第41話 才能の壁。

「……あの二人、私達と同い年でまだ成人前なのよね?」


 先程よりも顔をさらに引きつらせながら、エレーナが呟く。


 二人が移動したのは、プレヴァルゴ邸にもあった訓練場のような開けた場所だった。

 ただ、プレヴァルゴ邸のそれにくらべて、雑草一本たりとも目に入ってこない不自然な荒涼感があった。

 特に、二人が向き合っている中心部辺りは、生命の欠片も感じないほど。 


 そして二人がおもむろに魔術を打ち合いだしたのを見れば、その理由は嫌でもわかった。

 ヘルミーナの極めて短い詠唱から繰り出された荒れ狂う氷の嵐がリヒターへと襲いかかれば、彼の周囲の地面まで削り取られていく。

 対するリヒターが同じく短い詠唱で竜巻を生んで氷の嵐と激突させれば、氷の破片がさらに周辺へと突き刺さっていく。

 二人が放った魔術の威力は、宮廷魔術師の魔術に匹敵するものといえるもので、それがぶつかりあった余波が周囲へと被害を撒き散らしていたのだ。


「噂に違わぬ、というか、むしろ噂以上ね……こんな派手な打ち合い、陛下の御前で披露される宮廷魔術師の模擬戦闘でも中々お目にかかれないわよ」


 エレーナの張り巡らせた結界の内側で、呆れたように言いながらフランツィスカが力無く首を横に振る。

 属性相性的に水とは五分、風には優位であり防御に優れる地属性だけあって、その結界の防御は安定していた。

 しかし、あくまでもそれは余波を防ぐことにおいては、だ。

 万が一直撃でもすれば、ヘルミーナはもとより優位であるはずのリヒターの魔術も受けられる自信はない。

 それだけの威力を、二人は見せつけていた。


「打ち合いに見えるけれど、リヒター様の魔術は、どちらかと言えば防御のための攻撃に見えるわ。

 恐らく、結界で防ぐだけではじり貧になる、と考えた……あるいは今までの経験で学んだか、ね」

「まってメル、今は別に的確な解説は要らないのよ。確かに、なるほどと思ったけども」


 感心したように言うメルツェデスに、フランツィスカが力無くツッコミを入れる。

 実際、先程言っていた通り、属性相性もものともせずにヘルミーナが押し込んでいた。

 しかしリヒターも流石というべきか、その攻撃をいなし、あるいは撃ち落とし、押し切らせないでいる。

 防戦一方ではあるが、それでいて隙も狙っている、そんな戦い方だ。


「相変わらず性格同様ねちっこい」

「お前こそ、大雑把で乱暴じゃないか!!」


 互いに互いを罵りながら、攻防は続く。

 力負けしてしまったのか、リヒターの竜巻が消え、そこに一気に氷の嵐が襲いかかった。

 だが、新たに詠唱して生じさせた風の結界が、それを防ぐ。


「あれは……攻勢防壁? いえ、攻勢結界というか、リアクティブシールドというか……」

「何その矛盾した言葉」

「単語だけ聞いたらそう思うかも知れないけれど、実際はそこまで変でもないのよ。

 言ってしまえば、パリィングのようなもの……もうちょっと攻撃的だけど」

「ああ、なるほど、そういうことなのね」

「いやかえってわからなくなったんだけど!?」


 エレーナの言葉に返されたメルツェデスの言葉に、横で聞いていたフランツィスカは納得したように頷き、エレーナは一人取り残された顔になっている。


 パリィング、とは相手の攻撃を腕や武器を使って打ち払う技術のことである。

 プレヴァルゴ邸にて訓練を受けていたフランツィスカはその言葉を知っており、エレーナは知らなかった、というわけだ。

 どちらかと言えば、リアクティブアーマー、被弾した瞬間に内部から攻撃を受けた方向に爆発させ、その威力を減衰させる装甲と似た考えの基に作られているようにも見えるのだが。

 

 そのパリィングよろしく、リヒターの結界に触れた氷の塊は激しい音を立てながら砕かれ、打ち払われている。

 立て続けに吹き付ける氷の嵐ゆえに一発二発ではなく、何発も連続して砕かれた氷の破片がキラキラと舞い散るその光景は、美しくすらある。

 近距離で見学する三人や、防がれているヘルミーナにはそれどころではないのだが。


「でも結界としては変則的だし、どんどん削られていくはずだけれど……もしかして、何度も詠唱を繰り返して、結界を何重にも張っているのかしら」

「……確かに、リヒター様の口はずっと動いているように見えるけれど……」

「普通そんなに集中力も魔力も続かないわよ……?」


 メルツェデスの立てた仮説にフランツィスカが補足して、エレーナが信じられない、と声を絞り出す。

 こうして普通の結界を張っていても、それを維持するための集中力は決して軽いものではない。

 ましてや、特殊な結界を維持しながら連続して行使するなど、どれ程の集中力がいることか。

 防御結界を得意とするエレーナからすれば、それは信じがたい所業だった。


「それを成し遂げてしまうのが、リヒター様の才覚と研鑽、ということじゃないかしら」

「あ~……あの子相手にしてたら、嫌でも磨かれると思うわ、命惜しさに」


 わかるから、信じがたいから、エレーナは深々と頷いた。

 まだせめて努力によるものだと思いたい、言われたい。そんな悩ましさがじわじわとせり上がってくる。

 手も足も出ないほどの才能がこの世にはある、といつの間にか気付いていた。

 歳を重ねるほどに、届かない存在がいることを思い知らされた。

 けれど、それでも少しは歯が立つところがあると思いたい。

 そんなエレーナからすれば、リヒターのそれがまだ努力による部分も大いにあると思いたかった。


 残酷なことに、エレーナがそこまで思うリヒターの結界ですら、じわじわと削られ、圧倒され始めていたのだが。

 

「これは、勝負あった、みたいね」


 ぽつり、フランツィスカが呟く。

 三人の中で一番魔術に優れているフランツィスカの言葉には、説得力があったし、エレーナもそうなのだろうな、と思った。

 リヒターのそれは、ことここに至っては、最早ただの悪あがきだ。

 だが、圧倒的な才能に対して悪あがきをするその気持ち自体は、エレーナにもよくわかる。

 得意不得意の関係で今は自分が守ってはいるけれど、届かないと思ってしまった二人をずっと傍で見てきたのだから。


「そうみたいね。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」


 不意にそんなことを言いながら、メルツェデスが結界の外へと出た。


「ちょっと、危ないわよ!」


 エレーナはそう言って止めようとするけれど、なんとなくわかっていた。

 きっと、彼女はこの危険な状況であっても前に進み、そして何でも無かったような顔をして戻ってくるのだろう、と。

 それが少しだけ悔しく、悲しかった。


「大丈夫よ。エレーナに守ってもらって、体力も魔力も温存できていたのだから」


 振り返って、微笑みながら言う彼女は、言葉の途中でそっと横にステップした。

 直後、その足下、先程まで彼女がいたところに氷の破片が突き刺さる。

 ここまでの攻防で、破片がどう飛んでくるか程度は見切ってしまったのだろうか、その後もひらりひらりとかわしながら、前へと進んでいく姿が、どうにもエレーナには眩しかった。

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