第35話 本音と本性。

「よくぞ聞いてくれました、むしろプレヴァルゴ様が魔術に興味があるだなんて思わなかった。ちなみに私が今研究しているのは詠唱と効果の関係性、特に多重効果詠唱というものを研究していて、普通ならば一つの詠唱に対して一つの効果しかないところを、詠唱の構文や単語を変えることで韻律を調整し、同時に複数の魔術詠唱を実行しているかのような情報を精霊に伝えて、同時に複数の力を与えてもらって魔術を複数同時に発動しようとしているの。まずは理論的に比較的簡単と思われる、同じ魔術を重ねて同時に使っているかのような効果を発現させようとしているのだけれど、これが中々難しくて。イメージとしては同じ楽器を一人で同時に演奏するようなイメージなのだけど、楽器と違って同じ人間の魔力だから個体差のような微妙な違いを出しにくくて、ずらし方によってはすぐに不協和音というか、情報にノイズがめちゃくちゃ乗ってしまうんだよね。この分だと魔力消費に対する出力効率もあまり良くなさそう。それでも、2倍消費して1.5倍の威力とか3倍消費して2倍の威力とかにできたら十分意味はあるんだけどさ」


 やってしまった。

 メルツェデスは、はっきりと失敗を自覚した。

 彼女の問いをきっかけに、立て板に水、とばかりに語り出すヘルミーナのそれは、いわゆるオタク特有の早口に酷似している。

 しかも目をギラギラと輝かせながらの熱弁だから、途中で割って入ることも躊躇われる。

 万が一機嫌を損ねたら、それこそ文字通り噛みつかれかねない勢いなのだから。

 

 だが、そこに敢えて踏み込んだ少女がいた。エレーナである。


「まって、今とんでもないこと言わなかった?

 詠唱じゃなくって、その、もっとこう、精霊寄りの領域に干渉しようってことでしょ?」


 ヘルミーナが一呼吸したところに差し挟まれたエレーナの言葉に、ヘルミーナがピタリと言葉を止めた。

 それから、ギギギ……と油を差していない蝶番のようなぎこちなさでエレーナへと顔を向ける。


「……今の説明の意味が、わかったの……?」

「え、ええ……多分、恐らく……? いえ、もちろんあなたほどはわかっていないと思いますけども」


 ずい、と顔を寄せてくるヘルミーナに、思わずエレーナはのけぞる。

 身を引けば、さらにずずいとヘルミーナは身を乗り出してきた。


「恐らくでも構わない、あなたの今の発言は、少なくともある程度以上に理解してないと出ない言葉」

「そ、そうですの? な、なら光栄……なのかしら、これって……」


 今にも取って食いそうな体勢、表情で言われても、エレーナとしては何とも反応がしがたい。

 このままではどちらかが椅子から落ちそうなので、メルツェデスは助け船を出すことにした。


「もしかして、ですけども。二つの旋律を重ねてハーモニーを奏でる、の逆をしようとしているのでしょうか。

 ハーモニーを与えたら、精霊の方が元の二つの旋律の方を解釈してくれる、と」

「ああ、なるほど。完全に同じ音同士だと、ハーモニーとしての豊かな表現にならないと聞いたことがあるわ。

 ピスケシオス様が苦労なさっているのは、一つの楽器で微妙にずれた音を同時に出す、ということかしら」


 自分なりに解釈したことをメルツェデスが問えば、合点がいったとフランツィスカも続く。

 そんな二人の言葉に、エレーナに迫っていたヘルミーナが、がばっと顔を向ける。


「……二人も、今の話が、わかったの?」

「完全に、と言われると怪しいですけれども、多少でしたら」


 ヘルミーナの問いに、メルツェデスもフランツィスカもおずおずと頷く。

 特に現代人感覚のあるメルツェデスからすれば、ヘルミーナの言っていることは漠然とだが理解できたし、とんでもないことだとも理解できた。

 つまり、人間と精霊の間にあるオペレーティングシステム的なものである呪文詠唱を弄り、シングルタスクからマルチタスクへと進化させようとしているのだろう。

 ただ、そのためにどれ程の苦労と技術と精神力、何より魔力が必要かは、想像もつかないが。


 そんなそれぞれの言葉を聞いたヘルミーナは、しばし呆然としたような表情になり。

 それからおもむろに天を仰いだ。


「今日はなんて日だろう……まさか、私の言葉を理解できる人に出会えるとは……それも、三人も!

