第3話

3話:騎士団長来訪3



 残された二人がエリーの事を話しているうちに、彼女は戻ってきた。

「お待たせしました」

 彼女は細長い棒状の物を両腕に抱えている。

 「それは?」

 「これはですねー」

 ふふんと、得意そうな笑顔を浮かべると抱えた物を団長に差し出した。意味も分からずに彼は差し出されたものを受け取り、しげしげと眺める。凡そ1m程の長さで両端には金色の留め具がついていた。全体の三分の二は黒塗りで装飾はないが、残りの部分は臙脂色の布が固く巻かれている。握りやすい太さには馴染みがあった。握った方の金具には穴が開いており、赤い編み紐が通してある。紐の先は玉状に結ばれていて、下部から複数本の紐が垂れていた。

 「もう少し貴方のお手伝いすることにしまして」

 団長は無造作に巻かれた布の部分を握り、引き抜くと銀色の刀身が現れた。つばの無い細長い直刀で両刃。材質は上等とは言えないが見た目以上の質量に、打った職人の腕の良さを感じた。青年も団長に並び直刀を眺める。

 「見覚えはありませんか?」

 金の留め具、黒塗りの鞘、臙脂の柄、柄から垂れる赤い紐。それらは自身の日記に記した一文と合致するものだった。彼女の声に導かれる様に思い出した団長は、ぐらりと一歩よろめき頭を押さえる。

 「何で、これを君が……?」

 「団長、見た事あるんですか?」

 「あぁ、そうだ。これだ。……この剣だ」

 剣を鞘に戻し、もう一度じっくりと全体を見回す。おぼろげながら思い出した記憶には、日記と合致する剣を持つ誰かがいた。誰かは判然としないが、この剣を持っていると言う事で何者なのかだけは理解できた。青年に剣を手渡す。手渡された剣を受け取ると改めてじっくりと観察を始めた。団長は彼に言葉を投げかける。

 「これは、勇者の使っていた剣だ」

 青年は驚いたように口を開いたが、言葉に詰まったのか声は出なかった。団長を見た後に彼女を見やり、もう一度手元の剣に見入った彼の代わりとばかりに、団長は彼女を見る。

「何故、君がこの剣を持っているんだい」

「ふむ、物に関しては思い出せるんですね。まぁ、当たり前と言えば当たり前ですか。答える前に少し勇者について話をしましょう」

目に見える記憶の手がかりに、団長は気が急いていた。が、ここで我を通すよりも彼女に従った方が多くの情報が収集できると判断し、言葉を飲み込む。何せ、これから彼女が口にする話は勇者についての話なのだから。木々のざわめきだけが聞こえる世界に彼女の声が波紋する。

 「根本的な話からしていきましょう。そもそも勇者とは何でしょう?」

 誰ではなく、何か。団長が言葉を選んでいる間に青年が口を開く。

 「もう討伐後ですが、魔王を倒す者……ですか?」

 「んー、間違ってはいませんね。……ちなみに勇者は何人いたかわかりますか」

 「四人……。いや、五人だな」

 「一人は名前の思い出せない勇者ですね。では他の四人は覚えていますか」

 しばし、思案した後に団長が答える。

 「アブレイ国のファレス、バレシア国のベルガ―、セントシエル国のセレナ、ドヴェルグ国のイザネア」

 「おー、流石です。覚えている様ですね。では何故、彼らは覚えているのに一人だけ思い出せないのでしょう?」

 「……彼らは勇者ではなかった?」

 「いえ、彼らは確かに勇者ですよ。お二人は勇者の選定方法を知っていますか?」

 「魔法ではない固有能力が二つある事ですよね」

 「一つは自分に、一つは他人に使える能力を持っている人間だな」

 「その通りです。では、誰が選定方法を決めたのでしょうか」

 「決めたというか、最初は名乗りだしたんだったか」

 「ベルガ―ですね。自分には魔法以外の能力があると、魔王討伐に意欲的だった国に陳述したんでしたね」

 「それをB国が国家間で公表して、国の勇者ではなく世界唯一の勇者としようとしたんだな」

 「他の国も負けまいと躍起になったころ、同様の人間が見つかり勇者として祭り上げられた」

 「では思い出せない勇者はどこの国の勇者だったのでしょう?」

 二人は言葉に詰まったのか互いに顔を見合い思案顔になる。考えるだけ無駄なのだ。二人は勇者の出自を知らない。話題が停滞しないように促す。

 「知らないようですね。まぁ、当然でしょう。貴方達が覚えている4人は後天的に、人に決められた勇者なんです。そして思い出せない勇者と言うのは先天的に、生まれながらの勇者の事なのです」

