第36話 隠された本性。

 それにしても、とメルツェデスは小首を傾げてしまう。


「あの、ピスケシオス様、少し気になったのですが……どうしてそこまで、魔術で頂点を目指されるのです?

 侯爵家の令嬢であれば、そこまで魔術の能力は必要とされないのではないかと思うのですが」


 実は、前世でも気になっていたのだ。なぜそこまで、狂的なまでに強さを求めるのか、と。

 問われて、ヘルミーナはそれこそ不思議そうな顔になった。


「なぜそんなことを?

 力があってそれを振るい相手を蹂躙できたら、楽しいじゃない」


 ヘルミーナの返答に、思わずフランツィスカとエレーナは眉をしかめそうになって、しかし堪える。

 絵に描いたような令嬢暮らしをしている二人としては、その考え方には同意できないところだろう。

 だが、メルツェデスはふむ、と小さく頷くばかり。

 魔術ではなく剣術だが、彼女とて力を振るうもの。その力に酔う感覚は、わからなくもない。

 もしかしたら、ゲームのメルツェデスは、それに飲み込まれもしたのかも知れない。

 今のヘルミーナもまた、飲み込まれたのか、飲み込まれる寸前なのだろう。


 しかし、未だ社交性を完全には失っていないのならば、まだ矯正は可能かも知れない。

 であれば、彼女の悲劇を回避することも、できるのかも知れない。

 そしてメルツェデスは、それが可能であると考えていた。


「だからって、婚約者の方にそんなことをしなくても……」

「だってもう、あいつくらいしかいないんだもの、耐えられるの」

「耐えられるのって……ま、まさか、それで婚約者を決めたとかないですわよね……?」


 きょとんとしたヘルミーナの無垢な瞳に、フランツィスカは若干冷や汗を流す。

 色々な令嬢を見てきたが、流石にこんな思考回路の令嬢は初めてで、どう対応したものやら、といった顔だ。


「流石に、それはない。うちの父が決めてきたこと。お互い、魔術の名家だから、というのはあったけど」

「なるほど……そして、だからこその悲劇に陥っている、と。エデリブラ様にはですが」


 エレーナが横から思わず感想を零すと、ゆるり、ヘルミーナが首を横に振った。


「多分彼も悲劇とまでは思っていない。未だに向こうからも挑んでくるし」

「そうなんですの? それは、なんともまぁ……根性があると言いますか……」


 理解できない、とヘルミーナも首を横に振る。

 魔術師でありながら、どうにもヘルミーナとリヒターは、脳筋ではないだろうか、と呆れも入っているようだ。


「少なくとも、婚約者との惚気だとかとはほど遠いお話、ということはわかりましたわ。

 この中で唯一婚約者がいらっしゃるのですから、色々とお聞きできるかと思ったのですが……」

「甘さなんて一欠片もない関係、というのはよっくわかったわね」


 フランツィスカとエレーナが顔を見合わせ、はふ、とため息。

 そんな二人を、ヘルミーナは怪訝そうに見やる。


「二人とも何を言ってるの? 貴族の結婚なんてそんなものでしょう」

「いえその、結婚した後には甘くなるケースもございましてね?」

「なるほど、それは確かに、彼とは期待できない」


 こっくりと頷くヘルミーナに、フランツィスカは僅かに天を仰ぎ、幾度か会ったことはあるリヒターへと哀れみを覚えた。

 確かに生真面目だが負けず嫌いな彼とヘルミーナでは、そうそう歩み寄りも期待できまい、と。


「婚姻関係は中々に難しいもののようですからね。でしたら、甘くならない話よりも、確実に甘いお菓子はいかがですか?」


 話を遮るようにメルツェデスが言えば、すっとその横にハンナが表れ、何やらバスケットを差し出した。

 バスケットを覆う布を取り払えば、ふんわりと漂う甘い香り。

 それが三人の鼻をくすぐれば……がばっとヘルミーナが振り向いた。


「……その香り、お菓子? ケーキ? バターとお砂糖の甘い香りが……」

「ええ、もちろんフランが色々と用意してくれているとは思っていましたけども、折角のお茶会ですし、差し入れと言いましょうか。

 お口に合えばいいのですが……」


 そう言いながらハンナに目で促せば、一度エルタウルス家のメイド達に頭を下げてから各人へとサーブする。

 事前にフランツィスカに断った上で今回持ち込んだのは、シフォンケーキだ。

 それがサーブされるのも待ちきれない程にそわそわとしていたヘルミーナは、ケーキとともにたっぷり生クリームも提供されたと見るや即座にナイフとフォークを手にし、ケーキを口に運んだ。

 途端、その動きが止まる。


「ん~~~あっまぁ~い! ああ……糖分が身体に、脳に染み渡る……」

「キャラ違いすぎません!?」


 ほわりと幼子のような笑みを浮かべながらもぎゅもぎゅとシフォンケーキを口に運ぶヘルミーナを見て、思わずエレーナがツッコミを入れてしまう。

 それほどに、ヘルミーナの顔から先程までの険はなくなり、ゆるゆるになってしまっていた。

 

「……メル、あなたこのことを知っていたの?」

「ええと……流石に、甘い物が好き、という程度だったのだけど」


 じぃ、と見つめてくるフランツィスカからメルツェデスはふいっと目を逸らすが、もちろん嘘である。

 ゲームにおけるヘルミーナもまた甘い物に目がなく、幾度かそれを元にしたコミカルな展開が差し挟まれることがあった。

 そこでは、まさに今と同じくゆるゆるに緩んだ顔で美味しそうにお菓子を頬張っていたものである。


 なお、選択によっては主人公の手作りお菓子を食べて餌付けされ、友情エンドというか無害エンドに到達することもできたりする。

 そのことを知っていたがために、メルツェデスは今回甘い物を大量に持ち込んだのだ。


「甘い物が好き、と言っても……この勢いはちょっと尋常じゃないわよ?」


 呆れたような声のエレーナが、ヘルミーナの食べている姿を見ている。

 視線に気付いたのか、ヘルミーナが顔を上げたが、若干目が血走っているように見えなくも無い。


「何を言っているの、甘い物は正義。砂糖は脳を動かしてくれる……私のような頭脳労働者には必須の栄養。

 故に砂糖の摂取は生存競争を左右すると言っても過言では無い」

「流石に過言だと思いますわよそれは!?」


 本人としては理論武装しているつもりなのであろう言葉に、エレーナはまたもツッコミを入れてしまう。

 どうにも調子が狂ってしまうが、それでも先ほどまでのどこかうすら寒かった空気はどこかにいったのは確かだった。

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