護衛をしよう!(後編) [ソレイユ視点]

 村を歩けば、聞こえてくる村民達の声は明るい。収穫期の作物を刈り取っているらしい、あちこちで掛け声や笑い声が聞こえる。

 村民と会う度に、ヤサキさんは大いに歓迎されていた。大人達は誰しも感謝の言葉を述べ、子供たちは彼らなりの歓迎の意を示す。


「ヤサキだー! お土産、お土産!」

「ヤシャキ、あそぼっあそぼっ!」

「お客さんがいるから、後でね。ほら、あっちで遊んでおいで」


 小さな子供たちは「ワー」とも「キャー」ともつかない声を上げながら、楽しそうに走り去っていく。


「ふふふっ、人気者ですね」

「元気がありすぎて、困りものですよ」


 そう言いながらも、彼女の微笑みは柔らかい。


「あなた方は初めてこの村に来る【プレイヤー】です。どうですか、この村は」

「私は好き。のどかな雰囲気で」


 リュンネの言葉に僕も頷く。暖かい村だ、そう感じていた。


「ええ、今は。でも、数年前までは本当に大変でした」

「……物資不足、ですか」

「はい」


 どうやら、話の流れは思った方向に進んでいる。


「辺鄙な村ですからね、交易商も滅多に立ち寄らない。日用品が不足するくらいならいい方で、薬や冬の薪が足りない時は命に関わります。クロスドまで買い出しに行こうにも――」

「――魔物が出る」

「そう、そこが問題です。かと言って、護衛を雇う資金をかき集めるのも一苦労。そもそも街まで依頼を出しに行くのすら簡単ではない上に、タイミング良く護衛を引き受けてくれる人がいるかも運次第。雪が道を塞いでしまえば、次の春まで村は物資不足に喘がざるを得ない。いざ護衛を雇えても、道が狭く一度に運べる物資には限りがある。この小さな村では、多くの馬車を用意する事も出来ません」


 言われてみれば、問題は山積みだ。想像以上に――この世界の物流事情は厳しい。


「……だから貴方は、ヤサキさんは商会を立ち上げた」

「ご存知でしたか。私はそんな状況を変えたくて、着のみ着のままで『クロスド』に出てきました。さいわい、協力してくれる人は多かった。困っていたのは、私達の村だけでは無い。似たような状況にある小さな村は、いくつもありましたから。私は、そんな村々の交易を主に担う商会を立ち上げ――今日まで、何とかやってきました」


 ヤサキさんは簡単にそう言うが、明らかにそんな簡単な話では無い。

 小さな村出身の彼女。おそらく商売のノウハウも、コネクションも何も無い。そんな状況から、よくぞ商会を立ち上げられたものだ。


「へえ、それはすごいわね」


 リュンネも同じように思ったらしい。目を瞬かせ、感嘆の声を発する。


「ただただ必死でしたよ。でも、幸運だった部分もあります。普通は新しい商会を立ち上げるとなると、他の大商会から妨害があるんです。けれど、私たちは大丈夫でした。彼らは大都市間の交易にしか関心がなく、大して利益にならない小さな村には関わろうとすら・・しませんでしたから」


 皮肉げな笑みを浮かべるヤサキさんの口調は、イヤに冷たい。

 ええっと……もしかしなくても、大商会に恨みあります?


「オホン、失礼。そんなわけで、この村は何とかなっていますが……他の村を見れば、まだまだ物流問題の解消には程遠いのが実情です。私達がいくら村々への交易を優先したところで、既存の輸送方法では限界がありますから」


 それはそうだろう。護衛の問題、費用の問題、積載量の問題。本質的には、それらは何ひとつ解決していない。言ってしまえば……ヤサキさんの商会が無理をする事で、何とかしているだけなのだから。


「でも、あなた達なら。【プレイヤー】なら――全ての問題を解決できます」


 そう、これが本題。かつてオールディが教えてくれた必勝法。

 それが――プレイヤーによる輸送革命・・・・


「『転移ポイント』と『インベントリ』による物資輸送ですね」


 オールディ曰く、このゲームの仕様は『悪用・・』できる。

 プレイヤーは一度登録した『転移ポイント』間であれば、いつでもノーコストで移動することができる。

 加えて、『インベントリ』はほとんど容量無制限、入れる物の重量も関係が無い。これまで馬車で運んでいたような物資も、『インベントリ』に詰め込んでしまえる。

 つまり、プレイヤーはノーコストで、時間も距離も関係なく、大容量の物資を輸送する事が出来る。まさに輸送革命、この世界の物流事情は激変してしまうだろう。とんでもない仕様だけど――だからこそ、『始めから悪用・・される事まで想定されているはずだ』と、オールディは言っていた。……本当かなぁ?


