第7ステージ 押しかけはお門違い!?③

 色々なところに連れまわされた俺は、エネルギー補給のために学食に来ていた。


「ハレさんの大学の学食、素晴らしいですね! ワンコインでこの美味しさってヤバいですっ。大学周りのお店潰れちゃいますって!」


 椅子の向かいには、俺を連れまわしたあずみちゃんがいる。


「俺は、味がまったくしないな……」


 あずみちゃんは宣言通り、腕組みしたまま俺の大学を巡った。そこで俺はクラスの人、友人、同じサークルだった人、授業が同じ人など、浅く広い関係の人たちとすれ違い、そして俺のステータスは変更されてしまった。

 陰キャオタクから、リア充彼女自慢野郎に。

 いや、自分で言っておかしいと気づく。野郎、ではない。リア充彼女自慢女? そんなレッテルも嫌だが、多くの人に見られすぎてしまった。


「あずみちゃんはいったい何がしたいの?」

「同志として当然です!」

「当然じゃないよ! 同志って何だよ!?」


 今一度、同志の定義を問いただしたくなる。


「だから、言っているじゃないですか! ハレさんが心配なんですって。ハレさんがオタクを卒業してしまう!」

「心配しすぎだって。俺がオタクを卒業するなんて、天地がひっくり返ってもない!」

「だってー、ハレさん、大学内を歩いているだけで声かけられるじゃないですか。大学にはイヤホンして外界の音なんて聞かないよ、っていうキャラじゃなかったんですか?」

「そんな孤高の狼キャラだって説明したことないけど!」


 でも、彼女の言いたいこともわかる。

 俺だって、高校の頃は趣味の合う奴としか話をしなかった。その友人たちもオタク趣味を卒業し、別のことに夢中になっていったわけだが、大学はちょっと事情が違う。

 大学の同級生は、高校の頃よりもオタク話が通じる。

 何でだろう。一人暮らしが増えて、深夜アニメに触れる機会が多くなるからだろうか? 流行っているアニメになると、陽キャで話すことは絶対にないだろうと思っていた奴でも「そのアニメ見たよ」「劇場版いった」「めっちゃ熱いよな」と会話が成立することもよくある。

 けど、それでも世間話の一環だ。

 話はするけど、浅い関係だ。一緒にライブを行ったりはしないし、二人きりで出かけたりはしない。

 「じゃあ、その漫画貸してよ!」「映画一緒にいこうぜ」とは、ならない。

 高校までの友人と違い、大学の友人は薄く、浅く繋がる。連絡先だけはただただ増加していくのだが、大学を卒業して連絡を取り続ける友人は、ほとんど存在しないだろう。

 会えば話す関係だが、それより深く踏み込んでいかない。皆、サークルやゼミのコミュニティを優先しているのだ。

 ゼミにはこれから属することになるだろうが、俺はサークルに入っていない。どのサークルも合わず、ほとんど1回目の集まりで辞めてしまったのだ。新人歓迎会には何個か参加したので、その頃知り合った人にいまだ話しかけられる。が、話すだけのレベルだ。

 うん、なんだか言っていて、俺の安住の地はこの大学にないんだなと悲しくなってきた。

 話を変えようと、あずみちゃんに別の話題を出した。


「そういえば、あずみちゃんって唯奈さまのラジオ聞いてる?」

「……っ!? ゲホゲホ」

「え、大丈夫!? 急にむせて」

「だ、だ、だ、だ、だいじょうV」

「大丈夫そうじゃないよ!?」


 口を手で隠しながら、指でピースしてきた。全く持って大丈夫じゃない。挙動不審だ。


「で、唯奈さまのラジオ聞いているんだよね?」


 唯奈さまのラジオ、『橘唯奈の唯奈独尊ラジオ』は橘唯奈さまが10代の時からパーソナリティを務める声優ラジオ番組だ。200回をすでに超えた番組で、毎週リアタイで欠かさず聞いている。唯奈さまのオタクなら聞かなきゃ、人生の半分以上を損してしまうだろう。

 そう思うほどに、面白く、唯奈さまの魅力で溢れているラジオだ。


「え、ええ。聞いていますが」


 それが、どうしましたか? という顔をしてくる。さすがに聞いていたか。


「毎回、本当に面白いよな。特にライブの感想会の時のリスナーのおたよりの熱量が凄くてさ!」

「わかります! 皆、よく見ているな~と思いますね。ハレさんはおたより読まれたことあります?」

「いや、ない。というか送ったことない」

「ええーもったいない!」


 唯奈さまのラジオはかなりの人気番組で、おたよりを送ってもなかなか読まれないだろう。競争力が高い。

 

