はじめての売上とポーション納品

「裁縫道具はこちらの棚ですね」

「……むむむむむ」


 ココネルさんが可愛らしく唸っている。

 うんうんわかるよ。意外と高いよね、裁ちバサミとか。現代社会みたいに大量生産で安価に売ってるとかでも無いし。この店で売ってるものは一個一個が丹精込めた手作りの商品。値段もまあ、相応に高い。このゲーム、とにかくプレイヤーは金が足りないんだよね。まだ序盤だからしょうがないけど。


「やっぱりちょっと高いですよね……別に自分で買わなくても、キーラさんの道具を借りれば良いのでは?」

「今まではそうしていたんですけど、いつまでも借りているのも申し訳なくて。それに……どうせなら、自分の道具が欲しく無いですか? 愛着も沸きますし」

「あー、確かに」


 その感じはちょっとわかる。道具を揃えたり、材料を選んだり、そういうところまで含めてハンドメイドっていうかね。ずっと使ってる道具は相棒みたいな感じがしたりとか。


「長く使う道具なら拘ったほうが良いって、キーラさんが愛用しているこの店を紹介して頂いたんです。ガヴナンさんはすっごく丁寧な仕事をするから〜って」

「なるほど〜」


 師匠、意外なところにファンがついてるじゃん。腕の良し悪しは俺にはあんまりわからないけど……確かに師匠は細部まで凄く丁寧に仕上げる。わかる人にはわかるんだろうなあ、そういうの。師匠が評価されてるってのは嬉しいもんだね。弟子は鼻が高いですよ。


「あれ……このハサミ、一個だけやけに安いですね?」

「あ、あ〜、それは……」


 げっ。昨日俺が初めて完成させたハサミじゃん。何とか形にしたって程度で、今見返すと正直見れたもんじゃ無い。持ち手部分はあちこちちょっとずつ歪んでるし、他にも色々と未熟な点が……恥ずかしい! いつの間に店に置いてたんですか、師匠!?


「このハサミ、何だか……」

「何か不細工ですよね!? 安いけど買う価値ないですよ、それ! そうだ、他のハサミを値引きできないか師匠に掛け合って――」

「いえっ、私これが欲しいです! このハサミにします!」

「ええっ!?」


 どうしてそうなる!?


「確かに少し歪んでたりしますけど……何だか、作った人の愛情を感じるんです。きっと、一生懸命に心を込めてこのハサミを作ったんだと思います。だから、私このハサミが好きです! 絶対これにします!」


 安さに目が眩んでいる……訳じゃ無さそうだな。完全に本心から言っている顔をしている。目がキラッキラだもん。いやー、ほんとに良いのかな。そこまで言われると照れ臭いんだけど。


「あれ、オールディさん、何だか顔が赤いですよ?」

「え? い、いや……気のせいです!」

「あ、もしかしてこのハサミを作ったのって……?」

「……はい、俺です」


 何なのこの羞恥プレイ!? おじさんの赤面とか誰得!?


 ――ま、でも。

 初めて自分の作ったものが認められて、買ってくれる人がいて……なんか凄く嬉しいな、これ。




   □ □ □




「ポーション納入に来ました〜」


 生産ギルドに来ている。

 ココネルさんが買い物を終えたあたりで、師匠から「今日はもう上がっていいぞ!」とのお許しを頂いた。依頼されていた仕事が予定より早く終わったそうで。「初売上だな、おめでとう」とも言っていたから、気をつかってくれたのかもしれない。ほんと見た目に反して気が利く漢だよ、師匠。ありがとうございます。


「待ってましたぁ、オールディさん!」


 ギルド職員がバタバタと奥から出て来て迎えてくれる。この前、ポーション講習をしてくれたお姉さんだ。


「こんにちは。今日も元気ですね」

「そりゃあもう! 稼ぎ時ですからね!」


 ブンブンと音がしそうな速度で首を縦に動かすお姉さん。名前はカリナと言うらしい。相変わらずエネルギッシュな人だ。


「ポーションの売り上げが凄くて、嬉しい悲鳴ですよ……その割にまだ製作者が少なくて、供給が追いついてないんですけど。そんなわけで、今か今かとオールディさんのポーションを待ちわびてましたよ!」

