第4話 一手ご教授。
「くっ、好き放題言っているが、言葉よりも物を言うのは剣だ!
剣で尋常に勝負しろ!」
全く予想だにしていなかった展開に呆然としていたジークフリートだが、訓練場にまで辿り着いた頃には我に返ったらしく、声高に言いながら稽古用の木剣を手にした。
その声の張り方、震え方から、虚勢を張っているのは火を見るよりも明らか。
当然周囲の大人達には見抜かれているし、対峙するメルツェデスにもバレバレであった。
「かしこまりました。それでは、僭越ながらお相手を務めさせていただきます」
そう答えるメルツェデスは、先程謁見していた時のドレスから着替えて、騎士の着るような服に着替えている。
足首まで隠れるパンツスタイルで要所に革の防具が縫い付けられており、動きやすさと最低限の防御性能を併せ持っているそれは、騎士や兵士の訓練に使われているもの。
従者によって持ち込まれた普段から使い慣れているそれは、メルツェデスの身体によく馴染んでいた。
そして、もたらされた木剣を手にすれば……空気が一変する。
ともすればお淑やか、あるいは穏やかにすら見えた彼女が、触れてはいけない刃のような剣呑さを帯びて。
ぞくり。
背筋が震える感覚。
ジークフリートの本能がすぐに逃げろと喚くのを、それでもありったけの矜持を総動員して必死に押さえ込んだ。
押さえ込んだは良いが、それだけに、いやでも実感させられてしまう。
目の前にいる彼女に、敵う道理がない。
下手をすれば、同じ生き物と思えない程にレベルが違う。
同じ歳、大して違わない体格であるのに、そう強烈に思わされてしまった。
だが、そんな直感を受け入れられる程分別が良くない彼は、それでも剣を構える。
構えてしまった。
「それではまず、一手ご教授」
彼女がそう告げた瞬間。
ジークフリートの手から、剣が飛んでいた。
衝撃を感じる暇すら無く、あっさりと。
何が起こったか数秒ほどわからなかったジークフリートは目を瞠り、恐る恐る自身の手元を見る。
ぐ、ぱ、と握っては開き、握っては開くこと数度。
「な、何が起こった!?」
そんな悲鳴を上げるのがやっとだった。
だが、それを見たメルツェデスは実に楽しげな笑みを見せる。
「あら、まだそんな声を上げられる程の元気がおありなのですね。流石でございます、殿下」
「ま、まぁな……って、いやお前、それ絶対褒めてないだろ!?」
「とんでもないことでございます。わたくし、そのような世辞は苦手でございまして……」
「どう考えてもそれ謙遜っていうか、嘘だよな!?」
しれっとしたメルツェデスの言葉に、ジークフリートは地団駄を踏む。
言われたメルツェデスは、全く意に介していない顔で、小さく笑みを見せた。
「いえいえ、とんでもないことにございます。
てっきり、腰を抜かせてへたり込めば上々、そうで無ければ……わたくしの口からは申し上げられないことになっていたと思っておりましたので」
「お前、ほんっとに性格悪いな!?」
「陛下からは、優しいだけの甘い指導役は求められていないようでございますから。
さて殿下、本日は舌戦の稽古ではございません。
この一手でご満足いただけたならばよろしゅうございますが、いかがでしょうか?」
喚くジークフリートへと、ひたり、穏やかで底知れぬ視線を向ける。
またぞくりと背筋を震わせたジークフリートは、一瞬視線を左右に泳がせた。
だがその時に見えた、父である国王クラレンスの表情から理解した。助けなど、来ないのだと。
であれば、退くか、進むか。
そして彼は、覚悟を決めたらしい。
「これでいいわけがないであろう! まだ私は、終わっていない!」
そう叫ぶやいなや、転がった木剣へと駆け寄り素早く掴むと、メルツェデスへと向き直り、構えた。
その動き、何よりもその瞳に籠もった意思に、おや、とメルツェデスは少しばかり驚いたように眉を動かす。
「ご立派です、殿下。その意気やよし、おみそれいたしました。
であれば、私も手心なくお相手いたします」
微笑んだ、ように見えた。
次の瞬間には、またジークフリートの剣が飛んだので、しかとは見えなかったのだが。
今度は、くるりと剣で剣を巻き取るかのように絡みつかれ、またあっさりと。
流石に二度目ともなれば呆然とする時間も短く、直ぐに飛ばされた木剣へと向かってジークフリートは走る。
その背中へと向かって、メルツェデスがまた声をかけた。
「殿下、手の内が固すぎます。
構えるときはできる限り、剣を持つに必要な最低限の力だけで握る方がよろしいかと存じます」
「くっ、上から目線で言いおって!」
歯噛みしながらも木剣を手にしたジークフリートは振り返って構え直す。
が、その時にはすでに、メルツェデスは間合いへと踏み込んでいた。
「それはまあ、陛下からのご依頼でございますし。あ、まだ固うございます」
言葉とともに、また木剣が飛ぶ。
それでも、先程に比べればわずかばかり抵抗も出来たのだが、そのことにジークフリート自身は気づけない。
気づかずに、そして気を取り直すこともなく脇目も振らず駆け出し、また木剣を拾い、構えた。
「まだまだぁっ! もう一手、こい!」
「かしこまりました、殿下のお心のままに」
僅かばかり、メルツェデスは微笑みを浮かべて。
容赦ない一撃で、今度は木剣を地面に叩き落とした。
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