第27話 退屈しのぎ。

 こうして幾人もの友人を得たメルツェデスの日々は大きく変わった。

 変わったのだが……。


「退屈ですわ~……」


 残念ながら、退屈は軽減すれど解消はされなかった。

 友人達との交流は、流石に毎日はできない。

 日々の訓練を除けば、週に一度二度のお茶会が精々。

 ……そのお茶会ではスリリングな駆け引きが裏で行われているのだが、当のメルツェデスは気付いていない。

 その他、訓練の後にはお風呂での交流もあったりするのだが、それもお昼どきには終わってしまう。

 そこからあっという間に勉強を終えてしまえば、退屈な時間がやってくるわけだ。


「そう思われるのでしたら、少し手抜きを覚えられては?」

「そんなことしたら、張り合いがなくなって尚更退屈になってしまうじゃありませんの。

 もっとこう、張り合いのあることが欲しいのですわ」


 ハンナの言葉に、しかしメルツェデスは首を横に振る。

 根本的なところでは真面目というかひたむきなところがあるメルツェデスにとって、時間を長引かせることは無駄にしか思えない。

 もっとも、だからこそ、こうして退屈な時間ができてしまうのだが。


「それならもういっそ、気分転換に街にでも出てみますか?」


 考えた末にハンナの口から出てきたのはそんな言葉。

 様々な人々で賑わう王都であれば、メルツェデスの興味を多少は引けるだろうか。

 大道芸人の多い通りなら、楽しんでもらえるだろうか。

 そのくらいの考えだったのだが、メルツェデスは目を光らせて食いついてきた。


「それですわ! そうですわ、何故思い浮かばなかったんですの……考えてみればわたくし、この家と王城、それにお友達の家以外はほとんど行ったことがありませんものね!」


 当たり前のようにルーティン化した日常ですっかり忘れそうになっていたが、この世界は彼女がかつてプレイしていた『エタエレ』の世界、もしくはそれに近しいもの。

 であれば、ゲームの中でしか、それも限定的な場所しか見られなかった王都を、見て回ることができる。

 言わば聖地巡礼のようなものであり、それは元オタクであるメルツェデスには堪らないものがあった。


「早速出かけましょう、ハンナ。街を歩きやすそうな、庶民風のワンピースに着替えて……ああそう、ジェイムスにも連絡しておいてもらわないとね」

「かしこまりました、お嬢様。このハンナ、何としてでもお嬢様の外出をもぎ取って参ります」


 うきうきと気楽そうなメルツェデスに対して、悲壮感すらあるハンナの迫力に、メルツェデスは小首を傾げた。


「あの、ハンナ? 流石に大げさすぎません? ちょっとお出かけするだけでしょう?」

「いいえ、お嬢様。お嬢様は伯爵家の中でも特別な地位にあるプレヴァルゴ家のご令嬢。

 おまけに『天下御免』を頂いている以上、その政治的価値は計り知れません。

 ということは、どんな輩に狙われるかわからない、ということでございます」

「な、なるほど……それは、確かにそうかも知れませんわね……?」


 ハンナの言うことに、思わずメルツェデスは納得してしまったが、これは一種の詭弁である。

 特別な地位にある武闘派のプレヴァルゴ家に喧嘩を売りたい貴族など、余程で無い限りいるわけもない。

 先だっての『魔王崇拝者』への苛烈な捜査……というか殲滅戦を知る裏の業界連中も、『プレヴァルゴには手を出すな』という思いを深く刻み込んでいる。

 ということは、そんな裏事情を知らない三下しかメルツェデスにちょっかいを出すことはない、ということ。

 であれば、ハンナ一人でいくらでも対処できてしまう。


 なのにこうも必死になる理由はただ一つ。

 万難を排してお嬢様とお出かけをしたい、そして楽しんでいただきたい、という一心である。

 それは忠義から来るものでもあり、彼女個人の感情から来るものでもある。

 デート、などとはおこがましく、またメルツェデスもそんな気はないだろうが、ハンナ個人の中では、それくらい特別なものにしたかったのだ。

 

「それでは、まずジェイムス様に連絡してまいりますので、しばしお待ちくださいませ」


 そう告げると、ハンナは消えた。


「……はい?」


 いや、正確には、メルツェデスの目でもなんとか捉えられる程度の速さで、消えたかのように素早くその場を去ったのだ。

 その光景に、メルツェデスはしばしぱちぱちと瞬きをする。


「……くっ……わかってはいましたが、わたくしなどまだまだ、ですわね……」


 目の前で見せつけられたハンナとの力量差に、思わず歯噛みをしてしまう。

 メルツェデスとて、10歳の少女としては破格の腕を持つ。なんなら、大人の一般的な兵士とも五分以上に打ち合える技量がある。

 だが、6歳上のハンナはさらにそれ以上の技量を持っていることはわかっており、それを今こうして見せつけられた。

 それが、どうにも悔しい。


「見てなさい、ハンナ。今にぎゃふんと言わせてあげますからね……」


 メイドの知らぬところで、主は決意を新たにしていた。はた迷惑なことに。





 そんなことは露知らず、上機嫌で戻ってきたハンナは、早速メルツェデスの支度を始める。

 

「はぁ……お嬢様は何でもお似合いになるから、服を選ぶのも困ってしまいます」


 様々なワンピースをあてがいながら、ハンナが少しも困っていないうっとりとした声で呟く。

 着せ替え人形にされているメルツェデスとしては、どうにも反応に困るところだ。


「でしたら、もう何でもいいのではなくて?」

「いけません、お嬢様! そんな適当なことでは、折角のお出かけが台無しになってしまいます!」

「いえ、流石にそれくらいで台無しにはならないと思うのですけども……」


 そうは言いながらも、メルツェデスはハンナの思うがままに任せている。

 普段から仕事は良くしてくれているのだ、これくらいはいいだろう、という思いもある。

 などと思いながら身を任せて居れば、やがてハンナが満足する衣装が見つかったようだ。


「もうそろそろ夏と言っていい暑さでございますし、これくらい涼しげなくらいがよろしいのではないかと」


 そう言いながらハンナが着せてくれたのは、淡い水色のワンピース。

 胸元で一度切り返す、Aラインタイプのものだ。

 そこに同系色の帽子を合わせれば、なるほど、確かに涼しげなお嬢様、という外見になる。


「うん、中々いいと思いますわ」

「お褒め頂き、ありがとうございます」


 そう言って頭を下げたハンナの顔には、心から嬉しげな笑みが浮かんでいた。

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