嘘つき従者
マット岸田
第1話
昔々ある国に恐ろしく世間知らずな子どものお姫様と恐ろしく面倒くさがりで短絡的でおまけに嘘吐きな従者がいました。
仮にも国の頂点に近い人間がそんな有様で大丈夫なのかと心配になりますが、お姫様の父親である王様は人がいいだけしか取り柄が無い控えめに言っても無能としか言いようがない人間で、廷臣達も好き勝手やってる俗物しかいなかったので全然大丈夫ではありませんでした。
ある時に国が大変な飢饉に襲われましたが王様も廷臣もそんな有様だったのでそれはもう悲惨な事になりました。
異世界だったのでキリスト教はありませんが、もしこの国にキリスト教徒がいたらそれこそ黙示録で予言されている三人目の黒い騎士が来たのかと思うであろうほどの大飢饉でした。
まあ半分以上はそんな事になっても手を打とうとしない王宮の人間が原因の人災なのですが。
王様「何?麦が無いなら肉を食えばいいではないか」
晋の恵帝か貴様は。
もちろん例の如く王宮には食べ物が満ち溢れていましたが、どこで話を聞いて来たのかお姫様が外の噂を聞き付け従者に訊ねました。
「今、城下は大変な飢饉で民は食べる物が無く飢え死にまでしていると言うのは本当?」
従者は本当の事を教えればきっと面倒な事になると思い
「いえ、そんな事はありません」
と咄嗟に答えました。
「そう、なら今度見に行ってみよう」
呑気にのたまうお姫様に従者は慌てました。外の様子を見に行かれれば嘘を吐いた事がばれて罰せられてしまいます。
そこで従者はその日の内にほとんど使われていない王様の執務室に忍び込むと、王宮の食糧庫を開放して城下の民に配分する、宝物庫の財宝を売り払い外国から食料を買う、今年一年の税を免じる、などと言う命令書を偽造し、勝手に国璽を押すと大臣達に届けました。
翌週、お姫様が城下の様子を見に行った時には飢饉は続いていましたがかなり状況は改善していて飢え死にしている者はおらず、民は皆王様に感謝していました。
王様は「あれ?そんな命令出したっけ」と首を捻りましたが感謝されて悪い気分はしなかったので深く考えませんでした。
従者は嘘がばれずにほっとしました。
それから少しして、今度はその国で疫病が流行りました。「黒死病」と呼ばれるそれはそれは恐ろしい病気でした。多くの人間が感染しバタバタ死んでいきました。
異世界だったのでキリスト教はありませんが、もしこの国にキリスト教徒がいたらそれこそ黙示録で予言されている四人目の青い騎士が来たのかと思うであろうほどの大飢饉でした。
王宮は元から栄養状態も衛生も比較的良く、下々の感染者からも隔離されていたので大した感染者は出ませんでしたが、またもやどこで話を聞いて来たのかお姫様が外の噂を聞き付け従者に訊ねました。
「今、城下は大変な疫病が流行っていて多くの人が死んでるって本当?」
従者はやはり本当の事を教えればきっと面倒な事になると思い
「いえ、そんな事はありません」
と咄嗟に答えました。
「そう、なら今度見に行ってみよう」
やはり呑気にのたまうお姫様に従者は再び慌てました。外の様子を見に行かれれば嘘を吐いた事がばれて罰せられてしまいます。
従者はすぐに城下の疫病の様子を調べさせ、その病気がネズミやノミを媒介にして感染する事を突き止めると、ネズミやノミの駆除計画を立てるとすぐに王様の命令書を偽造し勝手に国璽を押して大臣達に届けました。
またすでに感染した者のための隔離施設の建設や、外国からの治療薬の輸入計画も勝手に立てるとそれも勝手に大臣達に命令書として送りました。
数週間後、お姫様が城下の様子を見に行った時には疫病はほとんど収束していて人々は立ち直っていました。また民は皆王様に感謝していました。
王様はやはり「あれ?そんな命令出したっけ」と首を捻りましたが感謝されて悪い気分はしなかったので深く考えませんでした。
従者は嘘がばれずにほっとしました。
この国には国境近くに大きな河が流れており、数年に一度の頻度で大きな氾濫が起きていました。
その水害で多くの人間が苦しんでいましたが、今年もまた水害が起こるのではないかと城下の人間は心配していました。
その噂をどこで聞き付けて来たのかお姫様は従者に訊ねました。
「この国では今年大きな水害が起きて多くの人が被害にあうって本当?」
「いえ、そんな事はありません」
「そう、なら今度見に行ってみよう」
従者はその日の内に城の書庫に入り過去の水害の記録を調べると河川の幅を広げ、堤防を作り、さらに川の流れる方向を変える治水工事の計画を建て、いつも通り命令書を偽造すると大臣達に届けました。
そこからこの国始まって以来の大土木工事が始まりました。工事にはたくさんの人達が労役に駆り出されましたが、この年は本来の税が免除されていましたし、何より王様は「普段は頼りないけどやる時はやる名君」として民に信頼され始めていたので人々は文句も言わずに懸命に働きました。
王様は自分が記憶にない内にそんな大工事が始まって進んでいたのでさすがに驚きましたが、始まってしまった物は仕方ないので気にしない事にしました。
そして数か月後に雨季が来た時、やはり水害は起きましたが水のほとんどは例年とは違い人が住んでいない土地に流れ、大きな被害は出ませんでした。
