第7ステージ 押しかけはお門違い!?⑤
フードマルシェで各々、好きなものを食べ、ショッピングモールを後にした。
「じゃあライブ前に、荷物置きにいきましょうか」
ライブ会場の最寄りは博多駅で、宿泊場所も駅近くのホテルを選んだ。ライブ前にチェックインし、いらない荷物をホテルに置き、身軽な状態でライブに臨むのだ。
福岡から日帰りすることもできたが、弾丸ツアーすぎる。飛行機の時間が気になって、ライブに全力で楽しめない可能性もある。あずみちゃんの希望で俺たちは宿泊することになったのだ。
あずみちゃんの気配りはそれだけではない。今回の遠征は飛行機も、宿泊も、ライブのチケットだってあずみちゃんが手配してくれたのだ。もちろん、自分の分の金額はしっかりと払うが、おもてなしされすぎて、悪い気がしてくる。
博多駅からはすぐに宿泊するホテルにたどり着いた。
「じゃあ、受付にいってきますね。ハレさんは座っていてください」
「おう、待ってる」
ロビー近くの椅子に座り、あたりを見渡す。シャンデリアや置き物などが豪勢で、なかなか高そうなホテルだ。まぁ、安い場所だとセキュリティ的に安心できないだろう。ライブを安心して終えられるために、よい寝床を確保することは大切だ。女の子二人が別部屋で1人ずつになるので、安心安全は優先事項だ。
あずみちゃんが受付を終え、エレベーターへ一緒に向かう。
「泊まる部屋は5階です」
「5階ですと言われると、誤解です!、に聞こえるよな」
「何が誤解なんですか?」
「うーん、日本語って難しい話ってことだよ」
密室で黙ると気まずい気持ちになってしまうので、軽口をたたいたが、いまいち理解を得られなかった。外の景色が見えたので、すかさず福岡のビル群の話で静寂を誤魔化した。
5階にエレベーターが着き、あずみちゃんについていく。
彼女は少し歩くと、ある部屋の前に止まり、カードキーをかざした。
「あれ、俺の部屋の鍵は?」
「あ、ごめんなさい。もう一枚渡しますね」
そういって、俺にカードキーを渡した。
それはいいのだが、このカードキーをかざす部屋はいったい何処なのだろう。
「俺の部屋は隣の部屋? それとも向かいの部屋?」
「え、ここですよ」
あずみちゃんは、今開けた部屋を指さした。あれ、あれ???
「あれ、あずみちゃんの部屋は?」
「え、ここですよ」
ここ? 今、開けた部屋、同じ部屋を彼女は示したのだ。
「うん????」
疑問符が頭いっぱいに埋め尽くされ、やがて破裂した。
おい、それってもしかして、
「俺とあずみちゃん、同じ部屋なの!?」
「え、言いませんでしたっけ?」
とぼけたフリをする。吹けない口笛を吹く真似をして、誤魔化している。計画的犯行であることがバレバレだ。
「ほらほら、ハレさん、部屋に入って」
中に案内されると部屋に、ベッドが2つあった。
ツインルーム。
かろうじて、ダブルベッドじゃないことに安心したが、それでもだ。
あずみちゃんと、俺は今日同じ部屋で宿泊することになる。
同じ部屋で寝泊まりするのだ!
「……いや、無理だって!」
さすがに駄目だろう。
あずみちゃんと二人っきり。
……あれ? 友達同士なら大丈夫なのか? 同志同士、同性の寝泊まりなら何も違和感はない。ないのだが、何で俺はこんなに戸惑っているんだ?
「さぁ、そろそろライブ会場に行きましょうか!」
「ごまかすなー!」
けど、今さら別のホテルを予約はできない。
それに、無駄にお金を使いたくない。俺は泣く泣く、同じ部屋に荷物を置いてライブ会場に向かったのであった。
× × ×
私、立川亜澄には福岡遠征に際し、ある目的がありました。
――女の子の姿のハレさんにドキドキしないか、確かめる。
いや、ハレさんはいつも女の子ではあるんです。いつも女の子ではあるんですが、何というか中性的といったらいいのでしょうか。元々はハレさんのことを男性だと勘違いし、好きになったので、ハレさんに男性的なカッコよさも求めている。そういった気持ちは否定しません。
けど、間違ったまま告白してハレさんが女性であるとわかっても、気持ちはさほど変わりませんでした。
だから、改めてこの気持ちを確かめたかったのです。
私はハレさんの大学にいきなり来訪し、福岡遠征の約束を取り付けました。
さらにお泊りで、同じ部屋であることを黙って、現地に着くまで隠し続けました。
我ながら、猪突猛進で、大胆な行動であると思います。
それほどまでにして、私は確かめたかった。
「……やっぱりです」
ツーショットを撮ろうとすると照れる彼女は可愛らしくて、
ナンパと勘違いして私を助けにくる彼女はかっこよくて、
ご飯を美味しそうに食べる彼女を見ていると私まで楽しくて、
泊まる部屋が同じだと気づいて戸惑う彼女にはちょっと意地悪したくなって、
ずっとドキドキしっぱなしでした。
それはライブになっても、変わりませんでした。
「フレナイのライブに来るの不安だったけどさ、やっぱり始まるとなると期待が高まるな!」
「ええ、私もしっかりと予習してきました」
「けど、新曲のフリとかは完璧じゃないかも。不安だー」
「不安がっているじゃないですか!」
そして、幕があがる。
初っ端は唯奈さまのユニットの登場ではありませんでしたが、3曲目には登場しました。
「この曲は!?」
「唯奈さまだ!」
私もイントロでどの曲か、わかるようになりました。予習と、好きの賜物ですね。
唯奈さまはどの声優さんよりも輝く天使で、私もハレさんも虜にしてしまう悪魔で、別世界のベクトルの人間でした。
本当に楽しくて、気持ちが盛り上がって、横で楽しそうにするハレさんが愛おしくて、唯奈さまの曲が終わり、ペンライトを下におろした彼女の手を、
私は、
気づいたら握っていました。
「え?」
急に握られたハレさんは、戸惑いの声をあげて、私を見てきました。
私もどうして、そうしたのか、わかりません。
わからないけど、ハレさんの手を握りたくなったのです。
触れたくなった。
……あぁ、もうこの気持ちは隠せっこない。
しかし、曲は、次の音楽は流れ始める。
彼女はすっと手をあげ、
「ごめん」
といって、私の手からハレさんの手がすり抜けていきました。
ライブに集中しよう、と言われたようで、私の左手は行き場を失いました。
ライブにいて、自分も盛り上がっているのに、可笑しな感情が入り混じる。
隣に私がいることを感じてほしい。
私がいる上で、ライブを楽しんでほしい。
ううん、違うんです。
私だけを見てほしい、と私はやっぱり願ってしまうのです。
けど、ハレさんは手を振りほどいた。
私がライブに誘った。ペンライトを振り、楽しみたい。仕方ないんです。ハレさんは何も悪くない。
けど、思ってしまうんです。
――俺が1番好きなのは唯奈さまだから。
と暗に拒絶されたようで、私はその後、複雑な気持ちのままライブを終えたのでした。
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