第25話 本音と建て前。

「……というようなことが先日ございまして」

「まあ、そうでしたの、ふぅん……」


 また別のある日、フランツィスカに招かれたお茶会の席でエレーナ達との事を話したのだが、フランツィスカの反応はどうにも鈍いものだった。

 彼女のことだから、エレーナとの和解がどのような価値があるかはよくわかっているはずなのだが。

 そう訝しげに思ったメルツェデスは、じぃ、とフランツィスカの表情を窺う。

 ……どうにもそれは、不機嫌を隠すためのものに思えてならない。


「あの、フランツィスカ様? 何かお気に障るような事がございましたでしょうか」


 敢えての直球勝負に、フランツィスカの言葉が、動きが止まる。

 何やら色々考えていただろう数秒の後、ふぅ、とフランツィスカが小さく息を吐き出した。


「いえその、なんと申しますか……随分、ギルキャンス様と仲良くなられたのですね」


 敵対派閥なのに、と言いそうになったのを、ギリギリのところで堪える。

 派閥だなんだの話など関係なく、メルツェデスが個人としてエレーナと和解した、ということは理解した。

 けれど、感情として、エレーナと親しくなっていることに心がざわつくのを抑えられない。

 

 そんなフランツィスカの心情を知ってか知らずか、メルツェデスはニコニコと上機嫌だ。


「ええ、ありがたいことに。

 これで今後上手くいけば、国内での派閥闘争をある程度緩和できますでしょうし、良い方向へと向かわせられるかも知れませんもの」


 『ちっともありがたくないですわ!?』と言いそうになったのを、フランツィスカはぐっと堪える。

 実際のところ、政治的なことを考えれば、貴族派の、それも筆頭の懐に入り込めるのだから、大きな意味を持つと言っていい。

 まだギルキャンス公爵本人には食い込んでいないが、娘に甘いと噂の公爵だ、次女であるエレーナと懇意になったとあれば、プレヴァルゴ家への言葉が鈍くなる可能性は十分ある。

 それはプレヴァルゴ家だけでなくエルタウルス家として、そして国家運営上、とてもありがたい状況と言える。

 問題になるのは、フランツィスカの感情面くらいのものだ。


「まあ確かに、これである程度貴族派との歩み寄りができれば……元々クラレンス陛下も貴族派との融和をお考えのようでしたし。

 十分意義のあることですし、そもそもメルツェデス様の交友関係に私が口を挟むいわれはないのですけども」


 ないのですけれども、の後に続けそうになった言葉を飲み込むくらいの分別は当然ある。

 ただ、今だけはその分別が恨めしくもあり、あるからこそ会話が続けられているのでもあり、とどうにも悩ましい。

 どうにもモヤモヤするものを流そうとするかのように、フランツィスカは少々勢いよくカップを傾け、紅茶を喉に流し込んだ。

 

 その様子をしばし眺めていたメルツェデスは、フランツィスカがカップを置いたのを見計らって口を開く。


「あら、わたくしの交友関係に口を挟みたかったのですか?」

「えっ!? ……い、いえ、そんなことは決して……」


 いきなり図星を突かれたフランツィスカは、普段の余裕はどこへやら、視線をあちらこちらへ泳がせるなど覿面に慌て出した。

 そんな様子を見れば、メルツェデスだって思わず吹き出しもしてしまう。


「ふふ、失礼いたしました。まさかフランツィスカ様が、そんなにわたくしのことを気に掛けてくださっているなどとは思いもしていなかったものですから」

「べ、別にそこまで気にしているとかではないのですよ? ただその、そう、先日のギルキャンス様と比べて、あまりに違うものですから……そういう意味では気になりましたけども」


 なんとか誤魔化そうとするフランツィスカを、これ以上追い詰めるのも可哀想だと思ったメルツェデスは、微笑みながらこくりと頷いた。


「そうですね、私もかなり驚きました。

 ……間違えた時に、賢者はすぐに過ちを認めて改め、愚者は過ちを隠そうとする、と聞いたことがございます。

 きっとギルキャンス様は、改めることができる方だったのでしょう。

 ……あ、もちろんフランツィスカ様もそれができる方だと思っていますわよ?」


 喋っている間に、またフランツィスカの表情がじわじわ曇りだしたのを見て、そんなフォローを入れたりもする。

 実際、フランツィスカもそれができる人だと思ってはいるのだけれども。

 そしてそれが伝わったのか、覿面に機嫌が良くなっている様子を見て、可愛い、とも思ってしまう。


「あ、そうですわ、もしフランツィスカ様がよろしければ、今度わたくしの家でお茶会をいたしませんか?

