第10ステージ  夏の暑さは桁違い!?

第10ステージ  夏の暑さは桁違い!?①

 扉が開き、電車に乗り込む。ほとんどの人が降りず、混んでいる中に突入する。装いから同じところに向かっているのだと察する。

 座れず、つり革を持ち、窓の外を見る。

 反射して、自分の格好が映った。

 せっかくのライブなので、ちょっとだけオシャレしている。普段よりもおでこを出し、少しだけ髪を結ぶ。上はライブTシャツに長めのスカートなのだが、私、なりのオシャレだ。

 あずみちゃんは推しに会うなら、自分の一番かわいい姿を見せるのが礼儀と教えてくれた。今日は俺の推す天使、唯奈さまが登場するので、その教えを守るべきだ。

 そして、一緒にライブに行く彼女によく見られたい。

 ……顔が自然とにやける。自分でも楽しそうな顔をしているなと、さらに笑顔になってしまう。

 イヤホンをしなくても、周りの声が雑音にならない。


「電車楽しみー」

「たくさん、遊ぼうね」


 前の席に座る子供が母親と楽しそうに話している。

 電車、鉄道の話をしているから、さいたまスーパーアリーナの先にある、鉄道博物館に向かっているだろう。世間は夏休みだ。子供で賑わうだろう。

 俺もまだ大学生で夏休みなわけだが、こうやって夏休みを純粋に満喫できるのは最後かもしれない。就活に、卒論。大学を卒業して、社会に出ていく。

 そう思うと、人生の夏休みは短かったなと嘆いてしまう。だからこそ、今を大切にしたい。

 

「おねーさんはどこ行くの?」


 誰に言っているのだろうと思ったが、俺だった。

 子供が俺を見上げて、話しかけていた。


「ごめんなさい、この子が急に話しかけて」

「いえいえ。お姉さんはね~ライブに行くんだ」

「らいぶ~?」

「歌うのを見に行くんだ」

「たのしそー」

「楽しいよ。すっごく楽しい」

「ひとり?」


 会場で待ち合わせなので、今は一人に見えたのだろう。

 けど、一人じゃない。

 彼女がいる。

 隣には、同志が一緒なのだ。

 

「違うよ、一人じゃない。同志と一緒だよ」

「どーし?」


 言ってから反省する。

 同志なんて言葉は伝わらないだろう。


「大好きな人だよ」

「僕も鉄道好きー」

「ねー、かっこいいよね」


 子供とお母さんと話していたら、さいたま新都心駅にあっという間に着いてしまった。


「じゃあね、楽しんでね」

「おねーさんも」

「うん、頑張るよ」


 お母さんに「ありがとうございました」と言われ、電車から降りていく。

 なんだか自分じゃないみたいだ。こんなに友好的じゃなかったと今までの自分を恥じる。

 去年とは違うのだ。彼女に出会って、私は変わった。

 ステージ以外も輝いてみえる。ライブに行く前からライブが始まっているんだ。


「楽しみだな」


 こうして、唯奈さまが登場するアニソンライブイベント、サマアニが始まったのであった。



 × × ×


 開場まではまだまだ時間がある。会場近くで待ちながら、ツブヤイターのタイムラインを眺める。いつものメンバーが、この会場に来ているようだ。変わらないなと、嬉しく思う。期間が空いても、場所が変わっても、一つの目的のために集える仲間。欠けない関係が素敵だ。


灰騎士『唯奈さまが、サマアニのお客全員を虜にする日がやってきましたぞ』


 俺もすかざずコメントする。


ハレ『唯奈さまの天使の歌声が会場を驚かせるんだ! こんな幸せなことがあるかい?』


 「橘唯奈は神である」、そういっても過言ではない。

 今回のサマアニでさらにファンを増やすことだろう。彼女のパフォーマンスは圧倒的で、彼女の歌声は群を抜く。レベルが違う。無双してしまうだろう。他のアーティストに恨まれないか心配になってしまう。

 愛しの声優アイドル、橘唯奈。唯奈さまのために今日も俺は会場に来たのだ。

 今日はきっと最高の日になる、そう確信している。


「そろそろ来るかな」


 時計を見ると、そろそろ待ち合わせ時刻だ。携帯から顔を上げると、発見した。

 目が合った。気がしたのだが、相手は気づかない。手をあげて主張したが、目に入ってないみたいだ。

 仕方ないから、こっちから声をかける。


「おーい、灰騎士」


 アカウント名を呼ばれ、やっとこっちに気づいた。けど、挙動不審だ。

 

「あのー、どちらさまですか?」


 どちらさま?


「おい、俺だって」

「……はて、誰かと勘違いでは?」

「俺だよ、ハレだって」


 「ハレ氏……?」とつぶやき、灰騎士が硬直した。やがて首を傾げ、再度尋ねてきた。


「ハレ氏でござるか?」

「だから、そうだって」

「いやいや、ハレ氏は男ですぞ」


 そういえば、灰騎士に言っていなかったな……。わざわざ言う必要はないが、男であると誤解されっぱなしだった。

 秋葉原のリリイベでニアミスしたが、俺はあずみちゃんコーデで仕上げられていたのだ。いつもの男っぽい格好ではなく、女の子全開で、至近距離なのに気づかれなかった。隠すつもりはなかったが、バレずに終わったのだ。

 それにネット上ではよく話すが、リアルで会うのは久々だった。つい、最近も会った気がしたが勘違いだ。

 灰騎士もこのサマアニに来ることがわかったので、せっかくだから開場前に少し話そうとなってこうやって集合したわけだ。


「スカートはいてますし」

「いや、そういう格好もするって」


 けど、まだ納得してくれない。疑心暗鬼だ。

 携帯画面を開き、自分のアカウントを見せる。


「ほら。アカウントはこれだ」

「確かにハレ氏のアカウントですが……」

「遠征で一緒に味噌カツ食べたよな」

「ん? うーん……」

「名古屋のライブ最高だっただろ?」

「いや、唯奈さまのライブはいつも最高ですぞ」

「それはそう!」


 決め手に欠け、まだ信じてくれない。

 自分が自分であることを証明するのは難しい。なら、他者を語るべきだ。


「俺には、厄介なオタク友達がいる。名古屋のライブ後に再会し、大宮のリリイベでも遭遇した強引な子、あずみちゃんが」


「ああああああああ、ハレ氏だあああああああああああああ!」


 やっと理解してくれ、安堵する。が、つっこまざるを得ない。


「あずみちゃんで理解するな!」

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