第54話 血の繋がり。
「なるほど、そんなことがあったのか」
会議から戻るなり、邸宅内のに執務室でメルツェデスから説明を受けたガイウスは、渋い顔で頷いた。
彼はあくまで軍事の責任者であり、王都の警備や、ましてエデリブラ家の警護は管轄外だが、その首謀者と目される存在は彼にとって看過できない相手である。
「連中、根こそぎにしたつもりだったが、まだ
言葉だけで無く、纏う気配すら剣呑なもの。
この場にいるのがメルツェデスやハンナ、クリスにジェイムスという慣れた人間だから平気な顔をしているが、普通の貴族子女などが触れれば一瞬で気を失ってしまうだろう。
だがそれも、因縁浅からぬ相手、それも愛娘に酷い傷痕を残してくれた連中となれば、殺気立つのも無理は無い。
「落ち着いてくださいませ、お父様。まだ連中と決まったわけではありません。
どう考えてもその線が濃厚ではあるのですが」
無理は無いが、彼が怒りにまかせて捜査など始めれば、どれだけの血が流れるかわからない。
なので当の被害者であるメルツェデスが宥めれば、ちらりとガイウスはメルツェデスに目をやり、己の体内で燃えさかる熱を吐き出すように深いため息を吐いた。
「お前にそう言われたら、抑えん訳にはいかんではないか、メルティ。
確かに、連中の証拠という確たる証拠はないわけだが」
「ええ、結びつけられるのはヘルミーナ様とリヒター様を何か儀式に使おうとしていた、という発言のみ。
それ以外に証拠らしい証拠は、あの場にはございませんでした。
恐らくは、膨大な魔力を持つヘルミーナ様と、それに次ぐリヒター様を生贄に魔王を復活させようとした、のでしょうけども……」
そんな大それた事をやろうとする連中であれば、公爵家の護衛の隙を突くだけの周到な下調べや手回しにも説明は付く。
考えられる線はそれだが、しかしあるのは状況証拠とすら言えない不確かな手がかりばかり。
そうだと断定して動くにはどうにも弱すぎる。
「儀式、というのが何を示すのか、がハッキリすれば証拠と言えそうですが……尋問はまだなのですよね?」
「ああ、先程衛兵達が引っ立ててきたばかりだからな。
もし口を割らなければ、また俺が出て行くことになりそうだ」
「……あの男にそこまでの根性はなさそうでしたけども」
かつてジークフリートが襲われ、かばったメルツェデスが傷を負った事件で捉えた暗殺者は、さすが王子暗殺など依頼されるだけのことはある、耐性の強い男だったという。
だからガイウスがかり出され、見事に口を割らせたわけだが……果たして、今回はどうだろうか。
ジルベルト頼みだったあの男に、そんな根性があるとは到底思えないというのがメルツェデスの考えだ。
と、そこまで考えたところで、ふと思い出したようにメルツェデスは口を開いた。
「そういえば。お父様、ジルベルト・スコピシオという方をご存じですか?」
「ジルベルト? また随分と懐かしい名前が出てきたな。
以前騎士叙勲を受けた際に幾度か稽古を付けたことがあったが」
メルツェデスの問いに、ガイウスは少しだけ考えて、しかしはっきりと返事をする。
それは、幸か不幸か、彼が言っていたことと相違がない。
彼は、確かに稽古を付けられたのだ。彼女の父、ガイウスに。
「……そのジルベルトが、一味の中におりました。
残念ながら、と言っていいのかはわかりませんが、手を抜ける相手ではなく、やむを得ず斬り倒してしまいましたが」
「どういうことだ? あいつほどの使い手が、何故魔王崇拝者なんぞに……」
「戦が終わった後、随分と不当な扱いを受けて軍を追われたそうです。
帰った故郷も荒れ果てていて、どうしたらいいのかわからず自暴自棄になってしまったようでした」
「なんてこった……あいつは確か西部戦線に配属されて、俺の指揮下から離れたんだ。
その後のことは流石に知らなかったが、てっきり重宝されてるとばかり……何やってんだ、ジェミナス伯爵は」
ゆっくりと吐き出すように言いながら、ガイウスは椅子の背もたれに身体を預けてしばし目を閉じる。
何千人と騎士や兵士の面倒を見てきた彼だが、それでも顔と名前を覚えている程度に見込みのある男だった。
その彼が魔王崇拝者に身を落とし、娘に斬られた。その巡り合わせに何とも苦いものを感じてしまい、飲み込むのに時間がかかる。
「あいつは、何か言っていたか。俺や国に対して」
それでも、と彼は目を開け、メルツェデスへと問いかけた。
恨み言の一つでも言ってくれれば、それが手がかりとなって話を繋げていくこともできる。
『マスターキー』と名高い彼の尋問技術は、決して苛烈な責め立てだけによるものではない。
問いかけに、メルツェデスは小さく頷いて応じた。
「ええ、まず、お父様に稽古を付けられたことを覚えていました。
それから……彼のような連中が集まって、世の中をひっくり返して一泡吹かせてやろうって考えても不思議ではないだろう? と」
「なるほど、そうか……」
その言葉を聞いて、ガイウスは考え込む。
彼のような連中、は確かにこの世の中少なくは無いが、もしそれを狙って取り込んでいる存在がいるとすれば。
「となると、退役者、特に懲罰的に解雇された連中を洗ってみるのも手かも知れんな」
「彼らを狙って集めている者が居れば、ということですわね。
ですが、わざわざ狙って集める程の数がいるのでしょうか」