「だっておたよりを送って、読まれるかな、いや、どうせ読まれない。いやいや、読まれるかも、って期待しながら聞くと、唯奈さまの話す内容に集中できなくなるじゃん」

「確かに……。それはわかります」

「別の声優さんのラジオ番組にはよく送っていたんだけどさ、読まれないとちょっと残念に思ってしまう自分が嫌でさ。だから唯奈さまのラジオ番組は純粋な気持ちで聞くようにしている」


 あずみちゃんは「厄介なオタクですね」とほほ笑んだ。お互い様だ。


「そういう、あずみちゃんは唯奈独尊ラジオにおたより送ってんの?」

「お、お、お……送ったこともありますね」

「そうなんだ、勇気あるな。読まれたりしているの?」


 露骨に目を逸らした。怪しい。


「ひ、秘密です……」


 ラジオネームを聞いているわけでもないのに、秘密主義だ。200回を超えているラジオなので、これってもしかしてあすみちゃん? なんて推測も難しい。「読まれた、すごいでしょ~」とオタクなら誇りそうなものだが、あずみちゃんはそうでもないみたいだ。

 これ以上、深く聞くのは野暮だろう。


「唯奈さまは歌唱力は抜群すぎるけど、トークもすごいよな」

「ええ、面白いのは勿論、すっごくためになることも話してくれます」

「そうそう、こないだ来ていた恋の相談にも優しくてさ。きちんと言葉を選んで話していてすごいな~と感心したよ。人生何周目だよって思ったね。……ってあれ?」


 あずみちゃんが俯いていると思ったら、急にガバっと顔をあげた。


「さぁ、ハレさん。食べ終わりましたね! トレーを返してきます。あー、人がたくさん! 込んできましたね。出ましょう、さあ、さあ!」


 急に学食を出ようと急かしてきたのだ。

 彼女のいうままに、俺たちは学食を去ったのであった。



 × × ×


 慌ただしい学校巡りもそろそろ終わりだ。見上げる空はオレンジ色になり、これ以上ここにいては、あずみちゃんの帰りも遅くなってしまうだろう。


「ハレさん、今日はありがとうございました!」


 彼女も満足したのか、もう腕組みはせずに普通に大学内を歩いている。


「いやいや、ただ学校を案内しただけだよ」

「そんなことないです。ハレさんのことをもっと知れました」

「そう」

「そして、油断してはならないとわかりましたよ」

「……そう」


 油断ってなんだ。険しい表情をする彼女に気圧される。迂闊に聞けない。

 けど、それだけなのだろうか。


「で、今日は何しに来たの?」


 俺の大学生活の実態を知りたいがために、わざわざ来た。

 なんて、ことはないだろう、と俺は踏んでいた。


「唯奈さまのライブは残念ながら、まだ先だよ」


 何か誘うために来たのだと、直接話したいことがあるから来たのだと、俺は推測していた。


「夏ぐらいまでにライブはくると思っているけど、春はまだないよ」

「もう、ハレさんはごまかせないですね」


 彼女がほほ笑んで、


「勘のいいオタクは嫌いだよ」

「こわいよ!」


 言葉が怖い。


「怯えないでください! ハレさんの推測通り、私はライブの誘いにきました。ハレさん、言ってくれましたよね。フレナイのライブに今度行こうかって」


 確かに、言った。だいぶ前のことだ。

 『フレナイ』は、スマートフォン向けアプリケーションゲームで、話が重く、曲が良いリズムゲームだ。で、唯奈さまの所属するユニットもある作品だ。俺もフレナイのライブを見て、唯奈さまの凄さを知ったのだ。

 しかし、『フレナイ』は唯奈さま以外のユニットも数多く存在する。良いことなのだが、唯奈さま目当てで行くと最近はちょっと物足りなくなっていた。


「フレナイは、東京は行く予定だったけどさ。ごめん、誘ってなかったよね」


 東京はもうチケットが完売だ。今度行こうと誘っていたのに、申し訳ない。

 だが、彼女の目的は違ったのだ。

 東京ではない。


「いいんです。東京以外でいいんです」

「え?」

「いきましょう、福岡に!」

「え??」

「私コーデの衣装で!」

「え???」


 ――フレナイのライブに、福岡に、あずみちゃんコーデで参戦!?


 こうして、彼女の本当の目的が帰り際になって、やっと判明したのであった。

 遠回りなことこの上ないが、それもまたオタクの宿命だ。

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