第29話 しのぎのお裁き。

「そ、そんな金額払えません! そんなに持って行かれたら、食費どころか家賃も!」

「なんでぇ、そんなに儲かってねぇのかよ? だったらこんなチンケな屋台なんてやめちまえよぉ」


 メルツェデスが歩み寄る間にも、男達の恫喝は続いていた。

 どうやら、法外なショバ代とやらを要求していたらしい。

 だが、普通のアウトローはそんな干上がってショバ代も払えなくなるような馬鹿な真似はしないだろう。

 となると……とメルツェデスが頭の中で仮説を立てていると。


「そうそう、お前ならもっと楽に稼げる商売があるぜぇ」


 そう言いながら、男の片割れがニヤニヤとした顔でジロジロと女性の身体を眺める。

 見れば中々の器量よし、体つきも中々に出るところの出ている色気のあるもの。

 となれば男の考えていることなど、メルツェデスにも察することができる。


「なっ、や、やだっ、ちょっと、離してっ!」

「へっへっへ、いいじゃねぇか、抵抗したって無駄だぜぇ!」


 無法者に関わることを恐れてか、誰も口を出さないのを良いことに、男達はついに女性を引きずりだそうとし始めた。

 どうやら、彼らはとことんどうしようもないらしい。となれば、容赦などいらないだろう。


「オ~~~ッホッホッホ!

 オ~~~ッホッホッホ!!」


 唐突に響き渡る高笑い。それも、二連発。

 演劇か何かでしか聞かないような、しかし見事に響き渡るそれに、男達を含め周囲の人々の動きが止まった。


 何事か、と人々が周囲を見回す中に、メイドを従えてずいっと進み出る少女が一人。

 それに気付いた人々の視線が、一気に少女へと集まっていく。

 もちろんそれは、狼藉を働いていた男達のも、だ。

 ぎょっとした顔でしばしメルツェデスの顔を見つめた男達は、しかし直ぐにまた、下卑た顔になる。


「おいおい、なんだいお嬢ちゃん。お子ちゃまの出てくるところじゃねーぞ?」

「まったくだ、大人しく家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってなぁ! あっ、いや、そこのメイドは置いてってもいいぜぇ?」


 あまりにも下卑て、そしていかにもな台詞に、ふん、と思わず鼻で軽く笑ってしまう。

 どうやらそれは男達にも聞こえたらしく、ピキ、と急に顔が強ばった。

 だが、もちろんメルツェデスは、そんなことなど気にもしない。

 むしろ、さらに一歩、ずいっと踏み出して見せて。


「まったく、くだらなすぎて思わず笑ってしまいますわね!

 あなた方こそ、そんなお子様みたいなことをおっしゃるのでしたら、お家に帰ってママのおっぱいちゅーちゅーしているのがお似合いですわ!

 ……あら失礼、吸わせてくださる方もいらっしゃらなさそうですわね?」


 いかにも良家のお嬢様然とした少女の口からいきなり飛び出てきた言葉に、周囲は凍り付いた。

 ハンナなど、別の意味でクラリと気を失いそうになっている。

 そして、言われた男達は……流石に何を言われたのか数秒後には理解し、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。


「なっ、てめぇこのクソガキ! 黙ってりゃぁ、ナメたこと言いやがって!」

「あら、さっきから黙ってらしたところなど見ていなかったのですが……それに、黙らされたの間違いではなくて? こんなお子様相手に」


 呆れたような口調で言うメルツェデスの返答に、周囲で見ていた幾人かが思わず失笑を漏らしてしまう。

 だが男達はそんなことを気にする余裕もなく、目の前の生意気なガキを血走った目で睨み付けた。


「うるっせぇ! てめぇ、どうやら世の中ってものを教えてやらねぇといけねぇらしいなぁ……」

「あら、教えていただくことなど何もなくってよ。世の道理などはよっく教えていただいております」


 凄む男を見ても、メルツェデスは眉一つ動かさない。

 そもそも、比べものにならない程凄みのある父を幾度も見ているのだ、こんな男程度、話にもならない。

 余裕の表情のまま、ビシッ、と右手に持った白い扇を男に突きつける。


「そもそも! ここは天下の往来、陛下のお定めになった商いも自由な大通り。

 なのに、役人などとはとても見えない、むしろ役人にしょっぴかれそうなあなた方が、何を偉そうにショバ代などと戯言をおっしゃっているのやら。

 世の道理、法をわかってらっしゃらないのはあなた方ではなくって?」


 メルツェデスが正論で斬って捨てれば、そうだそうだーとどこからか声が上がった。

 思わず男達は視線を左右に走らせるが、もちろん誰が言ったかなどわかるわけもない。

 歯噛みしている男達へと、メルツェデスは嘲笑を向ける。


「あらあら、いかがいたしましたの? まさか、今更自分達のしょうもなさにお気づきになった、とか?」

「こ、コノヤロウ、馬鹿にしやがって……」

「あら、わたくし野郎ではなく淑女でしてよ?」

「お前みたいな淑女がいるか!」


 もはや完全に空気はメルツェデスが掌握し、男達に向けられる視線は先程までとは全く違ったもの。

 そんな空気は流石に読めるのか、男達の顔に焦りの色が濃くなっていく。

 

