やりたいことが多すぎるゲームは良ゲー

 鍛冶屋のおっさん――名はガヴナンと言うらしい――は、割とあっさりと弟子入りを認めてくれた。弟子が独立したり、子供が産まれたりで丁度良く人手が欲しいタイミングだったんだと。


「何もウチに弟子入りじゃなくても良かったんじゃ無いか? 中央の大工房なんかはいつでも人手不足で新入りを募集してるぞ? あそこならたくさん職人が集まってるから、人脈も広がるし」


 え? そうなの? 大工房なら常時弟子募集してるの? えっじゃあ俺わざわざ土下座しなくても良かったんじゃね? 

 うっわー、まじかよ。全然知らなかった。βテストの情報は集めていたけど、生産系の情報はそこまで量が出て来ない。生産プレイヤーもゼロではないとは言え、戦闘系と比べれば圧倒的に数が少ないからなあ。どうしても出てくる情報量にも差がある。それでも正式サービスが始まれば、ある程度情報も出揃いやすいんだが……今日まだ初日だし。

 そんな内心はおくびにも出さずに、俺はペラペラと舌を回す。

 

「俺はガヴナン師匠の腕に惚れ込んだんです! あそこにある剣の輝きを見るだけでもわかります。大工房の職人なんて百人束になっても相手になりませんよ!」

「ほ、ほ〜。なかなかどうして見る目があるじゃねえか! ナッハッハッハ!」


 ふ〜、なんとか誤魔化せた。見た目は筋骨隆々の厳つい髭オヤジだけど、ちょっとおだててやればあっさりニコニコ。ちょろいぜ、ガヴナン。正直言って、剣の出来の良し悪しなんて素人の俺にわかる筈もない。このゲーム、アイテムの性能表示すらないからな。運営さん、せめて鑑定スキルください。


「しかし、いくら俺の腕に惚れ込んだと言っても、いきなり土下座とは……お前、変わってるなあ。【プレイヤー】って、みんなこんな感じなのか?」

「もちろんです。俺なんてまだまだカワイイ方ですよ」


 迷わず言い切る。ゲーマーってのはゲーム内ではどんな奇行でも平気でする生物だ。必要とあらばマグマの海にも平気で飛び込むし、裸単騎でボスも倒す。いきなり友人を殺したり、バグ技でキモい動きをしたりもする。ちょっと地面にキスするくらい、なんて事はない。所詮はノーコストなアクションよ。

 今回の土下座は別にやる必要すらなかったみたいだけど……まあいいか。俺はサクッと割り切った。ゲームってのは最適解が常にわかっている訳じゃないし、最適解だけが楽しみ方でもない。むしろ気の向くままに遊ぶのが、飽きずに楽しむコツ・・ってもんだ。


「そう言うもんか? ま、とりあえず……お前はビシバシ鍛えてやる。覚悟しやがれ!」

「はい、師匠!」


 それに、これはこれで――面白そうじゃん?





   □ □ □




「よーしっ、今日はここまで!」

「押忍、師匠!」


 あ゛あ゛〜、つっかれた〜……。


 あれからガヴナン師匠の薫陶を受けまくっている俺は、今日も朝から鍛冶作業をしていた。それ自体は面白いから良いんだが……長時間集中していれば、当然疲れるわけで。


「ハサミは意外と造るのが難しいんだがな……初めてにしては中々の出来じゃねえか! この調子で頑張んな!」

「ありがとうございます!」


 師匠は厳つい見た目の割に褒め上手だ。実際には何とか形にしたって感じだけどね、まだ。


 この『石油王ゲーム』、驚く事にゲーム的な生産システムがない。なのでやる事はリアルな鍛冶作業――アツアツに熱した金属を槌でガンガン叩いて形にしていく作業だ。なので、かなり集中力を要する。

 ただ、暑さや体の疲れが苦にならない点は救いだ。感覚として『暑い』って事は認識できるんだが、意識すればわかるって程度で苦痛とかには感じない。


 で、明日は店番。師匠も俺に教えてばかりでは他の仕事ができない。なので他の仕事を片付けている間、俺が店番をやるってわけ。でも店番ってぶっちゃけ……暇なんだよね。この店あんまり客来ないし。そんな事を師匠に軽く言ってみる。


「あん? なら、なんか別の事してて良いぞ。内職とかな。うちには接客態度を気にする客も来ないし」


 あっ、そう言う感じ? やったー!


「そうだ、今日はもう上がって良いから、生産ギルドにそこのビンを納品しといてくれないか? あそこなら手頃な内職も教えてくれるはずだ」

「りょーかいでーす」


 生産ギルドか。そう言えばまだ行った事ないけど、どんなとこだろ?




   □ □ □




 師匠もああ言ってくれた事だし、店番の時間を有意義に過ごしたい。で、街をぶらつきながら良い本でも無いかと探してるんだが……。


「うーん……本は高いなあ」


 高い、高すぎる。今の所持金ではとても足りない。こんだけ高いって事は、この世界だとまだ本は貴重品なのかもしれない。この街には大きな図書館もあるんだけど、貸し出しは基本的にしていないらしい。俺はまだ行った事ないんだけどね。魔法に関する本とか是非欲しいけど……金貯めないと無理だなこりゃ。まだ見習いもいいところだし、ガヴナン師匠に貰える給料もお駄賃程度。やっぱり、まずは内職かねえ。


 そんな事を考えながら歩いていると、すぐに生産ギルドの建物に着いた。建物の前にはこんな看板がでかでかと掲げられている。


『初心者向けポーション作成講座、間も無く開講。受講無料!』


 いろいろと他のゲームとは違うこのゲームだが、お馴染みのポーションは存在するらしい。

 ちょっと興味はあるけど、予約とかいる奴かな? 受付担当らしきお姉さんに聞いてみる事にする。


「あのー、このポーション講座って誰でも受けられるんですか?」

「はい、いいタイミングです! た・ま・た・ま! 今、丁度始まるところですよ! どうぞどうぞ、こちらの部屋に!」

「え? いや、まだ受けると決めたわけでは……」

「ちょっとだけ! ちょっとだけです! すぐ終わりますから!」


 えっ、何でこんな強引なの? これ高い壺とか売り付けられない? 逆に怖いんだけどお!?

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