第28話 退屈なシノギ。
そして、いよいよ初と言ってもいい王都市街地へとメルツェデスは足を踏み入れたのだが。
「わぁ……本当に人がたくさんいますわね!」
と、お上りさん丸出しで目を輝かせていた。
そんなメルツェデスの姿を見て、ハンナの目も輝いていた。若干ギラギラしていたような気もするが、きっと気のせいだろう。
昼飯時から2時間ほど経った王都は、食事客が引けて多少落ち着いた空気。
それでもなお、見渡す限りの人だかり。
そんな光景をしっかりと見るのは初めてであるメルツェデスのテンションはうなぎ登りである。
「この時間でしたら、午後のお茶と洒落込んでいる人も多いようですね。
軽く見て回った後、私達もどこかのカフェにでも参りませんか?」
「カフェ! いいですわね、なんだか大人な気分ですわ!」
ハンナの提案にくるりと振り返れば、キラッキラと輝く瞳でメルツェデスが見上げたせいで笑顔光線が直撃したハンナは、鼻血が吹き出そうになるのを必死で堪える。
前世では社会人だったのだから、当然カフェなどに行く機会もあった。
ただし、一人で。ソロカフェである。
お一人様、などという言葉も生まれてはいたし、彼女が思う程白い目では見られていなかったのだが、彼女自身が後ろめたさのようなものを感じていた。
しかし、今日は一人ではなくハンナと一緒、とあって後ろめたさもない。
ある意味生まれて初めて、カフェを堪能する機会を得たのだ。
更に今のメルツェデスは子供人格もまだ混じっている状態とあれば、テンションも上がろうというものである。
「これくらいで大人気分を味わっていただけるなら、安いものですよ。
お嬢様は普段から年齢の割に大人びてらっしゃいますから、丁度いいかも知れませんね」
ハンナの言葉に、普段の様子はどこへやら、子供のように無邪気に微笑みながらコクコクと頷くメルツェデス。
クラリと目眩がしそうになり心臓が破裂しそうになるが、それでもハンナは必死に踏みとどまり、鉄面皮を維持する。
だが、そこに非情な追い打ちがかかった。
「あ、でしたら今日は、是非ハンナにも同じテーブルに着いて欲しいですわ。
お家では職務ですとかありますから、仕方ありませんけど……こういう時くらいは、いいでしょう?」
少しばかり上目遣いになり、こてん、と小首を傾げながらのおねだり。
それは、限界近かったハンナを楽々とオーバーキル。
「ハンナ? ハンナァァァァァ!?」
メルツェデスの叫びを、どこか遠くに聞きながら
主に鼻血がかからぬよう、最後に残った理性で身を捻り、うつ伏せの姿勢になりながらその場に倒れ伏したハンナの顔は、実に充実しきったものだった。
「うう、お嬢様、誠に申し訳ございません……」
割とすぐに復活したハンナが、面目なさげにしょんぼりと俯きながら謝罪をすれば、メルツェデスはゆるりと首を横に振る。
「いえ、それはいいのですが……本当に大丈夫ですか? 体調が悪いのでしたら、戻っても構いませんのよ?」
「とんでもないことでございます! 折角のお嬢様のお出かけを、私の鼻血程度で無しにしてしまっては、一生の恥!
死をもって償わねばならぬ大罪でございます!」
「待って、そんな大げさなことではありませんわよ!?」
メルツェデスの言葉に、まさに必死の形相でハンナがずずいと迫れば、勢いに押されてメルツェデスも後ずさった。
そして下がれば下がるだけ、ハンナはずいずいと詰めてくる。
「それだけのことなのです、このハンナにとりましては!」
「わ、わかりました、わかりましたから!」
必死に言えば、やっとハンナは止まってくれた。
そのことに、メルツェデスはほっと胸をなで下ろす。
「とにかく、ちょっと見て回りながら、良さそうなお店を見繕いましょう。
ハンナが良いお店を知っているなら、そこでもいいのですが」
「そうですね、贔屓にしている店もあるにはありますが……」
などと二人が話しながら歩き出した時だった。
「きゃぁっ!」
と唐突に女性の悲鳴が響き渡る。
なんだなんだと人々が周りを見回す中、ハンナとメルツェデスはすぐに声のした方へと目を向けた。
見れば、屋台の店主らしい二十前後の女性に、柄の悪い三十がらみの男が二人。
「おうおう姉ちゃん、誰に断ってここで商売してんだぁ?」
「だ、誰って、ここは自由に商いをしていい場所では……それに昨日までは何も言われなかったのに」
「はっ、残念だったなぁ、今日からここはブランドル一家のシマになったんだ。
仕事始めってやつでな、ショバ代をいただきに回ってるのさぁ」
涙目になっている女性に、男達はニヤニヤと実に下卑た笑みを見せた。
それを見たメルツェデスは一瞬だけ考え、後ろに控えているハンナへと視線を流す。
「……ハンナ。ブランドル一家とは、敵対しても大丈夫な輩ですか?」
「はい、全く問題ございません」
メルツェデスの問いかけに、ハンナは恭しく頭を下げながら答えを返した。
予想していたのか、こくり、メルツェデスが頷く。
まあ、あんな小さな屋台からショバ代を上げようなんてしょぼいシノギをする連中だ、予想もできたこと。
「そう。では、参りましょうか」
「かしこまりました。……ちなみにお嬢様、大丈夫でなかった場合にはいかがいたしました?」
ハンナの問いかけに、踏み出しかけた足を止めてメルツェデスは、ふ、と小さく笑う。
「もちろん」
そこでくるりと振り返ると、メルツェデスはとびきりの笑顔を浮かべた。
「あの女性を助けてから考えましたわ!」
「それでこそお嬢様です。このハンナ、どこまでもお供いたします」
メルツェデスの返答にハンナも笑顔を見せながら、その後ろに控える。
それだけでもう、メルツェデスとしては百人力と言っていい。
「ええ、ではハンナ、参りますわよ!」
改めて宣言すると、メルツェデスは一歩踏み出す。
これが、後に『退屈令嬢』だとか『退屈のお嬢様』などと呼ばれるメルツェデスの、はじめの一歩だった。
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