従者は嘘がばれずにほっとしました。
それから少し経ちました。従者は相変わらず嘘吐きでお姫様は相変わらず世間知らずでした。王様だけは年々名君としての名を高めていました。
ある時、隣の帝国の皇帝が王国に攻めてくる事が分かりました。
皇帝は大変な戦上手で征服欲が強く、率いる兵も精強でとても王国には勝ち目が無さそうでした。
王様も名君として皆に慕われていましたが、今まで戦をした事は一度も無かったので国中は不安に襲われていました。
その話を聞きつけたお姫様は従者に訊ねました。
「隣の国が攻めて来てこの国は滅ぼされて住んでる人達は皆殺されるか奴隷にされるって本当?」
「いえ、そんな事はありません」
「そう、なら良かった」
お姫様はほっとした様子で頷きました。
従者はそれからすぐ自分に部屋に戻り、地図を広げて丸一日考え続けました。
それから夜に王様の執務室に忍び込むと作戦計画を立て、それに勝手に国璽を押し、将軍達に届けました。
翌日、王様は自分が素晴らしい作戦計画を立てた事になっているのに驚きましたが、将軍達の言う所では他に勝ち目のある作戦は無さそうなので大人しくそれに従う事にしました。
いざ帝国軍が攻めて来ると王国軍もそれを迎え撃つために国境の河沿いに防衛線を引きました。王様自ら出陣しただけでなく、お姫様も「王国は負けないから」と言って無理に付いてきました。
守りに徹した王国軍に対して渡渉で被害を増やす事を嫌った帝国軍は無理押しをせず河を挟んで向かい合う事になりました。
「直に雨季に入ります。そうなれば対陣を続けているだけで無駄な消耗が増えますが」
帝国軍の本陣で将軍の一人が皇帝に言いました。
「連中もそれを待っているのだ。この河では雨季が来ると大規模な氾濫が起こる。このまま我が軍をその氾濫流域にくぎ付けにして、河の氾濫で打撃を与えるつもりだ。だがちゃんと調べているさ。どの辺りで氾濫が起こるかはな」
皇帝は自信満々に答えました。
「では?」
「我らは雨が降り出したらそれに隠れて氾濫流域から抜けて安全な場所に待機し、水が引いたら一気に渡渉してこちらが水で流されたと油断しているはずの王国軍を叩く。平和ボケした国の割には中々思い切った作戦だったが相手が悪かったな」
同じ頃王国軍の本陣では従者が呟いていました。
「あの皇帝は、強い。この国は皇帝が率いる軍勢と百戦したら百敗するだろう。だが今この時期、この場所なら、百回に一度の勝利を得られるはずだ」
何でいつまでも従者なんかやってるんでしょうねこの男は。
それからさほどもしない内に雨が降り出しました。
帝国軍は皇帝の指示に従い、あらかじめ調べていた氾濫流域から退避したはずでしたが、そこに大量の水が流れ込んできました。
数年前に行われた大規模な治水工事のせいで、以前とは氾濫流域がまるで変っていたのです。
帝国軍の大部分は水によって分断され、多くの食料や物資を失いました。皇帝とその近衛兵達はどうにか水を渡り切り、対岸に付くと向かって来る王国軍を相手に戦い始めました。
特に皇帝自身の武勇は凄まじく、王国軍にはそれに対抗出来る者がいません。
少数の兵で決死の攻撃を掛け、遂に王国軍の本陣にまで届きそうになった時、本陣からみすぼらしい装備を身に付け、痩せた馬に乗り、覆面で顔を隠した男が駆けて行きました。
皇帝はその男を見ると表情を変え、雄叫びを上げると自らが向かって行きました。
二人が交差した時、王国軍の方に向かって来る皇帝の首が無くなっていました。
男は地面に落ちた皇帝の首を掴み、それを王様の前へと持って行くと、一礼して去って行きました。
王国軍はそのまま統率を失った帝国軍に追撃を掛け、大勝利を収めました。
従者は自分の嘘がばれずにほっとしました。
それから少し経ちましたが、お姫様は外見ばかり成長して相変わらず中身は世間知らずのままで従者は嘘吐きのままでした。王様は文武両道の希代の英傑とまで言われるようになっていました。
ある時、遥か北の地で魔王の復活が近付いていると言う噂が聞こえてきました。何人もの勇者や賢者が討伐に向かいましたが誰も生きて帰って来た者はおらず、魔王が復活すれば人類が滅びてしまうと言われていました。
その噂を聞きつけたお姫様が従者に訊ねました。
「いずれ遥か北の地で魔王が復活して人類が滅びてしまうって言うのは本当?」
「いいえ、そんな事はありません」
従者はどうせ人類が滅びてしまうのなら嘘を吐いた所で罰せられる事無い、と思いそう答えました。
「そう。なら大丈夫ね。お前は私に嘘を吐いた事は無かったものね」
お姫様は心底ほっとしたようにそう言いました。
次の日、従者は自分の持ち物をほとんど売ってお金に変え、痩せた馬に乗って王国から出て行きました。
そして、二度と帰ってきませんでした。
それから少しして、北の魔王が南からやって来た旅人が命に代えて倒した、と言う噂が聞こえてきました。
それから何年も経ちました。
従者の最後の嘘は、ばれていません。
嘘つき従者 マット岸田 @mat-kishida
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