第34話 もう一人の悪役令嬢。
そして、そんな茶会から数日後。
「流石メルね、一発で釣れたわ!」
と、フランツィスカから嬉しくない手紙が届いた。
いや、ヘルミーナに会えること自体はもちろん嬉しいのだが。
「……なんだか納得がいきませんわ……」
手紙を読んだメルツェデスは、思わずそうぼやいた。
なにしろ、変わり者の令嬢を呼び寄せるための餌か何かのような扱い、と言えばそうなのだから。
「しかしお嬢様、エルタウルス様も微妙なお気持ちでしょうから、そうおっしゃらず」
「わかってますわ、わかってますけども……」
フォローのつもりだろうハンナの言葉に、メルツェデスは言葉を濁す。
「ヘルミーナ様のピスケシオス家は、一応国王派に属してますのに、その家のご令嬢が、国王派筆頭のエルタウルス公爵家の令嬢が誘っても動かなかった。
なのにわたくしが来る、というだけで腰を上げたのですもの、口さがない者はフランの求心力がどうの、エルタウルスの面子がどうのと言うでしょうね。
あの子のことだから、気にした素振りは見せないでしょうけども……」
気丈で優しい親友の顔を思い浮かべ、ふぅと小さくため息を吐く。
気丈な分、無理をしていないか時々心配にもなってしまうが、きっと彼女はおくびにもださないだろう。
メルツェデスの危惧に、ハンナもコクリと頷いて見せた。
「ご本人が気にされずとも、それなりに影響は出てしまうかも知れませんね。
幸いなことに、対立派閥筆頭ギルキャンス様とも仲良くされてますから、変なちょっかいを出してくる者はそういないでしょうけれども」
むしろ、このヘルミーナを呼んだお茶会に参加する気満々なあたり、なんとも平和でいいことだ、とゲームの世界を知るメルツェデスはほっとする。
色々変わってしまってこの先の予測も出来ないが、しかし、少なくとも良い方向へと向かっているのではないか、と。
「それはそうですわね。さて、となると余計な心配をしているよりも、お茶会での挨拶や話題などを考える方が余程健全でしょうか」
読み終わった手紙を机に置くと、メルツェデスは頭を悩ませる。
必ずしもゲームのヘルミーナと同一ではないだろうが、ある程度近しいところはあるだろう。
であれば、話題は。手土産は。そんなことを考えていく。
「……ふふ、なんだかんだ、私も楽しみにはしてますのね」
ふと、どこか浮ついた気分で考えを巡らせていたことに気がついたメルツェデスは、小さく笑いながら零す。
この五年で、随分と出歩くようになったし、色々なお茶会に招かれ、社交的になってきた、とも思う。
それだけに、少しマンネリもしてきていたのかも知れない。
久しぶりに刺激的な、初対面の令嬢との出会いは、なんとも心が浮き立ってしまう。
「ハンナ、ちょっと頼みたいことがあるのですけど」
「はい、お嬢様。何なりとお申し付けください」
まずはあれをしてみようか。思いついたメルツェデスは、ハンナへと声をかけた。
「ヘルミーナ・フォン・ピスケシオス。どうぞよろしく」
お茶会当日。
まだ夏になりきらぬ涼しい風の通るエルタウルス邸中庭にて、それよりも遙かにクールな声が響く。
雪を紡いだかのような白銀の髪は細くさらさらと腰まで流れ、紫色の神秘的な瞳、ほっそりとしなやかな肢体も合わさって、妖精もかくやという幻想的な美しさを誇っている。
また、達観したかのような無表情さが、尚更人ならざる何かを思わせる空気を纏わせていた。
ただし。やはり身体の鍛え方や鍛錬、もとい行儀作法の稽古は十分でないらしい。
カーテシーの仕草そのものはきちんとしていたが、身体のバランスはあまりよくなかった。
……まあ、比較対象が悪すぎると言えば悪すぎるのだが。
「フランツィスカ・フォン・エルタウルスでございます。本日はようこそいらっしゃいました」
「エレーナ・フォン・ギルキャンスでございます。初めまして、どうぞよろしくお願いいたします」
「メルツェデス・フォン・プレヴァルゴでございます。お会いできてうれしゅうございますわ」
このお茶会の主催者であるフランツィスカがまず挨拶し、次いで地位が上であるエレーナ、そしてメルツェデスが続く。
ちなみに、今日のメルツェデスは、念のため帽子を被った格好だ。
それぞれにお手本のようなカーテシーを見せれば、若干ヘルミーナの顔が驚いたように動いた。
「……その細さでその力強さは、驚異的……是非とも調べさせて欲しい……」
「……それでしたら、メルツェデス嬢をお調べになるのが一番だと思いますわ」
「ちょっとエレン、いきなりわたくしを売らないでいただけます?」
三人の姿を幾度も見たヘルミーナがそう呟けば、エレーナがそっとメルツェデスを差し出し、それにメルツェデスが抗議し、そんなやりとりを見て思わずクスクス笑いながら、フランツィスカが場を仕切る。
「まあまあ、皆さん早速お話が弾みそうなところで申し訳ないのですが、まずは席に着きましょう?
メルの身体を調べる算段はそれからにいたしましょう」
「そんな算段はさせませんからね!?」
和やかに己の欲望をにじみ出させたフランツィスカに、メルツェデスが思わずツッコミを入れる。
そんなやり取りを、ヘルミーナは目をパチパチとさせながら眺めていた。
「……なんというか、驚いた。三人とも普通に友達……いえ、むしろ随分気安い友達なんだね」
あまり表情は動いていないものの、確かに驚きのような表情が窺えるヘルミーナが、紅茶の入ったカップを手に、しみじみと呟く。
「公爵家のお茶会なんて、もっとギスギスしてるものかと思ってた。まして、ギルキャンス様がいらっしゃってるのならなおさら」
「ふふ、そう思われるのも無理はございません。最初の頃なんて、ねぇエレン?」
「……それについては黙秘権を行使するわ」
ヘルミーナへと応じたフランツィスカは、流れるようにエレーナへと水を向ける。
振られたエレーナは、かつての黒歴史を刺激され、どうにも渋い顔だ。
だが、それで流してくれるような気は利かない、むしろ好奇心を刺激されたヘルミーナはずずいと迫る。
「是非ともその話を詳しく」
「普通そこは流すとこですわよ!?」
思わず声を上げるエレーナを見ながら、メルツェデスはクスクスと笑いながら、ふと思う。
ヘルミーナは研究者タイプの人間で、他人や周囲の空気を読むよりも自身の好奇心や探究心を優先するタイプなのかも知れない、と。
そう考えれば、付き合い方もおのずとわかってくるというものだ。
「エレンの恥ずかしい過去のお話もいいですけれど……わたくしは、ピスケシオス様のお話を聞いてみたいですわ。
例えば、今研究している魔術関係のお話とか」
メルツェデスが話を振った途端。
キラリ、いやギラリ、ヘルミーナの目の色が変わった。
それを見てメルツェデスは思う。
あ、早まったかも知れない、と。
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