第24話 友情は閥を越えて。
華やぐ香りと軽やかで口当たりの良い紅茶を味わい、料理人が精魂込めて作ったであろうお菓子の数々に舌鼓を打ちながら、メルツェデスはお茶会を楽しんでいた。
敵陣と言ってもいいギルキャンス邸での、あまりに自然体な振る舞い。
エレーナはそれを見てほっとしつつ、少し心配にもなってしまう。
「あの、プレヴァルゴ様。私が何か仕掛けてくるのでは、など思われないのですか?」
問いを発した後に、エレーナは思わず顔を伏せた。
それこそ、こうしてお茶会を主催した彼女自身が言う台詞ではない。
そのことに今更気付いて羞恥に顔を俯けたのだが、言われたメルツェデスは、実に嬉しげな笑みを見せている。
「正直に申し上げて、お伺いするまではその可能性も頭にありました。
ですが、お顔を拝見してすぐに、心配は無用だと思いまして」
「そ、それは……なんと言いますか……ありがとうございます、は違うのでしょうけども」
顔を上げたエレーナは、その笑顔を見てまた直ぐに顔を俯かせた。
直視してしまえば顔が赤くなってしまうことが、嫌でも理解できてしまう。
だから、失礼承知で顔を伏せているのだが、向かい合ったメルツェデスは、そんなことは気に掛けていないらしい。
そんな懐の広さに、安堵も感じてしまう。
「ふふ、確かにお礼を言って頂くことではございませんね。わたくしが勝手にエレーナ様を信じ、それがその通りだっただけでございますから」
「そ、そんなあっさりと信じないでくださいまし……」
「そうおっしゃられましても、実際にその通りだったわけですし」
カラリとした、湿り気のない笑顔。
子供といえども貴族社会にあっては見ることの少ないその笑顔に、エレーナ達の視線は釘付けになる。
はっと気がつけば、即座に視線を逸らしてパタパタと扇であおぎ、顔の熱を冷まそうと懸命になるも……残念ながら、冷めてはくれないらしい。
「はぁ……全く、プレヴァルゴ様の心配などするものではございませんわね」
「あら、ふふ、ご心配くださったのですか?」
「そこは聞かなかったことにしておくべきではございませんこと!?」
小声でぼやくも、メルツェデスの鋭敏な聴覚は聞き逃してくれなかったらしい。
くすくすと笑いながらも嬉しそうな笑みを見せられれば、エレーナとしては顔を背けて逃げようとしたくもなる。
こうしてお茶会の席に着いている以上、逃げることなどできはしないのだが。
そして、相手は非情なまでに追い打ちをかけてくる。
「だって、嬉しかったんですもの。ギルキャンス様がわたくしのことを心配してくださるだなんて」
「あなたのその、真っ直ぐ過ぎる言い方はお控えになった方がいいと思うのですが!」
威厳も何もなくなっている自分に、気付かざるを得ない。
だというのに、いつも一緒に居てくれる二人から向けられている視線は、なんとも暖かなもの。
こんな自分も受け入れてくれる。好ましいと思ってくれることに、改めて感謝の念を感じてしまう。
「控えられないくらいにお可愛いギルキャンス様がいけないのですわ?」
「ああもう、そんな言葉でまた丸め込もうとして!」
しれっとした物言いに、反射的に声を上げてしまう。
もしかして。
取り繕わなくてもいいのだろうか。
少なくとも、この人の前では。
そんな都合の良い思考が、脳裏を巡ってしまう。
「そんなだから……私も、改めてしまいたくなってしまうのですわ……」
だから、ついポロリと、本音が漏れてしまった。
おや、と珍しく驚いたような顔を見せるメルツェデス。
その表情の動きだけで、口に出してしまった、聞かれてしまったと理解して、エレーナの顔がまた赤く染まる。
「ええと……ギルキャンス様、その辺り、もう少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「それこそ聞き流すべきところだったと思いますのよ!?」
一瞬だけ迷った様子はあったが、やはりメルツェデスは踏み込んできた。
反射的に言い返して、しかし、エレーナはしばし言葉を探す。
そして、出てきた言葉は。
「……いえ、聞いていただいた方がいいかも知れませんわね……今後のことを考えますと、その方が」