 こうしてお招きいただいているお礼もしておりませんし、ギルキャンス様にもお礼をしなければいけませんもの」

「え? え、ええ!? そ、その、お招きいただけるのはとても嬉しくて、是非にとも思うのですが……ギルキャンス様も、ですか?」


 二人きりが良かった、などとは良識が邪魔して口に出せないフランツィスカ。

 そんなフランツィスカの葛藤をわかっているのかいないのか、メルツェデスの表情は明るいものだ。


「はい、ギルキャンス様も。お二人が一緒にお茶会を、となりましたら、色々な方面にいい影響もあるのでは、と思うのです。

 わたくしの『勝手振る舞い』のせいで集められたと言えば、言い訳もできますしね?」


 そんなメルツェデスの台詞に、フランツィスカははっとした表情になる。

 先日の一件からしても、メルツェデスは『勝手振る舞い』の意味も使い方も理解している。この年齢として恐ろしいまでに。

 その上で、二人を会わせようとしている。

 きっと、色々な責を負う覚悟をしながら。

 

 ……そして、フランツィスカならそこまで理解した上で判断するとも考えてくれている、と思うのは自惚れすぎだろうか。

 しかし、もしそれが自惚れでないのなら。


「もう……仕方ありませんわね、メルツェデス様がそこまでおっしゃるなら、参加させていただきます」


 僅かにむくれたような顔を作りながら、ちょっとだけ恩着せがましく言ってみる。

 きっと、これくらいは許されるのではないか、と思ってちらりと横目で窺えば、やはり嬉しそうな笑顔。


「まあ、ありがとうございます! でしたら、モニカ様やエミリー様にもお声をおかけしなければですね~」

「あ、そ、そうですわね、私としてもその方が……」


 二人きりでないのなら、いっそ気心知れた友人達が一緒の方がいい。

 そう結論づけて自分を納得させるものの。

 これから苦労させられそうだ、とフランツィスカは小さくため息を吐いた。




 その日の夜。

 夕食の際、フランツィスカは同席している父に思い切って声をかけた。


「あの、お父様……一つお願いしたいことがございまして……」

「おお、なんだい? 可愛いフランの言うことなら、出来る限り叶えてあげるよ?」


 少し甘えるような声で言えば、エルタウルス公爵はデレッと相好を崩して応じてくる。

 大丈夫なのだろうか、と色々な意味で心配になるけれども、今はそれが好都合。

 ニコニコとした笑顔で、フランツィスカは畳みかけようとする。


「実は……私もそろそろ婚約者の話が出てくる年頃だとは思うのですが……そういったお話を、しばらくなしにしていただきたいのです」

「うん? 確かに、色々と打診のようなものは来ているが……どうしたんだい? 君のことだ、婚約の意味はわかっているだろう?」


 普段は聞き分けの良いフランツィスカだけに、この発言は公爵としても意外だった。

 そして、当然彼女もその疑念は予想していた。


「はい、もちろんわかっております。しかし、だからこそ、と申しますか。

 こう言ってはなんですが、この家の娘である以上、縁談は王族ですとか公爵家ですとか、ある程度以上の方々になると思うのです。

 ですが、そういった方々の伴侶となるには、私などまだまだ、と思ってしまいまして……」

「……フラン、父親である私が言うのもなんだが、君は十分魅力的だし、能力も十分だと思うよ?

 それなのに、そう思ってしまうのかい?」


 親馬鹿だとも思うが、家庭教師達からの報告を見ても、そう判断するに十分な報告が来ていた。

 それでもまだ、不安だというのだろうか、と若干訝しげな顔でフランツィスカを見れば、彼女はこくんと頷いてみせる。


「ええ、思わざるをえないのです。

 最近お友達になった方が、大変に素晴らしい方でして……それはそれで、友人として誇らしくもあるのですが。

 同時に、この方に勝たねば自分を誇れないとも思ったのです。

 ですから、その方に勝つまでは、なんとか留めていただければ、と」

「ふむ。……それはもしかして、プレヴァルゴのメルツェデス嬢かい?」

「……流石お父様、お見通しでしたのね……」


 まさにその通りで、フランツィスカはそれ以上言葉を紡ぐことができない。

 実際のところ、先日の一件以来ジークフリートがメルツェデスを意識しているらしい、というのは一部の上級貴族の間では認識されていた。

 そのメルツェデスが最近フランツィスカと仲良くなった、ということも当然公爵は把握しているし、喜ばしいことだとも思っている。

 しかしまさかこういう方向に影響があるとは、流石の彼も読めなかった。

 

「確かに、相当な才媛だとは聞くね。比べてしまうのもわかるし、彼女に勝たねば、と思うのも理解できる。

 わかった、その辺りはなんとかしよう。

 ……けれど、王立学園を卒業するまでが精一杯だからね?」

「はい、わかっております。それに、学園であれば試験などで白黒もつけやすいでしょうから」


 フランツィスカの言葉に、公爵も納得したように頷くのを見て、フランツィスカは胸をなで下ろす。


 これらは全てただの言い訳。

 せめて学園を卒業するまでは縛られずにいたい、メルツェデスとの時間を過ごしたい、というのが本音だったのだから。


『申し訳ございません、お父様。フランは悪い子になってしまいました』


 心の中で、そう詫びるけれども。

 同時に、不思議な充足感もフランツィスカは感じていた。 

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