一石は投じられた。波紋は広がり、やがて大きな潮流となるだろう。

 コーヒーフラッペうんめえ〜。


「う〜ん、おいしいっ! スノバのフラッペは最高ですね!」

「イエス! 特に、この新作フラッペは至高!」


 ココネルさんに同意しつつ、じっくりと味わう。

 う〜ん、やっぱりうまい。少なくとも俺の感覚では、現実・・とほぼ遜色ない味を再現出来ている。


「ゲームの中でこの味を体感できるとは思いませんでした。びっくりです!」

「科学の力ってすげー」


 軽い口調で応じておいたが……いや、まじでとんでもないな、コレ。


 ここは人気大手コーヒーチェーン店『スノーバックスコーヒー』、通称『スノバ』の店内だ。ただし、『石油王ゲーム』の中に再現された店、なのだが。

 完全没入型フルダイブVRヴァーチャルリアリティ空間の中に現実の飲食店を再現する。そんな挑戦的な試みは、『石油王ゲーム』開発企業と『スノバ』の企業コラボにより、見事に実現した。

 今日はその『スノバ 石油王ゲーム店(※1)』のオープン初日。

 早速、ココネルさんと俺で来店してみたって訳だ。


「ふふふ。オールディさんって、本当に美味しそうに甘いもの食べますね」

「今まで秘密にしてたけど……俺、実は甘党なんだ」

「意外でも無いですよ。前から美味しそうに食べてましたから」


 くすくすと可愛らしく笑いながら、そう言われてしまった。

 まあね。この店は初めてだけど、ココネルさんとはよくお茶してるからね。貴重な生産仲間でもあるから、話題は尽きない。

 でも、そんなにわかりやすいかなあ? 一応、甘党なのは隠してたつもりなんだけど。


 それにしても。

 この新作フラッペは、甘党の俺的には高評価だ。背徳的なまでの甘さが素晴らしい。

 この感じが最高なんだよ。過剰なまでの糖分が摂取され、頭脳に行き渡る感じが――いや、しない。

 まあ、VRだからな。味は感じても、現実の身体に栄養が摂取される訳では、無い。お腹も膨れないし。

 ただ、そこは考え方次第でもある。逆にいえば、いくら食べても太る心配もない。えっ、カロリー気にしなくていいんですか? じゃあ食べ放題じゃねえか、おい。


 そんなスノバのフラッペ。気になるお値段は……課金で購入した場合、現実の店で買う値段と変わらない。これを高いと思うか、安いと思うかは意見が分かれるところだろう。

 ただし、それは現実の金で購入した場合の値段であり、ゲーム内マネーで購入する事も出来る。こっちはある意味タダとも言えるけど、代わりにゲーム内で金を稼ぐ必要は出てくる。つまり、手間と時間がかかる。一長一短だね。


 と、いうか。今のところ、この『スノバ』での購入が殆ど唯一の課金要素なんだよな。かと言って別にステータスバフとかのゲーム的な恩恵はないっぽい。普通に美味しいだけである。その辺を読み解くと、このゲームのマーケティング戦略の一端が見えてくる訳なんだが――。