 私は今、生まれて初めて心から精霊の思し召しに感謝するっ!」

「ちょ、ちょっとお待ちになってください、ピスケシオス様! そのようなことを大声では、流石に、流石にっ!」


 と、このお茶会の主催者であり、この場の責任者でもあるフランツィスカが待ったをかける。

 この国において神のごとく信仰されている精霊に対して今初めて感謝した、などと聞かれては、最悪、異端審問にかけられる可能性すらある。

 もちろんこの場に密告するような人間はいないが……万が一ということもあるのだから。

 流石に窘められて、ヘルミーナもハッと我に返り、口を噤む。


「も、申し訳ない……あまりに嬉しくて、つい……」

「いえまあ、お気持ちはわかるような気はいたしますので……でも、他の場ではお気を付けあそばせ?」


 例えば、メルツェデスが額の傷をフランツィスカ達に受け入れてもらった瞬間。

 自分では割り切って居たつもりだったが、それでも少なくない高揚感はあった。

 ましてヘルミーナのこの理論は、家族にすら受け入れられていなかった可能性すらある。

 そこにいきなり三人も理解者が現れたのだ、我を忘れるのも無理は無い。

 無いのだが、しかしやはり外聞もあるので、控えてもらいたいところ。

 若干落ち着いたらしいヘルミーナは、コクコクと頷きながら、椅子に座り直した。


「本当に申し訳ない……完成すればあのリヒターを完全に蹂躙できると期待している技術だけに、理解者がいるというだけでも興奮してしまって」

「まって、別に私達、エデリブラ様を蹂躙することまでは理解を示してないですからね!?

 というか確か、ご婚約されてましたよね!? その婚約者をって一体……」


 どうにも物騒な言い方に、エレーナが割って入る。

 国王派であるメルツェデスとフランツィスカでもそうだが、貴族派であるエレーナが、国王派であるエデリブラの令息をボコることに賛同したなどと言われてはなおのこと色々と問題だ。

 保身もあってそう訂正したエレーナの後を継ぐように、フランツィスカが小首を傾げながら言葉を継いだ。


「というか、完全に蹂躙、って……まるで、今でもある程度は蹂躙しているような言い方に聞こえるのですが……」

「実際、勝負したら圧倒していると言っても過言ではない。あいつがしぶといから、圧勝とは言えないけど」


 フランツィスカの問いに、ヘルミーナは若干所でなく悔しそうに答える。

 圧倒している、というのに。

 というかそれ以前に、大分おかしいところがあるのだが。


「あの……ピスケシオス様の属性は、水、ですわよね……? そして、エデリブラ様の属性は、風。

 ……属性相性的には、ピスケシオス様の方が不利なのに、圧倒しているのですか……?」


 信じられないものを見るような面持ちでヘルミーナを見ながら、フランツィスカが確認するように問いかけた。

 

 この世界の魔術には属性による有利不利があり、風→水→火→地→風、のように、矢印の左側の属性は、右側の属性に対して優位となる。

 俗に、有利属性は不利属性に対して2倍の効果を持つとも言われているのだが、それを覆した上に圧倒までしているというのだ。

 魔術において十年に一人の逸材と言われる、リヒター相手に。

 となればヘルミーナの能力はリヒターと比べて2倍どころか3倍だとか4倍だとかになってしまう。

 それがどれだけ底知れないものか、と思えば、思わず背筋も震えてしまう。


「少なくとも、模擬戦闘において彼に主導権を奪われたことはない。

 大体私が攻勢に出て、彼は防戦一方」

「……水属性の攻撃魔術で? いえ、ピスケシオス様でしたら、氷属性の攻撃魔術でしょうか……。

 それでも、『アイスストーム』ですとか『アイスボルト』ですとか、風の結界で防げそうなものですのに」


 比較的常識人であるフランツィスカが不思議そうに小首を傾げるが、それに返ってきたのは、にんまりとした、なんとも底冷えのする笑みだった。


「結界くらい、魔力のごり押しでなんとでもなるから」

「いえ、エデリブラ様相手にごり押しできる人なんて相当ですわよ……?」


 恐る恐るフランツィスカが言えば、それはもう楽しそうに笑うヘルミーナ。

 

「そう、だからこそやっているし、蹂躙したい。それができたら、魔術において敵は居ないってことでしょう? この年代では、だけど」

 

 その言葉に、表情に、メルツェデスは納得した。

 なるほど、これは確かに『マジキチ』だ、と。

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