第23話 意外なお誘い。
妙に視線を感じつつも汗を流し、無事、令嬢達のブートキャンプが始まって翌日。
稽古も終わり昼食も食べた後、自室でいつものように「退屈ですわ~」とぼやいていたところに、パタパタと足音をさせながらハンナがやってきた。
なお、足音を立てているのはわざとである。
その気になればメルツェデスでも気付かないくらいに足音を消せるし、以前は足音で気が散らないようにとそうしていたのだが「気配はするのに足音がしないとかえって気になりますわ!」というメルツェデスの言葉に、普段は敢えて足音を出すようにしているのだ。
そうやって接近を気付かせながらやってきたハンナは、メルツェデスへと一通の手紙を差し出す。
「お嬢様、お手紙が参っております。差出人は……エレーナ・フォン・ギルキャンス様となっております」
「はい? ギルキャンス様から、お手紙、ですか?」
ハンナの言葉に、はて? と小首を傾げる。
あのお茶会での遭遇が初対面であるエレーナとは、当然仲が良いわけもない。
憎くてしょうがない、というわけでもないが、対立派閥筆頭である家のご令嬢、おまけにお茶会でのあの言動とあって、好意的ではない。
その彼女からわざわざ手紙とは、どんな何事だろうか? と訝しく思いながら、手紙の封を切り、文面へと目を通す。
「……なるほど」
「何と書いてよこしやがったのですか、お嬢様」
「待ってハンナ、敵意を隠す努力を放棄するのは止めて。あなたの気持ちもわかるけれど、一応相手は公爵家なのだから」
もし誰かに聞かれでもすれば不敬罪と言われてもおかしくない言い草を、メルツェデスは一応窘めた。
何しろ相手は格式においては公爵家筆頭。いくら『勝手振る舞い』が許されているプレヴァルゴ家であっても、正面切って喧嘩を売りたい相手ではない。
ましてまだ幼いメルツェデスなどは尚更である。あるのだが。
「そうでございますね。ですので、公爵家から落とせそうなネタを今ジェイムス様と」
「それも待って。なんですのそれ、わたくし聞いてませんわよね?」
「ええ、これは命じられたことではなく、私とジェイムス様の自主的な活動、言わばボランティアでございますから」
「そんな物騒なボランティア活動は止めてくださいまし!?」
しれっとした顔でいうハンナへと、悲鳴のような声でメルツェデスは懇願する。
ボランティア。現代日本では社会的奉仕活動として扱われることが多いが、元々の語源は志願兵であり、本来は自発的に行う活動のことを言う。
その意味において、そしてある意味志願兵的な活動という意味でも、ボランティアと言えなくはない。
言えなくはないが、当然メルツェデスはそれを黙認などできるわけもない。
「かしこまりました、お嬢様がそのようにおっしゃるのであれば、自粛いたします」
「……あなたとジェイムスの自粛って、どの程度のものなのかしら……。いえ、そこはあなた達を信頼するとして。
手紙の方は、お茶会のお誘いですわ。あの時のことを謝罪したいのですって」
「……なるほど、文面を素直に受け取りましたら、殊勝なことと思いますが、しかし……」
「あなたの心配もわかります。そう言って招き寄せておいて、ということも考えられますからね」
不審に思っていることを隠そうともしないハンナに、メルツェデスは小さく頷いては見せる。
見せたのだが。その表情は、ハンナとは少し違ったものだった。
「それでも……ご招待に応じようと思うのです。なんとなくですが、心の底から悪い人ではないように見えましたから」
「……お嬢様がそのようにおっしゃるのであれば、私から申し上げることは何もございません。
ですが、必ず私を随伴させますよう、お願いいたします」
メルツェデスの言葉に、ハンナは一瞬だけ言い淀んだものの恭しく頭を下げる。
それを聞いたメルツェデスは、どこか呆れたような顔になった。
「何を当たり前のことを言ってますの。言わば敵地とも言える場所に、あなたを伴わないなんてありえないでしょう?」
「なっ……お、お嬢様……」
さらりと当たり前に言うメルツェデスの顔を凝視して、ハンナはフルフルと打ち震える。
言葉もなく立ち尽くすことしばし。
唐突に、がばりとメルツェデスに抱きついた。
「なんとありがたいお言葉!! このハンナ、身命を賭してでもお嬢様をお守りいたします!
必ず、この身に代えてでも!!」
「ちょっ、ハンナ、いきなりなんですの! 流石に暑苦しいですわよっ!」
抱きついてくるハンナへとギャアギャア言い返しながら。
それでも、その言葉が本心とわかっているからこそ、メルツェデスは安心したような微笑みを見せていた。
そして数日後、メルツェデスはお茶会に参加するためギルキャンス邸を訪れた。
案内されるがままに進めば、エルタウルス邸のそれに勝るとも劣らない立派な中庭へと案内される。
そこには、エレーナとその取り巻きの二人が待っていた。
雰囲気からして、固さはあるものの、少なくとも攻撃的な意思はない。
そう結論づけたメルツェデスは、ある程度近づいたところでいつものように整ったカーテシーを披露する。
「ご機嫌よう、皆様。そしてギルキャンス様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「ご機嫌よう、プレヴァルゴ様。こちらこそ、ようこそお越しくださいました」
メルツェデスが近づいたところで立ち上がっていたエレーナが、そして取り巻きの令嬢達が同じようにカーテシーで挨拶を返した。
それから着席を勧めてきたので、言われるがままにメルツェデスは着席する。
四人が四人とも着席し、沈黙が降りることしばし。
意を決したような顔で立ち上がったエレーナが、メルツェデスへと頭を下げた。
「プレヴァルゴ様、先日は誠に申し訳ございませんでした。
あのような失礼な物言い、恥じ入るばかりでございます」
率直な謝罪にメルツェデスが驚いていると、取り巻きの二人も立ち上がり、同様の謝罪をしてきた。
ちらりと横に控えるハンナへ視線をやれば、小さく頷いてくる。
どうやら、メルツェデスだけでなくハンナも、それが心からのものであると認めざるを得ないらしい。
そう確認すると、メルツェデスも立ち上がって、三人へと声を掛ける。
「あの件に関する謝罪、確かにお受けいたしました。ですから皆様、どうかお顔をお上げくださいまし」
言われて、おずおずとエレーナ達は顔を上げる。
あまりにあっさりと受け入れられて、とまどってさえいるようだ。
「その……私が言うのもなんですが、よろしいのですか?」
「ええ、もちろん。あの時の皆様が全員揃って、躊躇うことなく頭を下げてくださいました。
その姿に、疑うところなど一片もございませんでしたからね」
にこりと、それこそ裏表のないメルツェデスの笑みに、三人はほっと安堵の息を零す。
色々危惧した上での正面からの謝罪だったのだろうかと思えば、なんとも微笑ましい。
上機嫌ですらあるメルツェデスの様子に三人は戸惑い、控えているハンナは「これだからお嬢様は……」と呆れと崇拝の入り交じった顔で天を仰ぐ。
「さあ、謝罪もいただきましたし、改めてお茶会にいたしませんか? いえ、主催でないわたくしが言う言葉ではございませんが」
言い終わるとともに、パチリとウィンク。
その直撃を受けたエレーナは覿面に真っ赤になってしまう。
「そ、そうですわね、折角きていただいたのですから当家自慢のお茶を是非とも。
決してエルタウルス様のお茶にも負けないものと自負しておりますわ!」
そう言いながらエレーナが合図をすれば、メイド達がお茶を注いで回る。
ふわりと鼻をくすぐる紅茶の香りは、確かにあの時の香りに勝るとも劣らないものだった。
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