して引っぱったわ。後ろに転びそうになったけれど今度こそどうにか抜けたわね。


「影井さん、竹やり引っこ抜いたから、使って」

「ありがとう」


あたしが声を掛けると、ウサギがちょっと引いた隙に受け取りに来てくれたわ。あたしが動けないのを気遣ってくれたみたいね。

ウサギを見ると、あの小さいやりが何本も突き刺さっていて、あれは何が起きているのかしら。突き刺さった小さいやりの後ろから血のようなものがダラダラと流れ出てるじゃないの。それが何本も突き刺さって。ここにきてあたしの記憶の中に何か刺激があったわ。あれはたしかひとつ上の先輩の男子が半分おふざけで”読んでみろ”と渡してきたB級アクション映画の原作。そのなかに確か、あれは”ニードルナイフ”と言う武器が出て来て、戦闘中に止血を妨げる武器として登場していたわ。この状況をみるとあの小説のようにシャワーのように吹き出してはいないけれどまったくの出鱈目ではなさそうね。


「でも」


あんなのを理由に武器にするとか無いわよね。実際影井さんは普通の竹やりでの方が戦いやすそうだもの。

そしてあたしが見守る中、影井さんが3羽目のウサギを倒したわね。


「ふう」


影井さんはホッとしたような顔であたしの方に歩いてきて


「そこに座って、足を出して」

「え?」

「ほら、さっき右足をくじいただろう。湿布くらいはあるはずだから」


影井さん気付いていたのね。


「でも、この世界でクスリは多分貴重ですよね。このくらいのケガで使うのはもったいないでしょ」


あたしは一応反論してみるわ。そりゃ治療してもらえるならその方がいいけど、もったいないのはたしかだもの。

そんなあたしに影井さんは頭を小突いてきたわ。


「湿布くらい気にするな。いざとなればその辺りのもので代わりの物はどうとでもなるよ。だから、ほら足出しなさい」


あたしがおずおずと右足をさしだすと、影井さんは靴とソックスを脱がしてくれたわ。痛くて自分では脱げなかったのよね。そしてリュックから出した水で濡らしたタオルでそっと足を拭いてくれた。こんなことしてもらったことないからちょっと恥ずかしいわね。でも真剣な顔の影井さんを見たらそんなこといえない。と思っていたら、影井さんが指であたしの足をグイグイと押し始めたの。


「い、痛い」


思わず口に出てしまったじゃないの。でも影井さんの顔を見るにいたずらや嫌がらせではなさそうね。


「この辺りはどうだい」


あ、痛い場所を探していたのね。


「そこは大丈夫です」

「じゃあ、こっちは?」

「う、そこは痛い」


何か所か押して調べたあと、影井さんは湿布を貼って包帯までまいてくれたわ。そして、痛い場所にそっと手を当てて何かブツブツと呟いたわね。おまじないかしら?


「あ、あの影井さん。それはなんのおまじないかしら?」


教えてくれるかしらね。シマッタって顔でちょっと顔を背けて、でも観念したように口をひらいたわね。


「手当って言うだろ。あれはこうして手を当てて早く治るようにって願掛けをしたからって説もあるんだよ。まあ実際にはそのくらい丁寧に治療しましょうってことだと私は思っているけどね」

「ふふふ、なんか照れてる影井さんは可愛いわね」


ハッとしたわ。え?あたし今何を言ったの?こんな年上の男の人のことを”可愛い?”


「あ、えっと」


何か言わないとと思うのだけど、あたしこんな時にコミュ障を発症してどうするのよ。

影井さんも固まってしまっているしなんか顔が赤いし、きっとあたしの顔も真っ赤な自信があるわ。どうしようかしら。


「と、とりあえず、ここを離れよう。血の匂いで何か寄ってくるかもしれないからね」


そこから先に口を開いたのは影井さんだったわ。これは人生経験の差よねきっと。


「そ、そうですね。そうしましょう」

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