腹が減っては石油は掘れぬ(掘らない)

 精神一到何事か成らざらん。


 次第に意識から周囲が消失する。 

 己が振るう槌と、灼熱の鉄塊。それが、この世界の全て。

 もはや握っている感覚すら無い。腕と一体となった槌を無我夢中で振り下ろす。

 求めるのは、至高の一振り。理想を超えた究極の剣。

 歯を食いしばり、祈るように槌を打ちつけていく。

 みるみるうちに鉄塊は形を変え、やがて――。


「……良い出来だ。また一段と腕を上げたな」


 ガヴナン師匠は相変わらず褒め上手だ。

 完成した剣を検めながら、嬉しい言葉を言ってくれる。


「いえ、まだまだです」


 実際、文句無しに自己最高の出来ではある。ただ……理想にはほど遠い。そんな気がする。まだ、ここで満足するわけにはいかない。


「そう謙遜するもんじゃ無い。今日はいつも以上に気合いが入っていたしな。この剣からも、製作者の熱い気持ちが伝わってくる。そこが、特に良い」


 そういうものだろうか。


「鍛冶屋ってのはな、オールディ。自分の最高の一振りを、心の底から使って欲しい剣士に出会えた時に一番良い仕事が出来るんだ。お前さんも、そんな相手に出会えたんじゃないか?」


 なるほど、確かに。ソレイユに使ってもらう事を考えると、自然に気合いが入る気がする。


「……はい、そのようです」

「よし! 気合いは入っているようだし、次のステップ『鍛接』を教えるぞ!」

「はい、師匠!」


 話を聞くと、硬さの違う素材を組み合わせて作る事で、優れた剣を作る手法のことらしい。

 例えば、柔軟性のある素材を中心に、刃になる周囲は硬い素材でくるんだ構造にする事で、折れにくさと切れ味を両立した剣を作る事が出来る。

 たしか日本刀もそんな構造になっているんだよな。聞いた事がある。『甲伏せ』とか『本三枚』とか、そんな名前があったはずだ。


「鉄は熱い内に打て、だ。気合いが入っている内に、どんどんやってみろ!」

「はい、頑張ります!」


 よ〜し、おじさん頑張っちゃうぞ〜!




    □ □ □




 さらに作業を続け、流石にバテきったところで、その日の修行は終わりになった。

 まぢつかれたぁ。もぅむ〜りぃ〜。


「お疲れ様、よく頑張ったな。しっかり飯を食って、しっかり休めよ」

「うーん、お腹はあんまり空いてないんですが……」


 いやまあ、お腹が空いてる感覚は一応あるんだけど。ただゲーム内の飢餓感は、なんとなくわかる程度で切迫感が無い。無視しようと思えば、無視できてしまう程度のものだ。別に餓死でデスペナとかも無いし。


「あのなあ、前から言ってるだろ? しっかり食べるのも修行の内だ。『よく食べて、よく鍛え、よく慣れよ』。何事も、これが上達の基本だぞ!」

「あ、そうでした」


 師匠はこの標語をよく口にする。何だか子供向けのスローガンみたいで、最初は半分聞き流しかけたんだが……これ、意外と大事な言葉かもしれない。

 俺たちプレイヤーは、まだこの世界の事を良く知らない。より深くこの世界の事を知っている先人NPCの教えは、拝聴するべきだろう。ゲーム的に言っても、NPCは攻略のヒントを教えてくれることが多いし。


 『よく食べて、よく鍛え、よく慣れよ』。おそらくこれは、『石油王ゲー』の成長要素を端的に表した言葉だ。『よく慣れよ』は熟練度システムの事だろうし。だから『よく食べて、よく鍛える』事も、何らかの成長に繋がるんだろうよ、きっと。


 とは言っても、これらの要素は一度にできる量に限りがある。食べる方で言えば、満腹時にそれ以上無理に食べようとすると、吐き気がするらしい。鍛える方も、このアバターには疲労度があるらしく、長時間負荷のかかる動きをしてると露骨にパフォーマンスが落ちてくる。こう言ったアラートが出るって事は、それ以上の食事・鍛錬は意味が無いって事だろう。むしろ、逆効果になるまであるな。まあ、その辺はおいおい検証するとして……とにかく、一度に出来る限界量があるって事だ。

 つまり、これらの要素は毎日少しずつこなす事が想定されている、はずだ。ソシャゲのデイリークエストみたいなもんだな。一回一回の効果は大した事なくても、積み上げていくとそれなりの差になっていくやつ。こういう要素があると、長期間このゲームをやってるプレイヤー、つまり先行者が有利になってしまう弊害はあるが……ま、今更だな。オンラインゲームって時点で、多かれ少なかれそういう面はある。多分、どっかでは成長も頭打ち傾向になるんだろうし。


 と、いうか。そもそもそんなメリットが無くても、食事を抜くのは良くないよな。反省反省。せっかくこの世界ゲームを楽しむなら、食事まで毎回楽しんだ方がお得だ。


「それじゃあ、外で何か食べてきます」

「ついでに、また生産ギルドに納品しに行ってくれないか? 物は出来てるんだが、俺はもう少し片付ける仕事があってな」

「良いですよ。インベントリに入れて行きますから」


 インベントリは本来アイテム収納用なんだろうけど、運搬にもかなり使える。入れてしまえば重さも大きさも関係無いし、容量はほぼ無限と来ている。プレイヤーはこれが使えるの、ほんまありがたいっすわ。そんな感じで便利なので、ちょくちょく納品物の運搬を頼まれたりしている。


 そういえば、中級と上級のポーションも作ったままだ。そっちも納品してこよう。初級ポーションもそこそこ溜まってるし。


「んじゃ、行ってきまーす」


 あっ、魔力回復薬の事も聞かなきゃな。

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