第55話 今までと、これからと。
その後、例の中年男からは、魔王崇拝者であるとの証言を得られた。
また、手下を集める手段も聞き出し、それを元にプレヴァルゴの密偵やブランドル一家が情報を集め、実際に魔王崇拝者へと傾倒しかかっていた、あるいは既に手下になっていた退役者を見つける事ができた。
あるいは説得し、甲斐が無ければ捕らえ、あるいは。
そうやって幾人かは捕縛することができたが、彼らから得られた情報は然程のものではなかった。
また、中年男の証言を元に、儀式が行われるはずだった山の中腹を捜索したが、わずかばかりの痕跡はあれど、綺麗に引き払われており、手がかりはそれ以上掴めていない。
ある程度の成果はあれど、大元に至ることが出来なかったことは悔やまれる。
「それでも、五年前に潰したと思っていた者達が密かにまた動き出した、ということを、致命的なことになる前に掴めたことは大きいよ」
と国王クラレンスは慰労してくれたし、それもそうだとガイウスも思う。
思うが、だからと言って開き直れるか、切り替えられるかと言えば、それはまた別問題。
「お言葉、有り難く存じます。
然れど、此度の犯行を考えるに、放置しておけば魔力の高い貴族やその子女が狙われるは必定。
捜査と警邏に関しては強化するよう致します」
恭しく頭を下げながら、ガイウスは言う。
それは、軍務を預かる者であり王都の警備は管轄外である者としては、行き過ぎた発言ではあった。
しかし衛兵だけでは手が回らなかったからの事態であり、次があれば今度こそ致命的になる可能性も十分にあり得る。
その時に、傑出した力を持つ娘と息子が狙われないとは、決して言えない。
職務と心情、双方を全うする為にも。
ガイウスは、己が鬼になる覚悟を固めた。
鬼と化したガイウスの捜査は苛烈で、魔王崇拝者達を次から次へと捕まえていく。
しかし、それらは末端の構成員でしかなく、核心へは、大元へは至れない。
そんな日々が過ぎていく中、メルツェデスもまた、動いていた。
魔王崇拝者絡みももちろんだが、別の件でも。
「ブランドル、例の件の進捗はどうですか?」
「申し訳ありやせん、お嬢様。残念ながら、あっしらの網には引っかかっておりやせん」
ブランドル一家の息が掛かったカフェのテラス、背中合わせに座る二人がそんな会話を交わす。
こうしてメルツェデスと繋ぎを取る時のブランドルはいつもよりかしこまった格好をしており、普段であればくすりと笑ったりすることもあるのだが、今日のメルツェデスはそんな気分にはなれなかった。
「やはり、そう簡単には見つからないものですわね……」
「残念ながら、あっしらもまだまだ王都中に顔が利くところまでいっておりやせんので……お嬢様のお役に立てず申し訳ございやせん」
「いいえ、元より砂の中からガラスの粒を見つけ出すような無理難題なのですもの、気にすることはありませんわ」
広く雑多な、人口百万ともそれ以上とも言われる王都において、たった一人を見つけ出すのは至難の業と言っていい。
それも、どこに住んでいるかもわからない、名字の無い、良くある名前をした平民の少女一人を見つける、など。
メルツェデスが探しているのは、ゲーム『エタエレ』の主人公、クララ。
ゲームでの設定を思い出すに、クララが光の魔力に目覚めるのは彼女が15歳の頃の、秋口のはず。
それは、まさに今この時期のことだった。
発動した光の魔力にいち早く気付いた貴族が彼女を養女にもらい受け、数ヶ月で淑女教育を施し、王立学園へと送り出す、というのがゲーム開始前のあらすじだ。
そこでメルツェデスは、彼女こそクララに気付く最初の貴族になり、クララを引き取ろうと画策していた。
何故ならば、ゲームで彼女を引き取るジタサリャス男爵家は、貴族派。それも、ギルキャンス家を寄親とする家。
そこで教育を受けた彼女が、ジークフリート、エドゥアルド、リヒター、クリストファーといった国王派貴族の令息を口説き落としていくというこのゲームの流れは、今こうして実際に貴族令嬢として見ると、どうにも胡乱なものがある。