「ハハハ、そりゃ良かったです。今出しますね」


 喋りながらインベントリ(アイテムストレージとも言う)の入り口を手元に開く。インベントリの中は無限にも思える容量があり、どの辺に何があるのかはイメージで把握できる。ただし、インベントリと外部のアイテムの出し入れは自分の手で直接おこなう必要がある。手を突っ込み、ポーション入りのビンを取り出して受付カウンターの上に並べていく。


「【プレイヤー】さんのインベントリって便利ですよね。ワープもですけど、羨ましいです」

「重い物も運べますし、便利ですよ。ほいほいほい……っと、これで全部です」

「おお、この短期間でこんなに作製してくれたんですか!? ありがたいです、すぐに品質査定しますね!」


 テキパキと作業を始めるカリナさん。ビンを開け、スポイトで少し中身を取り、シャーレの上に置いた黄色い試験紙に垂らす。すると、たちまち紙片はオレンジ色に変色した。


「有効成分濃度は低級としては十分ですね、透明度もバッチリ。うんうん、こちらは低級ポーション最高品質評価です!」


 その後も一本一本順調に査定は進み、すぐに買取価格が提示された。


「あれ、思ったより高いですね?」


 作製に失敗した濁ったポーションや色の暗いポーションは買い取り価格がかなり安い。こういった失敗品はポーションとしての質が実際に低いらしいのでしょうがない。それでも、トータルでは見込みよりかなり上の値段になっていた。


「品質が良かったですし、今は【プレイヤー】さん達がどんどん買って下さるので、需要が多いんです。しばらくは、色をつけた値段で買い取らせていただきますよ!」

「なるほど、ありがたいですね」


 ポーション製作って、かなり集中力がいる割にはそんなに儲からないしな。俺のポーション作りはとある検証・・・・・も兼ねている副業だから、それほど利益を重視している訳では無いけど……買取価格が高いのは素直にありがたい。

 利益を増やす方法はある。薬草を自分で採取してくるとか。ただそれも手間や時間がかかるし、薬草ある辺りだと魔物も出るし、戦闘怖いし……ってわけで俺は薬草を買って使っている。その代わりビンは買わずに自前で作っているから、そちらは原料費しかかからない。師匠がビンの製作までやっているおかげで、作り方を習えたのは幸運だった。炉も使えるし。

 あと利益を増やす方法と言うと……。


「カリナさん、中級以上のポーションはどうやって作るんですか?」

「すみません、私も低級ポーションの作製方法しか知らないんです。中級以上になると、錬金術師の領分ですので。ただ、査定基準は知っていますよ」


 ほう、カリナさんでも作製方法を知らないのか。錬金術師ってのは、なかなか秘密主義のようだ。


「低級ポーションと中級ポーションの違いは、単純に有効成分濃度の違いです。試験紙がオレンジ色になれば低級、赤色になれば中級ポーションという分類になります」

「なるほど……」


 濃度を上げればいいのか。それなら思い当たる方法がある。


「中級と上級の違いは、魔力を含むかどうかですね。判定には、魔力に反応して色を変える『魔色鉱』と言う物を使います」

「魔力? 魔力を込めてポーションを作るんですか?」

「はい、そのようです。ですから上級以上は、魔法を使える錬金術師しか作製できないそうですよ。それと、魔法使いの方は上級ポーションじゃないと効き目が薄いらしいですね」

「そうなんですか……」


 魔法を使えないと、ポーション作製も中級までで行き詰まってしまうのか。魔法も元々興味があったし、ちょうど良い。次にやる事は決まったな。


 まずは……魔法を習いに行こう!

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