第10ステージ  夏の暑さは桁違い!?②

「ハレ氏が女の子!?!?!?!?」


 灰騎士のあまりの驚きように、申し訳なくなる。


「あぁ、なんだか騙していたようでごめんな」

「壺や絵は買いませんぞ!」

「売らん!」

「唯奈さまが演じたキャラなら検討しますが」

「それでこそ、灰騎士だ」


 灰騎士とのネット上の付き合いは性別を超えた、フラットなオタク同士の会話だ。男女なんて関係ない。好きなものを愛で、崇拝し、全力で推し、言葉で分かち合う。

 だから、誤解ではない。今も変わらず、友達だ。

 そう俺は思っている。


「もしや秋葉原であずみ氏と一緒にいたのも……ハレ氏?」

「うわああああ、思い出すな! あの格好は俺じゃない!」


 全力で否定するが、今となってはバレバレだ。


「勘違いして、ごめんですぞ。口調や見た目から判断して、申し訳ない」

「いや、俺が悪いって。ごめんな」


 お互い謝っていては話が進まない。開場までまだ早いとはいえ、ゆっくりとしている暇はない。


「で、例の物は?」

「こちら、関西限定クリアファイル」


 灰騎士が出したのは、唯奈さまが演じたキャラの展示会でのグッズだ。俺は東京にはいったが、関西には簡単にいけず、関西限定のはゲットできていなかったのだ。東京のとは色が違い、キャラの吹き出しのセリフが全部関西弁に変わっている。オタクならコンプリートしたくなる商品だ。

 対価として、俺は福岡イベントで手に入れたものを差し出す。


「フレナイでの、唯奈さまのプロマイド」

「確かに受け取りましたぞ」


 オタク同士の物々交換が終わった。お互いに納得しているので何ら問題はない。

 ネットだけでは成り立たなかったことだ。リアルも知っているから、こうして支え合える。ボッチオタクではどうしても限界があるのだ。


「ところで、あずみ氏は?」


 当然、一緒と思われている。まぁ、その通りなので誤魔化すことなく答える。


「この後、待ち合わせ。到着が、私用でギリギリだって」

「間に合うといいですな」

「全くだ。初っ端唯奈さまの登場はないと思うけど」

「久しぶりの唯奈さまのサマアニですぞ。いきなり来て、ぶち上げることもありうる」


 最近の唯奈さまは夏にライブツアーが多かったので、サマアニの参加はなかった。久しぶりの参加なのだ。楽しみで仕方がない。

 

「拙者は千夜ミラも楽しみで」

「あー、すごいよな! 前聞いた時、鳥肌が立った」


 サマアニでは多くの歌手、声優アーティストが登場する。その中でも現在の声優界において、『三大歌姫』と称される女性声優がいる。

 一人が、千夜ミラだ。独特な雰囲気、特徴的な声は唯一無二で、唯奈さまとは違うベクトルでトップを走る逸材だ。

 二人目が、吉岡奏絵だ。30近くでアーティストデビューと遅咲きであったが、その歌唱力は圧倒的だ。唯奈さまはなんだかライバル視している? 争っている人で、自然とファンも注目してしまう存在だ。

 そして、橘唯奈、唯奈さまだ。3人の中で1番若く、これからを担っていく存在だ。彼女の凄さは何度語っても語り尽くせない。

 

「よしおかんの歌声を聞いてみたかったんだ~」

「稀莉氏のユニットも出るんですぞ」

「それは唯奈さま燃えるな」


 唯奈さまの実力を争う存在や、彼女と関係ある声優さんが多く登場する、夢のようなステージだ。


「楽しみだな」

「ええ、最高に楽しみですぞ」


 今日は灰騎士と一緒に見られない。

 でも、同じ会場にいる。同じ気持ちを分かち合う仲間だ。


「楽しもうな」

「ええ、これからもよろしくですぞハレ氏」


 これからも。その言葉が嬉しく、よい奴と友達になれたなと思う。


「ありがとう、全力で楽しもう!」


 変わらない友達が嬉しい。



 × × ×


 家に出る時に、何度も荷物を確認した。


 チケットオッケー、ペンライトオッケー、予備のペンライトも、予備の電池もオッケー。ライブTシャツは事前注文で手に入れたものだ。あずみちゃんには注文したものを事前に送っているので、着てくるだろう。

