第30話 謎でなかった少年。
そんな一連の騒動を、少し離れたところから見ている少年がいた。
「ふぅん……あれがプレヴァルゴのメルツェデス嬢か……なるほど、ジークどころか父上まで気に入るのもわかるな」
小声で呟きながら、手にした牛肉の串焼きを口にし、頬張る。
庶民的な行動を、実に手慣れた様子でしているのだが……どうにも、その動きからは上品さが拭えない。
呟きでわかるかも知れないが、彼こそがこの国の第一王子、何事もなければ王太子となり次期国王となるエドゥアルド・フォン・エデュラウムである。
本来は父親と同じく金髪なのだが、今は染め粉を使って茶色に染めてしまっており、蒼い瞳も魔法の眼鏡で変えてしまっているため、早々彼だとバレることはない。
着ている服も庶民的な物で、どこにでもいる少年、を装っているのだが……残念なことに顔が良すぎるため、周囲からちらちらと視線を向けられていた。
「いやはや、たまの息抜きにと街に出てみれば、中々に面白い物が見られた。これだからお忍びは止められない」
と、ニコニコ顔で、警備の者が胃に穴を開けそうなことをのたまう。
エドゥアルドは『エタエレ』における攻略対象でもあり、『完璧王子』の異名を持つ、文字通り万能の王子様だった。
在籍中は常に学年1位を譲らず、穏やかな性格で品行方正・文武両道。それでいていざとなればリーダーシップを発揮し、果敢な指揮を執ることもできるという、非の打ち所のないタイプ。
ジークフリートも能力的には劣っていないのだが、ゲーム初期の『ヘタレ王子』と比べれば、エドゥアルドの方が一枚も二枚も上に見えてしまう。
そんな『完璧王子』の彼には、一つだけ困った趣味があった。
それがこの、お忍びである。
勉強に行儀作法に稽古にと忙しい彼だが、隙を見ては城の抜け道を使って街に出て一人の少年として遊ぶ、そんな時間を楽しんでいるのだ。
今日もそうやってこっそりと抜け出し、行儀の悪い買い食いなどを楽しんでいたところに、この騒動を目にしたというわけである。
「う~ん……もうちょっとあの二人を見物していたいけど……あんまり見ていたらバレちゃうかな?」
エドゥアルドの目から見て、メルツェデスはもちろんだが、側に控えるハンナの腕はさらに尋常でないように見えた。
噂に聞くプレヴァルゴの手の者であれば、諜報防諜もお手の物と聞く。
であれば、彼の拙い尾行など即座にバレてしまうだろう。
「ま、今日のところは、深入りしないでおこうかな」
そう呟くと、彼はまた串焼きを口に運ぶ。
その目に、表情に、『実に面白そうだ』と明確に浮かばせながら。
「……ねぇ、ハンナ」
「はい、お嬢様」
「……さっきから、見られてますわよね。右斜め後方の、串焼きを持ってる男の子に」
「ええ、確かに。視線を誤魔化そうとはしていますが、かなりまじまじと」
視線を向けることなく、メルツェデスとハンナは抑えた声を交わす。
もちろん、先程大量に視線を集めたのだ、その一つ、とも言えるのだが。
ほとんどの人々がそれぞれの生活にまた戻っていく中、その視線はまだこちらへと向けられていた。
エドゥアルドの名誉のために言えば、本当にまじまじとは見ていない。
むしろ見えにくい位置を取り、視線を不自然でないようカモフラージュしながらちらちらと向けるなど、子供にしては随分と
ただ、相手が悪かった。悪すぎた。
メルツェデスとのおでかけとあって、ハンナのテンションは通常より遙かに上がっている。
さらには万が一などあってはならぬ、と普段よりも神経が研ぎ澄まされていた。
今のハンナであれば、あるいは家令であるジェイムスの隠形すら看破しかねない、そんな鋭さ。
であれば、残念ながらエドゥアルドのそれなど、丸見えも同然であった。
「おまけにあの方の顔立ち……ジークフリート殿下やクラレンス陛下に似ている気がするのですが」
「ご明察です、お嬢様。あのオーラといい、髪を染めてはいますが、第一王子殿下で間違いないかと」
予想通りだったハンナの返答に、メルツェデスは小さく息を吐き出す。
「やはり、ですか……全く、どうしてこんなところにいらっしゃるのやら……」
「殿下は時折お忍びで城を抜け出すことがあるようですね。それがたまたま今日だった、ということでしょう」
「なるほど……ってハンナ、どうしてそんなことを知っていますの?」
一瞬足を止めそうになりながら、ちらり、側に控えるハンナを見上げるメルツェデス。
そんな主の仕草にハンナはまた鼻血を吹き出しそうになるが、しかし何とか押さえ込む。
溢れそうな萌えの感情を鉄面皮に押し込めながら、ハンナはそっと唇に人差し指を当てた。
「まあ、同業者の会合、のようなものが時折あるのですよ。でもこれは、内緒ですからね?」
「ねえそれって、メイドや執事のですわよね? 密偵だとか裏方のじゃないですわよね?」
「いやですねお嬢様、ジェイムス様が参加なさることもある、由緒正しいものですよ?」
「私の疑念は何一つ解消されませんわ!?」
ジェイムスは言わばハンナの師匠。その彼が参加する会合など、やはりそちら方面にしか思えない。
だが、どうやらハンナはそれ以上言わないようだ。……だからこそ尚更、なのだが。
「とにかく、その会合で時折話題になるのですよ。また殿下に抜け出された、面目が丸つぶれだと」
「……普通の執事や侍従を出し抜いているのか、そうでない人を出し抜いているのかで意味が違ってきますわね……」
思わずメルツェデスは、ごくりと喉を鳴らす。もし懸念している通りならば、エドゥアルドは大した技量の持ち主となるはずだから。
……今の彼の様子を見るに、そこまでの腕とも思えないのだが。
「……あら、そういえば」
そこまで考えたところで、ふとメルツェデスの脳裏によぎるものがあった。
「はい? どうかなさいましたか、お嬢様」
「あ、いえ、なんでもありません、気にしないでくださいな」
そう言いながらメルツェデスがぺろっと小さく舌を出しながら笑って誤魔化そうとすると、ハンナは思わず口元を手で押さえる。どうやら効果は抜群だ。
荒ぶりそうだった呼吸を押さえ込もうとしているハンナをよそに、メルツェデスは思考を巡らせる。
確かゲームでもその設定はあり、そんなエドゥアルドのお忍びが元で起こった、幼い頃に実は主人公と会っていましたイベントがあったはず。
もしかしたら、今日がそのイベントだった可能性はないだろうか、と。
であれば、逆にエドゥアルドを尾行して、そのシーンを拝むのもありかも知れない、主人公の顔や様子も見られるし、などとも思ったのだが。
「……まあ、そんな都合の良いことなんてあるわけもないですわよね」
と己の考えを打ち消し、小さく頭を振る。
何より、今日はこれだけハンナが浮かれているのだ、変に他のことに気を取られることなく、彼女の普段の働きを労うべきだろう。
「さ、ハンナ、行きましょう? あなたのお勧めのお店に案内してくださいな」
「かしこまりました、お嬢様」
メルツェデスの声に応えて、ハンナがキリッとした顔で店へと案内していく。
もちろんその店はハンナおすすめだけあってお茶もお菓子もとても美味しかったのだが。
まさに今日がそのイベントの日であり、エドゥアルドが二人に興味を引かれた結果、イベントが不発に終わったなどメルツェデスには知る由もなかった。
ましてそれが、彼女の今後の運命に大きな影響を与えるなど。
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