第4ステージ コイは見間違い!?③
「ハレさん、その格好はなんですか!?」
「2回も言わんでいい! ……格好って、いつも通りだけど」
上下黒色のジャージ。兄からのお下がりだ。
「駄目です、駄目駄目です」
「大丈夫、上着の下にはライブTシャツ着ているから!」
「そういうことではありません!」
唯奈さまのリリイベに来たのに、応援要素がないので怒っている。そう思ったが、違うようだ。
「いったい、俺の何が間違っていると言うのか」
「全部です! 全部が間違っています」
「……全部は言いすぎじゃない?」
「ハレさん、私を見てください!」
言われた通りに、両手を広げた彼女を見る。格好のことを言われたので、彼女の服に注目する。いつもと違う雰囲気だ。
ベージュのノースリーブサマーニットに、イエロー系のロングスカート。足元は黒色のヒールサンダルで涼し気だ。
俺も彼女もだが、ライブTシャツの印象が強かった。唯一私服だった、表参道で会った時とも違う印象を受ける。
「なんだか、今日は気合い入ってるね」
溢した言葉に彼女が同調し、強く頷く。
「そう、それなんですよハレさん! 私は今日、気合いを入れてきました」
「へー、そうなんだ~」
「へーそうなんだ~……じゃありません! なんでハレさんは気合いを入れてないんですか!?」
何でと言われても……。ライブの時はライブに則した格好をし、それ以外は兄のお下がりだ。大学だってそうだ。今日はリリイベだから、それが中途半端な形になった。
「ハレさん、あなたはもっと可愛くなってください!」
……中途半端とか、そういうことではないらしい。
「無茶な!」
「せっかくなら可愛く見られたいじゃないですか! 唯奈さまに1番綺麗な私を見せたい。それが礼儀です」
「えー」
「その気合いがズバリ足りないんです!」
とあずみちゃんに宣告される。
一番良い自分を見せたい。そんな言葉を聞いたのは初めてで、そんな考えを一度も抱いたことはなかった。
自分を主張する必要なんてない。
「唯奈さまだから、どんなオタクでも応援してくれるよ」
リリイベにスーツで来ても、ジャージで来ても、Tシャツできても温かく迎えてくれる。実際に、そういうオタクを今日たくさん見た。俺だけの問題じゃないのだ。
でも、あずみちゃんは譲らない。
「確かにそうかもしれません。唯奈さまは心が広いです。天使といっても過言ではありません」
同意だ。
「でも考えてください。例えばです。デートに、頑張った格好で来た唯奈さまと、家から着替えずパジャマやスウェット姿できた唯奈さま、どちらがいいですか」
「どっちもいいな!」
「話にならん! 聞いた私が馬鹿でした!!」
だって、おうち姿の唯奈さまもきっと素敵じゃないか。普段はコンタクトだとラジオで言っていたので、家では眼鏡姿なのだろう。普段と違うギャップにドキッとしてしまうこと間違いなしだ。だらしない格好だって愛おしい。そのままの格好でデートだって問題ない。唯奈さまなら何でもOKだ。
……ただそんな理屈は、目の前の興奮気味の彼女には通らないわけで、
「アニメで考えてください!」
「お、おう」
「あなたは男子高校生です、ラブコメの主人公です。同級生の女の子にデートに誘われました。待ち合わせ場所に着くと、そこにはデートに気合を入れた、普段とは違う格好の綺麗な女の子がいました。どうですか? その頑張りに主人公はドキッとするんです」
頭の中で妄想する。
『今日の格好、可愛いな』と言う主人公に、女の子は赤面して『行くわよ』と言い、先行して歩く。でも心の中では嬉しくて、ガッツポーズをしているのだ。
……なるほど、確かにグッとくるな。
「頑張って服を探した、買いに行った、鏡の前で悩んでいたんだろうな~と考えるとキュンとくる」
彼女が「やっと理解してくれましたか……」と大きくため息をつく。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「でも、それは普段とは違うギャップがあるからで、面識のない俺と唯奈さまでは成立しない設定ではないだろうか」
「いいんです! 設定とかいいんです! めんどくさいですね、ハレさん!」
「いやー、それほどでも」
「全く褒めてませんからね!?」
毎日お風呂に入って、清潔な服を着て……という初歩的な話ではない。
見えない所での頑張り。
少しでもよく見られたいという気持ち。
……それはわざわざ大宮に予習しにきた俺にだってわかる考えだ。
「ハレさん、あなたは努力が足りません!」
「……努力、ね」
努力。
唯奈さまのため、ライブのため、オタク活動のために頑張ってきた今までの努力とは違う。それだって自分のために頑張ってきたことだが、今回求められているのは自分への頑張りだ。
「唯奈さまのことを考えてください。綺麗な格好、可愛い格好をしてくれた方が絶対に嬉しいんです。それは見た目の話だけじゃありません。努力が嬉しいんです。私のために気合入れてくれた、よく見てもらいたいと頑張ってくれた。その頑張りを喜んでくれるんです!」
あずみちゃんが努力するなら、唯奈さまも嬉しいだろう。
「でも、俺が努力してもな……」
「はぁー。だから私も間違えるんですよ、ハレさん……」
「それは関係なくない?」
「ともかく、次の秋葉原のリリイベではジャージ姿で唯奈さまに会うなんて許しません!」
その強い意志に逆らうことなんてできない。
けど、俺が一人で“努力”しても迷走しそうで、そもそも何がカワイイかなんてわかっていない。
カワイイは俺にとって鑑賞物だ。自身が身に着ける物ではない。
そんな不安な俺の表情を見たのか、元気を取り戻したあずみちゃんがひと際明るい声で宣言する。
「ハレさん、私があなたの師匠になります!」
「……師匠?」
「最高のハレさんを、唯奈さまにお見せしましょう」
そうにやける彼女に、この人も面倒なオタクだな……と改めて思うのだった。
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