もちろん、ゲームでは口説き落とせと男爵から指示されるような場面はなかったが、あまりにも偏り過ぎているように思えて仕方ない。
「……まあ、貴族派の子息が大したことがないのかも知れませんが……」
ブランドルと別れた後にメルツェデスが一人呟くが、ハンナが集めてきた情報によれば実際に貴族派の子息にはぱっとした男子はいないようだった。
いや、そもそもエドゥアルドやジークフリート、クリストファーレベルに文武両道だとか、リヒターのように宮廷魔術師レベルに魔術が使えることを求めること自体が酷なのだが。
少なくとも、ハンナのお眼鏡に適う令息はいないようだった。
「お嬢様と比べられるどころか、クリストファー様の足下にも及ばない連中ばかりで」
「まってハンナ、それは色々な方面に対して失礼だと思うわよ?」
などという会話をつい先日したものだが。
いずれにせよ、意図的でなくともクララが三人に惹かれてしまう可能性は十二分にある。
であれば、こちらで先に確保してしまい、そうならないようにコントロールしてしまえば、と考えて、ブランドル一家にクララの捜索を依頼していたのだ。
だが、ブランドル一家の全面協力も虚しく、残念ながらクララはゲーム通りジタサリャス男爵家に引き取られた、との知らせをメルツェデスは数週間後に受けることになる。
話を聞くに、今や王都でも一二を争う組織となったブランドル一家と肩を並べる地回り一家の縄張りで見つかったらしく、流石のブランドルでもその地域の情報は掴めなかったらしい。
「申し訳ございやせんお嬢様、かくなる上はあっしのこの首でお詫びをっ」
「まってブランドル、あなたの首はもうそんなに安いものではなくってよ。
大丈夫です、できれば先に見つけたかったというだけで、これからいくらでも挽回できますから」
「なっ、あ、あっしのこの首を、そんなに高く買って頂いているだなんて……このブランドル、感謝に堪えませんっ」
などと、暑苦しく失敗を悔やむブランドルを慰めた結果、一層の忠誠を捧げられるなんて場面もあったりしつつ。
実際、現状を考えれば、クララが貴族派のハニートラップ要員だったとしても十分に退けられる状況は作れていた。
リヒターとヘルミーナは以前と比べてギスギスしたところがなくなり、純粋な腕比べをする仲になっている。
そんなヘルミーナが、先日のお茶会ではメルツェデスに噛みついたりしてきたのだが。
「こないだ、初めてリヒターに負けた……メルツェデス様のせいだ」
「え、わたくしがなぜ? その場にいなかったのに?」
全く身に覚えの無かったメルツェデスは疑問を口にするが、それを予想していたのかヘルミーナは偉そうに胸を張りながら答える。
「私の口を塞いで詠唱できなくする魔術を使って来たのだけど、メルツェデス様が私の口をアイスキャンディーで塞いだのを見て思いついたと言ってた。
よって、メルツェデス様のせい」
「そ、それは……きっかけにはなったのかも知れませんが……。
ああもう、わかりました、お菓子をいつもより増やしますから、機嫌を直してくださいな」
「さすがメルツェデス様、話がわかる」
メルツェデスが勧めれば、あっさりと機嫌が直るあたり、どうやら負けず嫌いは大分抑えられるようになってきたようだ。
いや、その次のお茶会で「初級呪文の無詠唱行使に成功したので、その連打で押し切った」と楽しげにしていたから、まだまだ負けず嫌いではあるようなのだが。
だが、きっとゲーム本編よりはずっと健全な関係だろう。
ジークフリートはジークフリートで、メンタルを折られなかったせいか、ゲームよりも力強く自信に満ちた姿に成長しているようだ。
「最近ジーク様がメキメキ腕を上げてきて……どれだけ叩きのめしてもまた挑んでくるんですよ」
「まってクリス、叩きのめすとか物騒なことを仮にも王子殿下に対して使うのはどうなの?
