第4話

4話:騎士団長来訪4



 「だから言ったじゃないですか。ちょっとした小悪党なら店に来た事を後悔させてあげますって」

 えへへ、と両手を前で揃え剣を持つと淡い金色の瞳の彼女は無邪気に笑う。団長が勇者に勝ちを認めさせられた頃には日は傾き、夕暮れを迎えようとしていた。

 「あー、俺が小悪党かぁ」

 胡坐を組んで地面に座り込んだ団長は砕け散った剣を正面に置き肩を落としていた。刀身の中程から先が粉砕された剣を見ては溜息を零す。団長の正面に立つ青年は苦笑を浮かべると彼女に頭を下げた。

 「今日はすみませんでした、変な事に巻き込んでしまって。団長は自業自得ですので気にしないでください」

 「だってよぉ、まさか壊されるとは思わないだろ普通」

 「小悪党なのは認めるんですね、潔さは好感をもてます」

 「では、結婚しましょう」

 団長は躊躇うことなく手元にあった折れた剣を青年に投げつけるも、短く悲鳴をあげた青年は間一髪で回避した。青年は嘲笑する。

 「嫉妬の醜い小悪党は救えませんね」

 「帰ったら覚えとけよ」

 (んー、変態小悪党さんはまだ安全そうですが、類友さんには少し身の危険を感じますねぇ)

 団長は立ち上がると腕を伸ばし、腰を捻り、屈伸する。簡単に体を解すと大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 「よし、勇者の事は忘れよう」

 「なるほど、自分の負けを無かった事にするんですね。流石小悪党」

 「うるせぇよ、俺の勝ちだって力づくで認めさせられたんだから仕方ないだろ。それより」

 言葉を切ると彼女を見やる。

 「御嬢さん、改めて名前を教えてくれませんか」

 優しく真剣な、紳士の佇まいを醸し出す団長と目が合う、逸らせない。今まで見た中で最も真剣で、尾籠さや気怠さを一切感じさせない表情に彼女の鼓動が一瞬だけ強く跳ねた。

 (待って、私。この人は変態さん、変態小悪党団の団長さん。今のは久しぶりに運動したから少し心拍が乱れてるだけです。そうに違いありません)

 「今度は忘れないでくださいね。では、遅ればせながら改めまして。私はエリー・クルーガーと申します。以後お見知りおきを」

 スカートの裾を軽く持ち、小さく頭を下げる。ゆっくりとした動作で頭をあげ、裾から手を離すと体の前で綺麗に揃えた。団長の真っ直ぐな目が再度、彼女を捉えて離さない。

 「ありがとう、エリー。ここまでしてもらって勇者は思い出せなかったんだ、忘れる事にするよ。代わりに君個人がいる事を今度は絶対に忘れない。済まなかった、君の事を忘れてしまって」

 深々と団長は頭を下げたが、彼女の眼には背景として認識されていた。彼の言葉と行為を理解するより先に思考が先走り、頭の中を駆け回っていた。一瞬、胸の下辺りが締め付けられた。

 (駄目、駄目よ私。いくらほぼ全員の記憶から自分の事が消えて寂しいからって、こんな甘言に惑わされたら。どうせ誰に対しても君の事を忘れないとか言ってるに違いません。やっぱり変態です、変態団長です)

 努めて平静を装うも余裕がなく、団長を変態と決めつけ自分を守ろうとしていた。知る由もない団長は頭をあげると返事のない彼女にを訝しむ。どうしたのかと声をかけると彼女は黙って笑顔のまま一歩後ろに下がった。青年が横から口を挿む。