呟くようにそう言うと、エレーナが居住まいを正す。
釣られて取り巻き二人も姿勢を正し、それを見たメルツェデスも少しばかり背筋を伸ばした。
「先日のお茶会で、あなたに……可愛いだなんだ、歯の浮くようなことを言われましたけれども」
「……ええと……いえ、続けてくださいまし」
若干責めるような響きもある言葉に、あの時のことを思い出してメルツェデスの歯切れも悪くなる。
そんな彼女の様子にくすりと一瞬笑って、エレーナは言葉を続けた。
「後から思ったのです。可愛いなどと言ってもらえたのは、久しぶりだと。
家族や使用人、特にお父様からはよく言っていただきますが、それ以外の方からとなると、最近は記憶にございませんでした」
笑みには、僅かばかり自嘲の色もあるだろうか。
だがメルツェデスはそのことには触れず、沈黙を保ち続きを待つ。
「もちろん、誰かに媚びを売りながら生きていきたい、などとは思ってもいませんが……しかし、全く可愛げがないというのも、よろしくないと思うのです。
まして自分を高めることなく、誰かを嘲り蔑んで貶めようなど、醜悪にも程がある、と。
そんな醜悪なことを、あの時の私は、いいえ、あの時までの私は、してきていたのです」
そこで一度言葉を切ると、エレーナは手にしたカップへと視線を落とした。
まだ暖かいカップから立ち上ってくる、柔らかな香り。
それは、エレーナの背中を少しばかり支えてくれる。
「そんな私に、プレヴァルゴ様は気付かせてくださいました。
それこそ、誰も傷つけないような柔らかな言葉で。……少々甘すぎましたけども。
ですから……私も、そんな風になりたい、と思ったのです。
その始めの一歩として、プレヴァルゴ様に謝罪したい、と」
おずおずと、探るように上目遣いになりながらのエレーナの言葉に、メルツェデスは思わず声が出そうになったのを堪える。
この数日、可愛いご令嬢は山ほど見てきたけれど、その中でも指折りの可愛さを見せられてしまったのだから、仕方もない。
扇で口元を隠しつつ、肩が上下しないよう気をつけながら深呼吸。
少しばかり落ち着きを取り戻してから、メルツェデスは口を開いた。
「そのように思っていただけて、私としても光栄でございます。
あの時、少しばかり無理をした甲斐がございましたわ」
「もう、無理だとか思ってもいらっしゃらない顔ですわよ?」
その言葉に、互いに顔を見合わせて、くすりと笑う。
ああ、気持ちが通じた、と根拠も無く思ってしまった。
「あの、プレヴァルゴ様。こうしてお話をして、わだかまりもある程度解消できたのではないか、と思います。
それで、その……もし、もしもよろしければ、なのですけれども」
口ごもりながらも、揺らぎそうになるけれども、真っ直ぐにメルツェデスを見ながら、エレーナは言葉を続ける。
「異なる派閥の、それも筆頭であるギルキャンスの娘から言われてもお困りになるかも知れません。
それでも……私のことを、エレーナと呼んでいただきたいのです。……いかが、でしょうか……?」
例え敵対派閥の令嬢だとしても、可憐な美少女に上目遣いでこんなことを言われて、断れる人間などいるだろうか。
少なくとも、メルツェデスは断れる側ではなかった。
「ええ、ギルキャンス様が……いいえ、エレーナ様がそうおっしゃるのでしたら、是非とも。
わたくしのことも、どうかメルツェデスとお呼びください。もしよろしければ、そちらのお二方も」
「え、あ、はいっ!」
「ありがとうございます、私達もどうか名前で!」
メルツェデスに話を突然振られて、見守っていた二人が若干甲高くなりかけた声で答える。
自分達にまで声が掛かるとは、思ってもいなかったらしい。
家名でなく、名前で呼び合う。それは、貴族社会においては、友人の証。
つまり、エレーナから「お友達になってくれませんか」と呼びかけてメルツェデスが応じ、さらには二人にまで輪を広げたのだ。
驚きはするが、拒否をする理由もない二人は、コクコクと何度も頷いて見せる。
そんな三人の反応を見ながら、招待に応じて本当に良かった、とメルツェデスは心の中で安堵していた。
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