「てめぇ、舐めやがって……俺たちがブランドル一家と知ってのことか!」

「そもそもブランドル一家を存じませんの、ごめんあそばせ?」


 彼らにとっては切り札的なものだったろう、一家の名を使っての脅しは、鼻で笑われた。

 途端、カッと頭に血が上り、鼻息荒く顔を真っ赤に染め上げる。


「ふっざけんな! だったら身体に教えてやるよぉ!」


 叫び声を上げながら、男達が二人がかりでメルツェデスへと襲いかかってきた。

 だが、メルツェデスは至極冷静。


「ハンナ、左をお願い」

「かしこまりました、お嬢様」


 そんな指示をさらりと出せば、メルツェデスは男の懐へと飛び込んだ。

 男から見れば、姿が消えたようにも見えた一瞬の動き。

 その次の瞬間、男の視界はぐるんと回転し、唐突に全身を襲う痛み。

 ろくに受け身も取れずに投げられたと理解することもできず、男は呆けた顔で空を見上げていた。


 ほぼ同時に、もう一人の男はハンナに腕関節を極められ、地面に組み伏せられている。

 あまりの早業に、男達はもちろん、周囲の野次馬も一言も発することができない。


「さて。ショバ代とはアウトローな方々が用心棒代として集めると聞いたことがございますが……女二人にやられるあなた方に、ショバ代など払う必要がありますかしら?」


 投げ飛ばした男を上から見下ろしながら、メルツェデスは不思議そうに小首を傾げながら問う。

 途端、どっと沸き起こる笑い声。

 男達の顔は、羞恥に赤く染まってしまう。


「て、てめぇ……覚えてろよ、かならずブランドル一家がてめぇを探し出してお礼をしてやるからな……」

「あら、探す必要などなくってよ? わたくし、メルツェデス・フォン・プレヴァルゴは逃げも隠れもいたしませんわ!」


 胸を張りながらの名乗りに、男達は絶句する。

 裏世界にも轟く、プレヴァルゴの名。それは、末端である彼らすら知っていた。

 知らずとはいえその令嬢に手を出したのだ、その意味するところを理解して、ガクガクと震え出す。


「ご心配なく、こんな些細なことに我が家の力を使ってしまうつもりはございません。

 ええ、こんな、些細なうちは。……意味は、おわかりいただけますわよね?」


 安心させるように微笑みながらメルツェデスが言うことは、あまり安心できないものだった。

 つまり、これ以上騒ぐなら全力だ、ということでもあるのだから。

 理解した男達は、壊れた玩具のようにコクコクと幾度も頷く。


「ご理解いただけたようで何よりですわ。では……ハンナ、そちらを離してあげて」

「かしこまりました、お嬢様」


 メルツェデスが投げた男から離れれば、ハンナは極めていた男を、そいつへと向かって突き放す。

 互いにもつれ合うようにして地面に転がった二人は、真っ青な顔のまま、ジタバタとしながら立ち上がった。


「す、すんませんでした! 勘弁してください!」

「も、もうしませんから、まじですから!」


 そんな謝罪のような事を言いながらペコペコ頭を下げたかと思えば、脱兎のごとく駆け出す二人。

 あらら、と呆れたような顔で二人を見送ったメルツェデスは、くるり、屋台の女性へと振り返る。


「大丈夫ですか? お怪我などはございません?」

「あ、その、大丈夫です、ありがとうございます、伯爵家のお嬢様にお助けいただくなど、なんと勿体ない」


 先程とはまた別の意味で顔色を失いペコペコ頭を下げる女性へと、メルツェデスはゆるり首を横に振った。


「どうかお気になさらず。これはわたくしの退屈しのぎ、のようなものですから。

 けれど、たまたま、こうしてあなたの窮地に立ち寄れたのは、幸運でした」

 

 そして見せる、ふわりとした柔らかな笑み。

 それは、女性の心の柔らかな部分をさっくりと射貫いた。

 だがメルツェデスはそんなことに気付きもせず、ニコニコと会話を続ける。


「もしまたあのようなことがありましたら、プレヴァルゴ邸までお越しくださいな。

 できる限りのことはさせていただきます」

「そ、そんな滅相もない! 助けて頂いた上にそんなことまで、とんでもないです!」

「ふふ、そんなことはございません。こうして出会ったのも何かの縁。

 そんな縁あるあなたによからぬことが起こるなど、耐えられないことですから」


 きっぱりと言い切るメルツェデスの笑顔に、女性の頬がポッと赤く染まり、ハンナが額に手を当てて首を横に振った。

 やらかしたことに、メルツェデスだけが気付いていない。


「まあ、退屈しのぎのつもりが、しょうもないシノギの始末になってしまったことは不幸かも知れませんけど、ね」


 そう言ってメルツェデスが笑いながら肩を竦めれば、周囲の野次馬達からどっと笑い声が弾けた。

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