護衛をしよう!(前編) [ソレイユ視点]

 2603……2604……っ!


「ねえ……んんっ、ソレイユ」

「2605っ……なに、リュンネ? ……2606!」

「それ、楽しい?」

「いやっ、けっこう……2607っ……キツい!」


 思ったより揺れるしね、この馬車。それで無くても厳しいけど、バランス取りながらだと尚更キツい。


「だったら、やめればいいのに」


 何もしないで、ただじっとしてるのは性に合わない。

 本当は剣術の鍛錬を積みたいところだけど、ここではそれも出来ないし。


「だからって、馬車で逆立ち腕立てもどうなのよ?」


 たしかに、後悔はしている。

 オールディにトレーニング用の重いダンベルを作ってもらっておけば良かった、ってね。


「はぁ〜。いつからこんな、修行バカになっちゃったんだか」

「そう言いつつリュンネだって……2617! 修行してるくせに……2618!」

「いや、ほら、私のは疲れる訓練でもないし……!」


 ふふっ、何を慌てて否定しているんだか。


 リュンネはただ外を眺めているだけに見えるが、体内では魔力を高速で循環させている。体外に放出しない分、魔力を消耗しないで操作の感覚を鍛えられるんだとか。見た目だとわからないけど、かなり難易度が高く、集中力がいる修行だ。それを自然に会話しながらこなしているあたり、リュンネの魔力操作の習熟度は相当なもの。趣味に走るところはあるけど、一途で頑張り屋な自慢の妹だ。


「精が出ますね、お二人とも。【プレイヤー】の方々は、あまり鍛錬を好まないと聞いておりましたが」


 話しかけてきたのは護衛の依頼主である商人、ヤサキさん。

 小さな商会のトップと聞いていたが、想像よりも若い。一見地味な、人の良さそうな女性。だがよく見れば――その瞳は油断ならない光を湛えている。

 なるほど。若くとも流石は商人、と言ったところか。


「お見苦しくて申し訳ない……2620っ……余力は残しておきますので」


 『筋トレは筋肉との対話だ』なんて言葉があるけど、ここ『石油王ゲー』においては正にそうだ。何度も限界まで鍛錬した経験がある僕には、オーバーワークの感覚も、限界が近い時の感覚も、明瞭に感じ取る事ができる。だから、護衛前に体力を使い果たす心配はない。

 もっとも、ゲーム始めたての頃なら、これほどの量の鍛錬をこなす事は出来なかっただろう。明らかにこのアバターは、筋力も体力も向上している。この辺は、オールディの予想通りだ。


「ああ、いえ! そのような心配をしているわけではないのです。お二人の腕前は伺っておりますから。ただ……あなた方は、他の【プレイヤー】とは違うように感じます」

「……そうでしょうか」


 個人的には、この鍛錬が特別な事だとは感じていない。

 最近では特に、鍛錬には自然と気合が入ってしまう。きっと、オールディが僕に期待してくれているからだろう。精魂込めて作られた剣を見れば、何も言わずとも作り手の気持ちは伝わってくる。オールディは僕がもっと高みに登れると、そう信じてくれている。過剰な評価だとは思うけど……悪い気はしない。むしろ『その期待に応えたい』と、胸が熱くなってしまう。そのためにも――もっともっと鍛えて、腕を磨かないとね。

 最近、リュンネが特に張り切っているのも、似たような理由だろう。ハッキリ聞いた事はないけど……ふふっ、さっきの照れ顔といったら!


 ――ただし、他のプレイヤーが鍛錬をどう感じているかは、また別の問題だ。

 思えば『クロスド』にある剣術ギルドでの訓練も、毎日参加しているプレイヤーは僕だけだった。初日はもっと人数がいたけど、日を追う毎に人数は減っていき、最後には僕しか残らなかった。訓練内容には筋トレや走り込みも含まれていたけど、あまり真面目にやっているプレイヤーはいなかったし。どうも、ゲーム内の訓練や鍛錬は、プレイヤー達には不評な要素らしい。

 他のプレイヤーも真面目に訓練していれば……棍棒に頼らずとも、今頃もっと効率的な狩りが出来ていたはずなんだけど。


 前にも、何かの拍子でそんな話をした事がある。その時オールディは、


『効果の有無がハッキリしてないからだろうよ。検証勢はいるし、効果があるとハッキリすれば放っといてもやるプレイヤーは増えるさ』


 なんて言っていたけど。僕達が動画を配信するようになってからは剣術ギルドに人が増えているらしいし、たしかにそんな物かも知れない。


「そうですとも! 護衛を引き受けて頂いて、本当にありがたいと思っているんですよ。ただでさえ、既に3級冒険者資格をお持ちの【プレイヤー】は少ない。そのうえ、護衛を引き受けて下さる方は他にはいませんでしたからね!」