いえ、クラレンス陛下でしたら、そんな物言いを笑いながらお許しくださるのでしょうけども」
「あ、実際好きなだけ叩きのめしてくれって言われましたよ? 陛下直々に」
「何やってるんですの、あの陛下は……」
幼き頃に謁見したクラレンスの姿を思い出す。
……どうにも、ガイウスと馬の合うさっぱりとした性格ばかりが思い出されて、そんなことを言うのも仕方ないかと若干諦めの混じったため息を零す。
そして、肝心な、何故そこまで熱心に鍛練を積むのか、という話題が出ることなく、話は逸らされていた。
この辺り、ジークフリートの秘めた想いを察しているクリストファーとハンナが連携して情報を操作しているため、メルツェデスには一切彼の真意は伝わっていない。
そして、そのことに哀れみを覚えるような精神回路を、クリストファーもハンナも持ってはいなかった。
ちなみにエドゥアルドの方は、ゲーム同様の完璧王子様として成長しているらしい。
学園卒業と同時に立太子すると目されている、眉目秀麗文武両道な彼の周囲には、婚約者の座を射止めようと数多の令嬢が雲霞のごとく群れているらしい、が。
「なのに、全く浮いた噂がないのよね。流石にそろそろ婚約者を決めないとまずいと思うのだけど」
「そうねぇ、殿下はもうすぐ17歳。その歳で婚約者がいなかった前例もあるにはあるけれど、あまりよろしくはないわよねぇ」
などと、自分達こそエドゥアルドの婚約者候補筆頭であるはずの公爵令嬢二人が、他人事のように紅茶を飲みながら語らう。
実際のところ、家柄的に釣り合う令嬢で、かつ王太子妃、ひいては王妃となるだけの資質を持っている人間など、そう多くは無い。
そして、それを完璧に満たしているフランツィスカとエレーナの二人は、全くもって婚約者競争に興味が無いようだった。
「そういう二人も、婚約者がまだ決まってないわよね? 二人こそどうなの?」
と、他意の無い顔で、あけらかんと、無自覚にメルツェデスが二人に聞けば、二人は揃ってため息を吐いた。
何故? と思っているのはメルツェデスばかり、傍に控えているハンナや二人のメイドも、若干哀れみの籠もった目で見ている。
「私は、以前お父様と約束をしたの。ある人に勝つまでは婚約しないって。それも、学園卒業まで、なのだけれど」
「私も似たようなものね。学園を卒業する頃にまた考えるんじゃないかしら」
フランツィスカが言えば、エレーナも続けて似たようなことを言う。
何故そんな約束をしているか、の部分に触れることなく。
そしてメルツェデスも、立ち入ったことには触れず我が身を振り返ったことを言う。
「そうなのね。わたくしはそもそも婚約などできそうもないし……卒業した後のことを考えておくべきよねぇ。
修道院に入るのが定番かも知れないけれど、今ですら退屈をもてあましているのに、きっと退屈で死にそうになるわ」
「メルが修道院……どう考えても似合わないわ……」
「それならいっそ、冒険者とかどうかしら。学園では魔物討伐の訓練もあるわけだし」
想像したのかエレーナが口元を抑えて笑いそうになれば、それに続けてフランツィスカが名案とばかりに提案する。
以前にも述べたように、魔力が高い傾向にある王侯貴族は、通常の軍隊では対抗しきれない魔族や魔物が出現した際に討伐を行う義務がある。
そのため、貴族子女が集まる王立学園では、魔物の討伐訓練など、実戦に即した訓練も行っているのだ。
そこで訓練を受けたメルツェデスであれば、きっと冒険者としても活躍できるだろう。
そして、あわよくば、自分も。
などと、悪い子モードなフランツィスカは考えてみたりもする。
「冒険者……それも悪くないわね。クリスには引き留められそうだけれど」
笑って返しながら、それもいいな、とメルツェデスは内心で思っていた。
ゲームでも、主人公が冒険者として独立、成功するエンディングもあったくらいだ、自分にだってきっとできるだろう。
そのための力を身につけることを目的とすれば、退屈ではないかと危惧していた学園生活も少しは楽しくなるのではないだろうか。
「でもまあ、その辺りは入ってから考えましょうか。
もしかしたら、別のアイディアが生まれるかも知れないし、ね」
そう言って笑うと、メルツェデスは紅茶を口元に運ぶ。
こうして、ゲームではありえなかった二人とのお茶を楽しむのはもう何度目だろう。
ありえなかったことが、既に何度も起きている。
であれば、これからの学園生活でも、きっとありえなかったことが起きるのではないだろうか。
そんな期待を胸に宿して、メルツェデスはふと空を見上げた。
秋晴れの空は高く、どこまでも見通しよく続いている。
こんな風に、清々しい生活を送れればいいのに。
柄にも無く、そんなことを願う。
そんな日々を送って。
季節は巡り、ついにゲーム開始の季節が、やってきた。
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