ビジュアルで殴られるとフリーズします。ご注意ください。

 カランカラン、と玄関のベルが軽快な音を立てて来客を知らせる。


「らっしゃっせ〜」


 顔を上げずに適当な挨拶を口にする。


「あ、あの」

「少々お待ち下さいね〜」

「あ、はい」


 可愛らしい女性の声だ。この店に来る人ってほとんどオッサンだから珍しい。

 でも、今はそれどころじゃないんだ。少しだけ待ってて欲しい。


 薬草を丁寧に刻み、数種類を正確な比率で混合し、擦り潰した。生産ギルドの講座で習った通りだ。次は沸騰している釜の中に入れて……。


「――ここからが勝負所だ!」

「は、はい!?」


 速すぎず遅すぎず、絶妙な速度で釜の中をかき混ぜる。ゆっくりと釜の中の水が色を変えていく。もう少し、もう少し色が変わったタイミングで……今だ! 

 俺は素早く釜を持ち上げ、薬草を濾し取りながら大き目のビンに中身を移す。おっと、火を消すのも忘れずに。


「よしよし、今回はいい出来っぽいな」


 出来上がったのは透き通った淡い水色の液体。失敗すると濁ったり、もっと暗い色になったりしてしまう。混ぜる速さと、加熱をやめるタイミングが難しいんだよなあ。あと火力。やっとコツが掴めてきた。よし、この感覚を忘れないうちに次を作って……。


「わー、綺麗ですね! これ、もしかしてポーションですか?」


 あ〜、お客さんがいたんだった。作業に夢中で忘れてたよ、悪いね。


「すみません、お待たせしました。おっしゃる通りこれはポーションで……!?」


 答えながら顔を上げ、客を初めて視認したところで――思わず絶句する。


 うわあ、顔が良い。すごいね『石油王ゲー』。ここまで可愛くキャラメイクできたんだ。絶対数日掛けて作り込んだでしょ。すごく可愛いんだけど、アニメ顔って感じじゃなくて現実にいてもおかしくない顔だ。髪はピンク色だけど。こう言うのって写実的になる程、可愛くするの難しいんだよね。そこんところ上手く作り込んだなあ。もうこのキャラクリ出来ただけでゲームクリアじゃん。油断するとゴリラ女だらけになる某ゲームメーカーは見習って欲しい。

 身長はかなり低め。しかしその低身長に反して――どことは言わないが、あえてどことは言わないが、でかい・・・。え、デカすぎない? このゲームこんなにデカくできたの? 胸部スライダー最大まで振り切ってもこんなにならなくない? 確かにね、二次元キャラならこのくらいの大きさでも珍しくないよ。でもフルダイブVRで見ると凄いのよ、迫力が。何つうか、存在感というか、重量感というか……うわぁ、すっごい。


「あ、あの……?」


 おっとっと、フリーズしていた。あまりにも衝撃的なビジュアルをしているもんで、脳の処理が追い付かなかったぜ、やれやれ。


「スミマセン、ナンデモナイデス……ええっと、丁度ポーションを作ってたところで」

「へー、こんなに綺麗に透き通ったポーションも作れるんですね。私も一度作ったことがあるんですけど、濁ってしまって……」

「タイミングとかに、ちょっとしたコツがあるんですよ。もしかして、あなたも生産ギルドでポーション作成講座を受けた事が?」

「はい、そうなんです。私は難しそうなので諦めちゃいましたけど……あなた、?」


 疑問符を浮かべた後、慌てて彼女は俺の頭上のあたりを注視する。


「あ、すみません。プレイヤーの方だったんですね、オールディさん。私、てっきり……」

「いえいえ、構いませんよ。店で働いているプレイヤーなんて、まだ珍しいですから。ええっと……ココネルさん」


 俺はNPCだと勘違いされる事が珍しくない。モブ顔おっさんだからな。プレイヤーキャラは大体において美形だ。自由にキャラクリ出来るんだから誰だって美形にする、当然だな。リアル顔ベースでも盛りまくってるのが普通だし。中には厳つい見た目とか悪役面にするプレイヤーもいるが、わざわざモブ顔にするプレイヤーは多くない。

 対してNPCは――少なくとも街中で見かけるNPCは――大体モブ顔だ。だから顔を一目見ればNPCかプレイヤーかってのは大方見当がつく。


 確実にプレイヤーかを判断したい、もしくは相手の名前を知りたい場合は相手の頭上辺りを注視すれば良い。先ほど彼女がやったように、だ。NPCなら灰色の、プレイヤーなら緑色の名前が表示ポップされる。設定を変えれば常時表示もできるが、大抵は初期設定のままで問題ない。


「はい、ココネルって言います。よろしくお願いします、オールディさん」

「いえいえ、こちらこそ」

「それにしても……私以外で・・・・、店で働いているプレイヤーの方は初めて見ました!」

「え? ココネルさんも店で働いているんですか?」

「はい! そこの『キーラの洋服店』で働かせて貰っているんです!」

「へー!」


 あそこの店か。凝ったお洒落な服がディスプレイされているから記憶に残っている。入った事は無いけど。おっさん向けの服無さそうだし。


「お店の服に見惚れていたら、キーラさんに話しかけられて。ファッションについて話してたら、どんどん話が弾んで。そしたら、キーラさんが『うちで働かないか?』って。私、ファッション関係の仕事に憧れてるので、もう嬉しくて。服を作らせて貰ったり、お客さんと話したり……今、凄く楽しいんです!」


 ま、眩しい。キラキラしてるぅ……!

 話が弾んで……え、そんな事あるの? 俺は土下座して働いてるのに? 圧倒的格差……。凄いね陽キャ、人間性能が違いすぎるでしょ……。


「もしかして、ココネルさんが今着てる服も……? 凄く素敵なワンピースですが」

「えへへ、自作です。ありがとうございます!」


 すげー、裁縫できる人だ。ワンピースのデザインも可愛いし、小物との合わせ方とかもセンスを感じる。


「それではココネルさん。ご用件は……ハサミとかですか?」

「あ、そうです! 私、買い物に来たんでした!」


 完全に本題を忘れてましたね。フワフワした子で癒されますなあ。あと顔が良い。

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