「ところでオールディさん。リュンネちゃん達の動画、スゴくバズってますね!」


 おっと、そうそう。今日はその話をしに来たんだった。まじでゴイスーだよね〜。


「再生数もグングン伸びてますし、コメントもほらっ、こんなに!」


 そう言いながら半透明のウィンドウを操作し、俺に見せてくれる。ゲーム内で外部サイトとか普通に見られるの便利だよね。

 どれどれ……。


「うおっ、朝見た時よりすごい増えてる!」


 一度火がつくとスゴイね、ネットのバズりって奴は。おじさんビビっちゃうよ。チャンネル登録者も順調に増えてるみたいだし。


 そういえば、コメントまではそんなに見てなかった。どんな感じか、ちょいと読んでみよう。


「魔女っ子キター!」

「リュンネちゃん推せる」

「魔女衣装可愛いなあ。どこで売ってるんだろう?」

「インスマから来ました」

「ソレイユって誰?」

「彼氏いるとか失望しました。チャンネル抜けます」

「どっちも美形だな〜」

「たった2人で狩りとか自殺志願者かな^^」

「獲物どこ?」

「ホーンラビットはやばい。俺も死んだ(笑)」

「7匹は無理だって! 逃げてー!」

「魔法!? ……魔法!?!?!?」

「魔法TUEEEEEEEE!!!!!!」

「プレイヤーが魔法使ってるの初めて見た」

「世界初でしょこれ!?」

「実はNPCなのでは?」

「いやいや無いでしょ。リア垢あるし」

「あの呪文に秘密が……!?」

「NPCは無詠唱だけど」

「この人見たことある。クロスドの魔術ギルドでいつも訓練してた」

「てかNPCの魔法よりヤバくね?」

「ウサギなのに鳴き声は猿かよ」

「剣士もTUEEEEEEEE!!!!!!」

「ぶった斬った!?!?!?」

「2匹が一瞬で!?」

「恐ろしく速い剣。俺でも見逃しちゃうね」

「かっこよすぎ!」

「えっ、まじでプレイヤー? 確実にNPCクラスでしょこれ?」

「こんなん別ゲーじゃん……」

「動き綺麗すぎて見入っちゃった(笑)」

「ソレイユ様推せる」

「すごいウーパールーパーが現れたな」

「↑スーパールーキーな」


 適当に拾い読みしたけど、大体こんな感じだろう。

 うむうむ、期待通りのリアクション。この調子なら、まだまだ伸びが期待できそうだ。


 まあね。伸びる要素しかない動画だしね。2人とも見た目がいいし。プレイヤー初の魔法動画だし。魔法派手だし。ソレイユの剣技も映えるし。ソレイユの動きが綺麗なのはあれだな、姿勢がやたら良いんだ。自分の動きを綺麗に見せる事に慣れている、そんな感じだ。多分、現実の方で日舞とかの習い事をやっているんだろう、元々。


 だからまあ、伸びる事自体は予想通りで、期待通りではある。あるんだが……。


「……それにしても、思ったより速く伸びましたね」

「リュンネちゃんがインスマ(※2)で宣伝してるからだと思いますよ。元々フォロワー多いですし、ほら」


 そう言って、ココネルさんがリュンネのインスマページを見せてくれる。コスプレ写真を色々あげていて、元からそっち界隈ではそこそこ有名人らしい。現実でもゲーム内でもコスプレしてるのか。どこでも趣味全開だな、あいつ。

 んで、確かにフォロワーが多い。6桁もいるじゃん。こっちから誘導してればこれだけ伸びるのも納得……って!


「えっ! ゲーム内と見た目変わらないじゃん!」

「それはそうですよ。リュンネちゃん、身体スキャンで見た目設定してますし」


 そんな、さも当然ですよ、って感じで言われても。そりゃ、身体スキャン人気とは聞いてたけどさ。えっ、本当に主流なの? 今時の若い子ってそうなの? というか、現実と同じなのにあんなに見た目いいの?


「ソレイユさんもそうですし……私も身体スキャンだから、現実と見た目変わりませんよ? 髪の色は変えましたけど」


 えっ、待って待って。みんなそうなの? っていうか、ココネルさんもなの? そんなに可愛いのに作ったんじゃ無いの? 顔も体型もリアルでこれなの? えっ、勝ち組すぎない?


「へっ、へー……そうなんだ……」

「あれ、オールディさん、何だか顔色悪くないですか? 大丈夫ですか?」


 いえ、ちょっとショックを受けているだけです。そんな真剣に心配してくれるなんて、ココネルさんは優しいなあ。見た目それで性格まで良いとか、もう究極生命体じゃん。


「無理はしないでくださいね? オールディさんに何かあったら……私、悲しいですから」


 そう言って、彼女はニッコリと微笑む。


 はい可愛い。やっぱり顔がいい。もはや尊い。これが現実と同じ見た目なのか……もうなんだ、むしろ現実ってなんだ? とね。そんな気すらしてくる。あとあれだね。人はなぜ生きるんだろう、とか。僕たちはどこから来てどこへ行くんだろう、とか。宇宙の真理とは、とかね。そんな気がしてくる。何言ってるんだろうな、俺。へへっ、おじさんよくわかんなくなっちゃった……。

 そして考えてもわからないので――そのうち俺は、考えるのをやめた。



※1 正式な店名では無いが、プレイヤー間ではこう呼ばれている。

  ちなみに、スノバのロゴは雪の結晶と鹿(バック)を組み合わせたオシャレなデザイン。


※2 インスタントマジック、略してインスマ。写真の「映え」が重要な、若者を中心に大人気のSNS。



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