 ともかく、ヤサキさんもこの輸送方法に気がついていたらしい。

 NPCでもプレイヤーの情報を収集していれば、この方法に気がつくことは不可能ではない。目端の利く商人なら、既に気が付いているはず――というオールディの予想も、見事的中していた。


「やはり、ヤサキさんがプレイヤーの護衛を探していたのは」

「この話に乗って頂ける【プレイヤー】を探していたからです。【プレイヤー】の中でも実力があり、信頼を置ける方を見極める必要がありました。そのためにも、護衛任務はうってつけでした」


 この『プレイヤーによる輸送』を行う場合、懸念される問題として『物資の持ち逃げ』がある。

 商会はプレイヤーに輸送を依頼し、物資を渡す。しかし、プレイヤーが輸送せず、物資を横流しする事を防ぐ手立てがない。衛兵に持ち逃げ被害を訴える事は出来るけど……有罪を立証できるかはかなり怪しい。

 だから、そもそも持ち逃げしないような、信頼できるプレイヤーを探す必要がある。そのために、護衛任務は最適だ。護衛ともなれば、必然的に長い時間を一緒に過ごすことになる。その中で、人柄を見極める機会はいくらでもある。

 

 そして、ここまで僕達に話したと言うことは――。


「僕達を信頼して頂けた。そう思って良いんでしょうか」

「はい。是非とも、お二人に協力して頂きたいです」


 よし、これで本命の目的もクリア。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 この輸送方法は、プレイヤー側のメリットも大きい。1回の輸送で貰える料金は護衛費より安くなるけど、なんせ時間もコストもほとんどかからない。数をこなせばそれだけ稼げるし、空いた時間で他に討伐等もできる。いいこと尽くめだ。信頼し、依頼してくれる商人さえいれば、これほど簡単に稼げる仕事は他にない。


 もっとも、今回僕達が護衛を受けていなければ、ヤサキさんは他のプレイヤーと組んでいた可能性が高い。オールディの話を聞くまで僕達は護衛をするか迷っていたし、危うくおいしい仕事を取り逃すところだった。オールディにはあらためて、お礼をしないといけないね。


 ――しかもこれは、ちょっとした金策レベルで収まる話でもない。


「お二人の実力であれば近隣の輸送だけでなく、もっと大きな仕事も可能なはずです」

「長距離輸送、とりわけ通行困難な危険地域・・・・・・・・・またぐ輸送、ですね」


 プレイヤーによる輸送の真価は、そこにある。

 通常の輸送手段では多大なコストがかかる長距離輸送や、通行困難な危険地域を跨ぐ輸送すらゼロコストで実現できてしまう。もちろんそのためには、輸送を担うプレイヤーが事前に危険地帯を跨いで移動し、目的地の『転移ポイント』に登録する必要がある。

 そして危険地帯を通り抜ける為には、プレイヤー自身の実力が不可欠だ。危険を退けて前に進むための、総合的な実力がモノを言う。


 長距離かつ通行困難なルートをいかに踏破し、転移ポイントを登録できるか。ここからは、そういう競争ゲームになる。それによって、プレイヤーも、手を組む商会も、今後の稼ぎが全く変わってくるからね。


「私達も出来る限りの支援はします。難易度の高いルートを踏破出来れば、大商会を遥かに凌ぐ稼ぎを出すことも容易でしょう」

「へぇ〜、熱くなってきたじゃない。その話、乗ったわ!」

「良いですね。一緒に大商会の鼻を明かしてやりましょう」


 大商会への私怨も少し感じるけど……いいね、燃えてきた。

 世界を踏破して、大いに稼ぐ。そんな目標も悪くない。

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