「いきなり口説き始めたから引いてますよ、エリーさん」

 「誰がいつ口説いたって、おい」

 「団長がたった今エリーさんを口説いたせいで、エリーさんは団長にドン引きして後ずさったんですよ」

 「……そうなのか?」

 「あ、いえ、そういう訳では無く……」

 心配そうな表情の団長が彼女の顔を覗き込む。後ずさった理由を素直に答えられずに口籠る彼女をみて団長は申し訳なさそうに頭を下げた、

 「すまない、そういう意図があった訳では無いんだ。許してほしい」

 こほん、と一つ咳払いをしてどうにか取り繕うとエリーは微笑む。

 「お気になさらないで下さい。久しぶりに動いたもので、ふらついてしまっただけですので」

 「そうか。怪我は?」

 青年は溜息をつき、エリーは口元に手を当てると小さく笑う。

 「あれだけやっておいて、呆れましたね」

 「相変わらず愉快な方ですね」

 「変な事言ったか?」

 「団長、今まで本気で倒すつもりだった相手に怪我はないかと尋ねるのはどうかと」

 あー。団長が納得した声を漏らす。確かに本気で倒すつもりでいた。だがどうだろう、実際に決着がつけば些末な事に感じられた。結果として記憶は戻らなかったが来た目的は達成出来たのだ。正面から対敵し、個人相手に負ける事など想像もしていなかった。それが新鮮で、全力を出せたのが心地よかったのも一因だろう。

 「楽しかったわ」

 「命のやり取りを楽しめるなんて奇特な方ですね」

 「んー、私としては疲れちゃいますので、もう遠慮させて頂きますね」

 「それは残念だ」

 「ところで」

 エリーは投げられた、壊れた剣に視線を送る。追って団長と青年は剣に目を向ける。二つに分かれた刀身は傾いた陽光に反射して、各々が橙色に輝いていた。

 「あれって水底の剣ですよね?」

 「みなぞこのつるぎ?」

 「こいつは知らないのにエリーは知ってるのか」

 「刀剣類が好きな物で。と言う事は現品限りですよね」

 「そうだな、現品限りだな」

 「一本しかないんですよね?」

 「今は半分だけどな」

 「作られたのって大分昔でしたよね?」

 「刀匠は亡くなってるな。そのせいか人生で最高の一振りって評されている」

 エリーは口を開いたが言葉が追い付かず、口を閉じた。不意に目尻が熱くなり微かに視界が滲む。いくら本気で手合せをしていたとはいえ、遅れて現状を理解すると後悔と罪悪感が脳内を占めた。頭を下げると、ようやく声を絞り出せた。

 「……ごめんなさい」

 「いや、気にしないでくれ。確かに希少な剣ではあったが、君と手合せ出来た事の方が価値がある」

 「そう言って貰えると助かります」

 頭をあげたエリーの瞳には涙が滲んでいた。

 「本当に、気づいてはいたんですけど、そこまで気を回せなくて」

 「勇者にそう言って貰えるなら光栄だよ」

 「剣を壊されるよりも、手を抜かれる方が辛いですよね」

 そうだなぁ、と団長は呟いた。暮れかけの日を眺めると団長は深く息を吐く。

 「帰るか」

 「良い時間になりましたね」

 青年が頷く。団長が歩き始めたのに合わせ、青年も歩きだしエリーに振り向くことで帰る事を促した。それに伴いエリーも鞘に納めた剣を抱きながら二人についていく。薄暗い林を、風に揺らされる葉々の喧騒に包まれ三人は進む。先程までの手合せが嘘のように思える程穏やかな空間だった。遠くでは鳥の鳴き声が聞こえた。

 「あの、剣は置いてきて良かったんですか?」

 「壊れたものだし、直せる物でもないからな。今日の思い出に、ここに置いていくよ」

 「日記が日課なだけあって、詩的な言葉ですね」

 「うるせぇよ。とにかくあれはもう、置いていく。……それより、一番最後の話なんだが」

 後ろを付いて歩くエリーを一瞥して言葉を続ける。

 「俺が負ける直前、最後に一撃を見舞った訳だが腑に落ちない。俺は確かに剣を振り下ろしたはずなのに、俺の見ていない所で剣を弾かれ、結果としてエリーの反撃を受けて負けた。あれは何かしたのか?」

 「一瞬でも隙が欲しかったので、一振り目は貴方の剣を弾く事に全精力を懸けました。それが予想通りに出来たので私はそのまま追撃をして、貴方は二振り目を防ぐことになりましたね。その二振り目を受けた反動で行動が制限された貴方に、最後の一突き……でしょうか。結局防がれはしましたが武器を破壊して決着が一連でしたね」

 「えっと、待ってください。最後に団長に攻撃したのは二回で、一回目の攻撃で団長が浮いたのではなく?」

 躊躇いがちに青年は口を開く。彼が目にしたのは、団長が振り上げた剣を胸元に引き寄せ、彼女の一撃を受け宙に浮いた所からだった為だ。それなりに場慣れしている自信がある自分がエリーの言葉通り一振りを見逃しているとは思いたくはなかった。が、相手は勇者で自分とは違う次元にいる存在なのだ。自分の認識を正すために、違和をエリーに尋ねる。

 「んー、一回目を防御と考えれば、攻撃したのは二回ですね。剣を振ったのは三回です」

 「その俺の剣を防いだ一回目は何をしたんだ? 眼前にいた俺も目に見えたのはエリーの言う二回目からなんだ」

 「言葉の通りですよ。最後に私がしたことは剣を三回振っただけです。端的に言えば、普通に剣を振って貴方の攻撃を弾きました」

 「……それはつまり、俺にもアイオスにも見えない速度で剣を抜いたって事か」

 「まぁ、お二人が最初の抜刀を見えたかは私にはわかりませんが、見えなかったのであればそういう事なのかと」

 そんな馬鹿な、とアイオスは絶句する。自分に見えないならばまだしも、眼前にいた団長が見えない事が信じられなかった。確かに彼女は自分なんかよりも戦闘経験が豊富で、技術も確かなのを目にしている。自称にはなるが自分を勇者だと言い切り、団長の日記に残る記載通りの剣を所持していた。彼女が勇者だというのは団長と正面から戦闘出来る事で充分納得する事は出来る。元より団長が自分より強いと認める相手なのだ、それを自分が疑う理由はない。それでも、団長が眼前の敵の動作を何一つ見る事が出来ず、動いていなかったと認識しているのは認めたくない事であった。

 「そうか、速いな」

 たった一言、エリーに返事をする形で団長は彼女の言葉と自分の至らない能力を認めた。それは自分が勇者を認めているという前提があっての事だろう。小さな溜息を洩らして、足元の小枝を踏みしめる。乾燥した音が余韻無く消えた。

 「あれはいつでも使えたわけじゃないのか」

 「それは無理ですね。あれは今の私が勇者状態で使える最速の剣で、言った通り貴方の一撃を防ぐためにだけ全精力・集中・意識を向けていました。もし、あそこで正面からではなく、消えて別の位置から攻撃されては防げなかったと思います。もちろん、私は貴方が正面から来てくれると信じた上での選択でしたが」

 「信用されているな」 

 「当たり前ですよ。貴方は忘れても、私は貴方を覚えていますので。それで充分に貴方を信用する理由になりますよ、団長さん」

 そう言ったエリーは満足そうに微笑む。記憶にない彼女の笑顔はどこか懐かしさを感じるものであった。



 「ただいま戻りましたぁ~」

 気の抜けた声が店内に木霊する。各々店じまいの作業をしていたダリアとニーアは手を止める。店内の清掃をしていたニーアは作業をそのままに、エリーの前まで行き一頻り状態を確認する。

 「お兄ちゃん、そんなにマジマジ見られると恥ずかしいよ……」

 両手を頬に当て身をよじらせるエリーを無視して両肩を掴み、後ろを向かせる。

 「あん、そんな強いったぁぁああい!!」

 頭に強い衝撃を受け、両手で押さえた。ゆっくりと振り返った先にニーアはおらず、カウンターに向かって声をかけている所だった。

 「お姉ちゃん、お兄ちゃんが~」

 パタパタと頭を押さえ涙目のままカウンターへ向かい二人と合流する。ダリアは柔らかい笑顔でエリーを迎えた。

 「お帰りなさい、不審者撃退お疲れ様。怪我はない?」

 「お兄ちゃんに叩かれた頭が痛いの」

 「あらあら、不審者よりも身内に注意が必要かしら」

 「お兄ちゃんの歪んだ愛情が痛い……」

 「ダリアさん、見ての通り元気なようです。まぁ、所々……」

 歯切れ悪く言葉を切ると、今度は二人がマジマジとエリーを見やる。お姉ちゃんまでと頬を染めるエリーを無視した二人は衣類の汚れや傷、髪の乱れを認めて短く逡巡する。その中でも靴の損耗が著しかった。一度口を開き何かを言おうとして躊躇い、改めてダリアは声に出す。

 「エリーちゃん、本当に怪我とかないのよね? その、髪も服も砂埃で汚れてるし靴もすごいボロボロになってるけど」

 ダリアに言われ自分の髪を手に取り、胸元へ運ぶ。普段の手入れを無駄にされた結果を目の当たりにしてエリーは愕然とする。艶がなく砂埃で乾燥しバサバサとした感触、梳いた指が絡まった毛先に引っかかり幾本か髪が切れた感触がした。改めて見ると制服も毛羽立ち泥汚れや草などが付着し、細々と擦り切れている。靴のかかと部分はほとんどすり減っていた。不審者二人と出て行って、帰ったと思ったらこの格好だ。

 (知り合いがこんな格好で帰ってきたら心配しますよねぇ。それより、この髪の落とし前は……。団長の剣を壊しましたしお相子ですね。いえ、女の子の髪の方が大切です。今度請求しましょう)

 「エリー」

 「……はい?」

 「やっぱりどこか痛い?」

 二人の心配そうな顔を見て、呆けていた事に気付く。遅れて取り繕うように笑顔を作っていた。

 「あ、いえ。怪我は大丈夫。ただ、制服が汚れたりしてるのがショックで」

 「制服は洗えば良いだけ。本当に怪我はない?」

 ニーアの心配そうな声を聴く度に背筋がゾクゾクする事にエリーは気づく。店長やダリアさんに心配されるのとは違う感覚に躊躇いを感じるも、同時に口角が上がりそうな悦楽を感じていた。今まで感じたことのない感覚……いや、覚えはあった。勇者時に戦闘するような昂揚感に近いものであった。

 (あれ、この感覚は駄目じゃないですかねぇ)

 「うん、本当に大丈夫だよ」

 「今日は一緒にお風呂入ろう」

 「お兄ちゃん、私はそんな趣味ないよ?」

 「エリーちゃん、お兄ちゃんと入ってあげなさい。今日、貴方が外に出てからずっと心配していたのよ。一緒に入って怪我がない事を教えてあげて?」

 ダリアに促されニーアを見ると、ふいと顔を背けられた。自然と口角が上がるのを隠すため、手を口元へ運ぶ。自分でもわかるほど、性格の悪い笑みを浮かべニーアの顔を覗き込んでいた。いつもの無愛想な顔が視界に入る。

 「あれあれぇ? やっぱり~、お兄ちゃんは~、私のこと~」

 堪え切れない楽しさが声に漏れ出る。堪えに堪えた楽しさを吐き出す為に、ゆっくりと息を吸う。

 「だ、い、す、き、なんだ~。もう隠さなくてもわかっ……!! うぅぅ……」

 ニーアに好かれている嬉しさを吐き出させるような衝撃が腹部を襲う。嬉しさと腹部の鈍痛が同時に混在し、体をくの字に折り曲げる。お腹を押さえたまま、ニーアを見上げると無感情な表情が自分を見下ろしていた。

 (あぁ、私を心配してくれているお兄ちゃんが私を見下してる……!! 落ち着きなさい、落ち着くのよエリー)

 乱れた思考よりも呼吸に意識を向け、痛みと思考を同時に収めつつお腹を撫でる。頭上では呆れたような溜息が聞こえた。今日はもう休んでいいとダリアに促され、エリーは頭を下げた。お腹に手を当てながら恨めしそうにニーアを見るも、後で呼びに行くと短く返されただけで店内の片づけに戻っていった。



 自室、エリーは制服から寝巻に着替えると汚れた髪のまま寝台に背中から倒れこむ。普段以上に布団が柔らかく感じる程に体は疲弊しきっていた。目を閉じると軽く意識が遠のいた。次いで足首、ふくらはぎ、太もも、腰、手首、腕、肩と全身の感覚が鈍く圧迫するような弱い痛みを感じ始めた。全身を布団に横たえ弛緩させた結果、今になって戦闘の後遺症が表れ始めたのだ。少し力を込めただけで全身が軋む。懐かしい感覚だと思うも頭のどこかでは明日、仕事を休ませてもらおうとサボる口実を考えていた。何の気なしに両手を眼前に運ぶ。視界に移る両手は震え、赤くなり、今更になって熱を持ち始める。先ほどは無意識で寝巻には着替えていたが、どう見ても指の状態が悪い。痺れてまともに力が入らない。ふと袖から覗く手首をみて小さく声を漏らした。強張った指で袖をまくると肘まで赤く染まっていた。

(……団長さんの一撃目を正面から受けたからでしょうね。さっきまで気にもならなかったのに急に赤くなりました。呪いでしょうか? こんなの人には見せられませんね。……ん?)

 はて、この後お兄ちゃんとお風呂イベントがあったと思ったが気のせいだろうか。確か強制イベントで回避不可能だったような気がする。ほとんど痺れたままの上半身を何とか起こし、足を見る。予想通り赤い。見えない服の下も同様なのだろう。意識が回復してからまともに体を動かす事もなかったのに、久しぶりに全力を出したのだ。体がついてこれないのは仕方がない。むしろ良く全力についてきたと褒めるべきだがそうじゃない。今はどうやってお兄ちゃんに体を見られないかを――

 「エリー」

 「ひゃい!!」

 突然、部屋の扉の裏から投げられた声に驚き変な声が出る。

 「……少ししたら迎えに来るから準備して」

 「……はい」

 返事が聞こえたのかはわからないが、足音が遠のいていく。もう時間がない。というか、どうしようもない。何か言われるのは嫌だが、諦めて準備をする。全身の痛みもお風呂に入れば多少改善もするはずと、立ち上がる。痛みで自然と老人のように体が丸まってしまい、伸ばそうとしたが痛みが阻む。どうにか準備だけを済ませ、エリーは部屋を出た。





 「もう夜ですね」

 「流石に遠いな、何度も行く気は起きない」

 二人がダグラス城へ戻った頃には、すっかり夜の帳が降りていた。最低限の明かりが灯る廊下を宿舎へと向け歩を進める。

 「そうですか? 明日の昼食に行こうかと思っていたのですが」

 「……あの店員に毒盛られても知らないからな」

 「あー、本当に有りそうですね」

 アイオスは楽しそうに笑う。図太いというのか度胸があるというのか、よくもまぁ自分たちの印象が悪い店に連続で行こうと思えるものだと団長は呆れて溜息をつく。隣を歩くアイオスが足をとめ、数歩遅れ団長も立ち止った。

 「どうした?」

 「団長、勇者のことは良いんですか? 完全には納得できていないのでしょう」

 アイオスの問いにしばし自問自答を行う。確かに勇者とエリーが同一人物だとは思えていない。だが、納得できていないかと言うと、そうでもない。きっと勇者という空欄の答えはエリーで当たっているのだろう。今までの答えがわかっていない状態とは違う。少し自信はないが恐らくあっている。テストの回答に不安が残る程度のしこり。この程度の腑に落ちない感覚は、充分勘違いとして呑み込めた。何よりエリーが本気で答え合わせをしてくれたのだ。そこには不満も不安もなく、ただそうなんだろうと漠然とした説得力だけが残っていた。

 「ああ、完全に納得は出来ていない。だが充分だ。今はエリーが勇者であると考えれば、それで良いと思えている」

 「そうですか。私も可愛い店員のいる店に行けて満足しました。良いお店でしたね」

 「そうだな。しばらくは行く気はしないが」

 「それは残念です。明日は一人で行ってきます」

 「……マジか」

 どうも愛に飢えたウサギは騎士団内でも断トツに肝が据わっているようだ。二人は自室に戻る為、岐路で渡れた。

 「さて……」

 一人廊下を歩くアイオスは独り言を零す。

 「なんて想いを綴りましょうか」

 青年はううむと真剣に悩みながら薄暗い廊下の奥へと消えて行った。

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