 さらに予備で去年夏の唯奈さまツアーのライブTシャツも持ってきている。マフラータオルももちろん持っている。ペットボトルもスポーツドリンクを二本準備し、塩飴もバッチリだ。


「やっぱり大きいなー」


 さいたまスーパーアリーナ。

 大きい。3万人キャパだ。これより大きいのはドームとかになるだろう。さすが、世界最大のアニソンイベントだ。

 埼玉であるが都内からのアクセスは良い。幕張よりもずっと行きやすい。


「さて、神席だといいが」


 席を発見し、向かう。どうやら端から1,2番目の席のようだ。

 かなりの良席だ。俺かあずみちゃんの運の良さだろう。

 座り、一息つく。


「まだかな……」


 携帯を見て、彼女の到着を待つ。

 家の用事があり、彼女はギリギリの到着になることは事前に聞いている。家から出た連絡も貰っていて、まだ着く時間ではない。焦りすぎだ。

 けど、一人の時間が最近では慣れない。

 待っている間さえ、二人なら色々な話ができた。

 ひとりの今は開演を待つだけだ。


 辺りを見渡すと徐々に席が埋まってきていた。チケットは少しだけ残っていたが、先ほど当日券も完売したとのことだった。めでたい。開演時にはこの会場が満席となっているだろう。


「……」


 目をゆっくりと閉じ、今までの唯奈様との歩みを思い出そうとする。けど、思い出したのはあずみちゃんのことだった。

 隣の席でペンライトが着かないで苦戦する彼女に、自分の持っていたペンライトを貸した。楽しんでくれたが、ペンライトを返してもらうのを忘れ、駅ですれ違いとなった。けど、また出会えた。名古屋のライブ終わりに捕まった。同志になってくれと言われたのは驚いたな。こうして何度か会うようになり、そして横浜のライブで告白された。けど、男女の付き合いを望む彼女の告白を受けることはできなかった。だって、俺、私は女だったから。あずみちゃんは俺を男と勘違いしていたのだ。振った形になったが、同志関係は終わらなかった。友達として仲良くなり、リリイベに行き、女の子っぽい格好をして唯奈さまに会った。唯奈さまに嫉妬したあずみちゃんだったが、彼女の大学に乗り込み、話したことで解決したっけ。武道館ライブは最高だったなー。頬に口づけされたのは驚いたけど。福岡に行き、酔っぱらった彼女には苦戦した。好きを隠さない彼女の破壊力は強かった。彼女を家まで送り、そこで彼女の両親に出会った。自分の家までお父様に送ってもらい、気まずかったけど、素敵なご両親だったな。その後は俺の引っ越しのために、新居探しから当日の手伝いまで頑張ってくれた。急遽お泊りになったけど、ライブブルーレイ鑑賞会は楽しくて、夢中になったな。

 そして、また夏がやってきた。


「あと10分で開演致します。お早めにご着席ください」


 会場アナウンスが流れるも……まだ来ない。

 携帯を見るが、連絡は何もない。心配になってきた。あずみちゃんに、何かあったのだろうか?

 気づけば前も、後ろも、左隣にもお客さんが席に座っていた。唯奈さまライブツアーのパーカーを着ている人を見かけ、同志だと嬉しく思う。

 けど、彼女はいない。


 いないままで、始まってしまう。

 少しの遅刻で来るだろうか。

 仕方ないと思い、ペンライトを手に持ち、マフラータオルを首にかけ、戦闘モードに切り替える。


 右隣には彼女が、いない。


 ライブ中に携帯確認はマナー違反だ。だから最後と思い、携帯を開く。


 通知が来ていた。

 慌てて開くと、あずみちゃんだった。


 そこには『ごめんなさい』と、一言あった。

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