「ああ、軍隊でも作ろうっていうなら話は別だが、連中のやろうとしていることを考えれば組織は百人程度の規模だろう。
であれば、そういった連中を集めるだけでもかなり埋められるはずだ。
そうやって集めた中には、ジルベルト並みの奴も何人かはいるかも知れん」
怪訝そうに小首を傾げるメルツェデスに、ガイウスは首を横に振って答える。
その答えに、メルツェデスは合点がいったような顔になった。
「なるほど、そしてそれだけの戦力とそれを集める資金力があれば、魔封じの首輪が入手できたことについても納得ができます」
「もちろん、その経路自体は調べなければ、だがな。そちらにしても、冷遇されている貴族か儲けている商人か……実行できそうな奴は限られてくる。
時間はそれなりにかかるだろうが、辿り着けんわけでもなかろう」
ガイウスの言葉に、さてどうだろう、とメルツェデスは考える。
ゲームにおいて魔王が復活するのは、彼女が学園に入学してから2年目の冬。つまり再来年のことだ。
後2年あまり。並みの相手であれば十分過ぎる時間があるが、この黒幕相手にはどうも楽観視できない。
おまけに今回のような事件を起こしたのだ、復活が早まる可能性とて十分にある。
であれば、できるだけの手を打つべきだろう。
「でしたら、妙な動きをしている元軍人がいないか、ブランドル一家にも探らせますわ」
「ああ、確かに彼らなら、そういった連中の行きそうな酒場にも顔が利くだろうしな」
頷くガイウスの顔は、何とも苦い。
本来であればそういった不遇の退役者のケアを国がすべきところが、手が回っていないが故の懸念。
それは、軍務の責任者として己の至らなさが故とも言えるのだから。
だが、今己を責めても仕方ない、と小さく首を振る。
「当面打つ手としてはそんなところか。
……それにしても、お前がジルベルトを倒せたとはな、メルティ」
気が滅入る話を変えようと、武勲とも言うべき話を振ってみたのだが、今度はメルツェデスの顔が曇った。
予想していなかったその顔に、おや、とガイウスが眉を潜めれば、メルツェデスは思い切ったように口を開く。
「実は、そのことでも少しご相談が。彼を倒したこと、というよりも今回の一件において、なのですが……」
そこまで言って、メルツェデスは一旦言葉を切る。
そこから先の言葉を言ってしまってもいいのか。そんな迷いを一瞬見せてから、しかし言葉を続ける。
「わたくし、今日初めて人を斬りました。それも、何人も。
……ですのに、まるで怯えや恐怖、罪の意識といったものがございませんでした。
むしろ、愉悦にも似た高揚感が湧き上がってきて……そんな自分が、人としてどうなのかと」
「姉さんも? ……父さん、僕もです。僕も、人を斬ることに何の躊躇いもなかった……」
驚いたように顔を上げたクリストファーは、沈鬱な表情を見せた。
そんな姉弟二人の様子を見てガイウスは、ふぅ、と息を吐く。
「そうか、お前達もか」
「……え?」
ぼそり、と呟くような声を、メルツェデスもクリストファーも捉えていた。
お前達も、ということは。
「いつか話すことになるとは思っていたがな、俺も、かつて初陣で初めて人を斬った時に、同じような心持ちになった。
聞けば、親父、お前達の祖父もそうだったらしい。
どうやらな、俺たちプレヴァルゴの人間ってのはそういうものらしい。
この流れる血がそうさせるのか、重ねた鍛練がそうさせるのかはわからんが、な」
言われて、メルツェデスもクリストファーもそれぞれに自身の手を見る。
この手に流れている血がそうさせるのだとしたら。
二人の思考が暗い方向へと流れそうになったところで、ガイウスが言葉を続ける。
「だがな、俺や親父は、血に飢えた殺人鬼に見えるか? 違うだろう?」
「いいえ、むしろお爺様なんて穏やかな方にしか見えませんし、お父様もどちらかと言えば理性的な方だと思っています」
家族のこととなるとタガが外れるが、とは言わないでおく。
それはきっと、今この話題に関係が無い。
「そう言ってもらえるなら何よりだがな、俺が受けてきたような教育を、お前達にも施している。
力を鍛え、しかしその力に振り回されないように、な」
「振り回されないように……」
言われて、あの時のことを思い出す。
目先の敵に囚われず、広く戦場を見渡すこと。
良くも悪くも相手に入れ込まず、処理していくこと。
それらの心構えは、確かにあの時、血に酔いそうだった自分を引き留めてくれた。
「確かに、振り回されるっていうだけなら、姉さんに振り回される方がよっぽど酷いですしね」
「ちょっとクリス、それではまるで私があなたの意思を無視して振り回してるみたいじゃないですの」
「そうですね、一応聞いてはくれますよね、断れないような言い方で!」
むぅ、と少しむくれたメルツェデスへと、クリストファーが笑いながら返す。
たったそれだけのことで、日常に戻ってきたような気がするから不思議なものだ。
そんな姉弟のやり取りに、ガイウスは愛しげに目を細める。
「だからな、お前達ならば大丈夫だ。それだけのことをしてきたのだから」
心の底からの信頼を込めた言葉に、メルツェデスとクリストファーは、力強く頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます