第7ステージ 押しかけはお門違い!?④
遠征はよくしてきたが、それでも遠出は新幹線を使うのがせいぜいなところだった。
「きちゃったよ……」
空から降り、たどり着いたのは福岡空港。
羽田から朝一で出発し、90分ほどで着いてしまった。大学の授業を1つ受けている間の短い時間だ。映画1本分ぐらいの時間で、本島から別の陸に容易に移動できてしまった。
そして、今日は一人遠征ではない。
「ここが福岡なんですね~」
隣には陽気に話す女の子、あずみちゃんがいる。羽田空港で集合し、隣席で飛行機に乗り、一緒に福岡まで来たのだ。
「初めての場所だから福岡なのか、羽田なのか区別はつかないけどな」
空港に福岡要素はそれほどない。ここが東北でも、四国でも気づかないだろう。
「ハレさんも初めてなんですね。はい、チーズ」
「チー……って、写真撮ろうとするなよ!」
携帯のインカメラで一緒に写真を撮ろうとしたので、咄嗟に自分の手で顔を隠す。
「なんで嫌がるんですか~。今日のハレさん、可愛いのに~」
「だから、だよ! あぁ、もう落ち着かない!」
今日の『私』は、あずみちゃん仕様のコーデだった。
秋葉原のリリイベの時は衣装が違う。
黒色の台形型のスカート……プリーツスカートというらしい、に上は白Tシャツに、薄手のジャケット。靴は歩きやすいようにスニーカーだが、サイズ感はごつい。これもまたお洒落とのことだ。
しかし、ライブなこともあって比較的歩きやすさ、動きやすさはある。
「うんうん、可愛いけど、カッコよさもありますね。さすが、ハレさん」
彼女の言う通り、あずみちゃんコーデの女の子らしい格好で来ていた。ジャージでの遠征は許されなかったのだ。
しかし、白TシャツだけはライブTシャツでオタク要素も残している。フレナイのセカンドライブの時に買ったシャツだ。ここだけは譲れなかった。古参ぶりたいわけではないよ?
「ライブ会場だけがライブじゃないですよ。ライブに行く前からライブは始まっているんです!」
あずみちゃんの言う通りだが、何かを期待するような眼で凝視しないでほしい。もう、面倒だな……。渋々、手をあげ、指でピースをつくる。
「ほら」
「もっと楽しそうにして」
「ぴ、ぴーす」
「もっと笑って」
「注文多いな!」
「ほら、笑顔で。スマイル、スマイル」
不本意だが、引き攣った笑いの写真の俺と、嬉しそうなあずみちゃんのツーショットが残ったのであった。
こうして、あずみちゃんとの福岡上陸の旅が始まったのであった。
× × ×
飛行機でのトラブルも考えて早めに出発したが、問題なく時間通りに着いた。なので、ライブの開始時間までかなりある。「せっかくなら観光に行きましょうか」のあずみちゃんの言葉で、しばしお出かけすることとなったのだ。
博多バスターミナルからバスに乗ること20分、大型ショッピングセンターに俺たちはたどり着いた。
目的は入口にある、オブジェクトだ。
「でかいー!」
「おお、すごいです!」
25mほどの大きさがある、ロボットの立像だ。アニメの放送は俺たちが生まれる前の作品だが、シリーズも長く続き、俺も何作か見たことがある。いつか唯奈さまもロボットに乗って戦ってくれないかな~と密かに期待している。
携帯でカメラを構えて、色々な角度でロボットを撮る。
「ハレさん、嬉しそうですね~」
「ロボットはロマンだからな!」
「もう、少年みたいですね!」
「心はいつまでも少年だよ」
そう言ったら、あずみちゃんに写真を撮られた。角度的に立像ではなく、俺中心だろう。
「俺撮っても楽しく、なくない? 立像と一緒に撮ってよ!」
「え~楽しいですよ。さっきは写真嫌がっていたのに面白いハレさんですね」
確かに、さっきは嫌がったのに現金な奴だ。オタクなので、自分の欲望優先だ。
「思う存分、写真撮ってくださいね。私は近くのベンチで少し休んでいます」と気を遣ってくれたので、遠慮せずに色々なアングル、部分を写真で撮る。
兄の影響でプラモデルを作るのも好きな俺は、プラモが巨大化したような立像にはテンションがあがってしまう。「あそこにマーキングがあるんだ」「ここの部分細かいな」「配色天才だな」と細部までじっくりと見てしまう。
「すごいな……」
けど、あくまで今回は二人だ。一人の遠征ではなく、あずみちゃんとの時間を大切にすべきだ。俺ばかりが夢中になってしまっては悪い。これぐらいで写真タイムは終了だ。
辺りを見渡し、近くのベンチで彼女の姿を見つける。
しかし、座っている彼女に声をかけている人がいた。
若そうな、男性。派手な格好ではないが、お洒落な感じの印象だ。
そして、あずみちゃんの顔はちょっと困惑してそうに見えた。
「これって……」
アニメや漫画の展開で見たことがある。
――ナンパだ。
あずみちゃんが男性にナンパされている。
口を開いてオタク話をしたり、唯奈さまに興奮して暴走気味になったりしなければ、あずみちゃんは可愛く、素敵な人だ。声をかけたくなる人もいるだろう。
一人にして、申し訳なかったなと反省する。
けど、対処方法は知っている。どれだけ、アニメ、漫画、オタクコンテンツを嗜んでいると思っているんだ。
近づいてきた俺にあずみちゃんと男性は気づき、俺は言い放った。
「あんた、俺の彼女に何の用だよ」
「えっ!?!?」
男性ではなく、あずみちゃんが驚いた。
「……あれっ?」
「Thank you for the directions!」
英語?
どうやら、男性は福岡空港までの道順を聞いていたらしい。男性は外国の方で、英語であずみちゃんは会話した。さっき乗ってきたバスの場所を教え、博多駅から空港までの案内をしていたのだ。
道案内。ナンパではなく、道案内。
「ああああ、恥ずかしい!!」
あずみちゃんの隣に座り、項垂れる。
「……もう、そういうところですよ、ハレさん」
「どういうところだよ、ごめんって!」
「ふふ、もう一度行ってください。俺の彼女に何の用だよって、俺の彼女って!」
「揶揄わないで、忘れてー!」
顔が熱い。とんだ早とちりをしてしまった。
先に立ち上がった彼女が、俺を見下ろしながら言う。
「ありがとうございます。嬉しかったですよ、ハレさん」
「……どうも」
彼女が差し伸べてきた手を掴み、立ち上がる。汗ばむ手から感情が伝わってしまわないかと不安になる。
改めて、今回の遠征は一人じゃないと思い知らされた。
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