 ……いや、それはおかしい。

 たしかに、少なくとも『クロスド』では、他のプレイヤーは護衛を引き受けていなかった。それ自体は別に不思議でも何でもない。護衛は、おそろしく効率が悪いからだ。拘束時間が長い割に、報酬はそんなに高くない。時間当たりの稼ぎで言えば、高難度の魔物討伐を複数回こなした方が遥かに稼げる。

 現時点では、3級冒険者資格を持っているプレイヤーはかなりのやり込みガチ勢に限られる。やり込み勢であるだけに、彼らは効率を重視する。護衛を引き受けないのは、むしろ自然ですらある。


 だけど、プレイヤーが引き受けなくとも――NPCに依頼を出せば良いだけだ。NPCは高難度の討伐を避け、護衛を好む傾向にある。死に戻り出来るプレイヤーと違って、NPCは安全マージンを求めるからだ。いくら稼げても、命を落としてしまっては元も子もない。運が良ければ戦闘が無い事も珍しくない護衛任務と、確実にリスクが高い戦闘が待っている高難度の魔物討伐。NPCが護衛を好むのも、また自然だ。


 だと言うのに、この商人は【プレイヤー】の護衛をわざわざ探していたかのような口ぶりだ。

 もしその理由が、こちらの予想している通りだとしたら――。



「――馬車を止めて!」


 ――魔物!

 リュンネの声を聞いた瞬間、即座に動き出す。


「数は」

「前方に10!」 


 チラリと見えた影は、魔犬ブラックドッグのそれ。


「側面警戒っ、前方は僕が――」


 ――斬る。


 馬のいななきを後方に置き去りにし、体は既に走り出している。

 抜き放った剣は、手によく馴染む。リュンネの魔力を消耗させるまでもない。


「邪魔を――するなァっ!」


 決して討ち漏らしはしない。期待に応える、そのためにも。

 この護衛は必ず……成功させる。




    □ □ □




「あーあ、私の出番なかったわね。ちょっと気合い入りすぎじゃない、ソレイユ?」

「まだ先は長いから、出来るだけ魔力は温存したほうが良いでしょ?」

「それはそーだけど。まあ、これはこれで撮れ高?」


 ちゃっかり撮影までしていたらしい。さすが、抜け目ない。後で編集しないとね。ありがたい事に、僕の動画も結構好評みたいだから。女性ファンが多いってところは……うーん、ちょっとむず痒いけど。


「しかし驚きましたよ。あれほどの数の魔犬ブラックドッグをたった1人で倒してしまうとは! 聞いていた以上の腕前です」

「いえ、リュンネが見つけてくれて、上手いこと先制を取れたおかげです」


 実際、魔犬ブラックドッグの脅威度はその高い奇襲性によるところが大きい。暗がりに身を潜めた魔犬ブラックドッグを見つけることは本来困難……なんだけど、魔力メガネがあればその限りではない。つくづく便利だよね、魔力メガネ。もちろん、魔力メガネを使いこなしてるリュンネも偉いんだけど。


「謙虚なんですね。これはますます……いえ、まずは村まで向かいましょうか」

「……そうですね」


 さて、トラブルはあったけど、結果的に実力を見せる事はできた。大事なのはむしろ精神面だろうけど、そちらも感触は悪くない。

 あとはヤサキさんの出方次第……かな。




 結局、その後はトラブルらしいトラブルも無く、目的の村に辿り着く事ができた。


「とうちゃーくっ! あー長かったー!」

「さっそくですみません、この村の転移ポイントはどこでしょうか?」

「そうですね、先に登録した方がいいでしょう。あの大木が転移ポイントだと聞いております」

「ありがとうございます。ほら、リュンネも登録するよ」

「はーい」


 ヤサキさんに教えてもらった大木に近寄って手をかざし、【登録】と念じる。


『転移ポイントの登録が完了しました』


 すかさずメッセージウインドウが表示され、無事に登録完了。

 よかった、まずは第1目的クリア。これで、ここからいつもの街『クロスド』にも帰れるし、逆にクロスドからこの村にも簡単に来る事ができる。ついでに言うなら、リスポーン地点もこの転移ポイントに変更可能になった。


「無事に登録はできましたか?」

「はい、問題なく登録できました。ありがとうございます」

「いえ、礼を言うのはこちらの方です。ありがとうございました、ソレイユさん、リュンネさん。お二人のお陰で、無事村まで帰って来れました」


 自分の仕事に対して、こうしてあらたまって礼を言われるのは素直に嬉しい。

 うん、『帰って』……?


「私はこの村の出身なんですよ。商会を切り盛りする関係上、今は『クロスド』の街に拠点を構えていますが、それでも年に数回は帰ってきてるんです。もちろん、交易も兼ねてですけどね」

「なるほど、そうだったんですか」


 しかし……年に数回、か。クロスドからこの村までは、馬車でも片道で数日はかかる。決して平坦な道程では無かった。


「少しお時間ありますか? 良ければ、この村を案内させて下さい。何もない村ですけどね」

「はい、ぜひお願いします」


 ヤサキさんの真剣な横顔を見ればわかる。

 おそらくここからが――本題だ。

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