 「生まれながらの勇者か……」

 噛み締めるように団長が零す。これも最近読んだ所に似た文が記載されていた。

 「そうです。勇者とは生まれた時から勇者なんです。生まれてから人に決められる訳ではありません」

 「ちょっと待ってください」

 黙っていた青年が口を挿む。

 「国に決められた勇者についてはわかります。ですが、生まれた時から勇者と言うのは一体誰によって決められたものなんですか? 自分自身で語るだけでは勇者とは呼べませんよね」

 「んー、強いて言うのならば神様でしょうか」

 人差し指を口に当て首を傾げる。わかりやすい言葉で伝えるも、これが正しいのか自分でも甚だ疑問であった。途端に二人が胡散臭そうな目で見つめてきた、私も二人と同じ立場なら、これ以上関わらないようにしたと思う。

 「そんな目で見ないでください。自分でも人に伝えるのに抵抗のある言葉なんですから」

 「……すみません。その、急に神様と言われたもので」

 「薬に例えてみましょうか。体調が悪くなったら治すために薬を飲みますよね? こちらが覚えている勇者です。事前に体調を崩す可能性を考慮して薬を飲むこともありますよね? こっちが思い出せない勇者です」

 「対処療法と予防薬か」

 「人ではなく世界単位で見た話ですけどね。今回は病気の原因が魔族で世界が蝕まれていたのです。では、話を戻しましょうか。勇者とは何でしょう?」

 沈黙の後に団長が答えた。

 「世界に対して害がある者に対する抑止力、って感じか」

 「記憶にある勇者は、抑止力の補助と言ったところですか」

 「私も彼らの能力の発現に関してはわかりませんが、恐らくはそうなのでしょう。もう一人の勇者に関しては、その通りです。勇者とは自然発生する現象であり、概念なのです。そして思い出せない勇者の能力は、概念である勇者を、自分自身に顕現させる能力でした」

 簡単に説明を終えた後、青年から自身の剣を受け取る。皮で出来た帯をスカートのポケットから取り出し、腰に巻くと剣を帯にある差し込むための穴に鞘ごと納めた。

 「どうでしょう、何か思い出せましたか?」

 「話はわかったが、まだ思い出せない」

 「そうですか。……先に最初の質問に答えましょう。この剣は私の物ですよ。幼い頃から使っている大切な剣です」

 「それなら、本当に君が?」

 確かめる団長に微笑んで返す。

「ええ、私が貴方の記録からも消えている勇者です」

「ですが、団長は戦ってみて貴女ではないと判断しましたが」

「……良い訳をするならば運動不足ですかね? 今の私はただの可愛い店員さんなので、本気で誰かと戦う事なんてないんですよ。とは言え、私が負けたのは確かですし私より貴方が強い事は認めます」

 団長を見据え、言葉を切る。

 「なので、私として立ち会うのはここまでにしましょう。ここからは――」

 店に戻った時に持ってきた髪留めで後ろ髪を一つにまとめる。ゆっくりと意識して呼吸を行う。心臓が熱を帯び、体中に広がっていく。瞳の色が濃い金色へと変わった。彼女の変化に伴い空間が変質していく。何より、彼女は眼前にいるのに、世界から浮き彫りにされたような存在感に二人は反射的に身構える。それは魔物と対峙した時と同じ行動であった。

 「――勇者として立ち会います」

 その言葉と同時に二人は後ろに飛び距離を取る。団長よりも早く青年が剣に手をかけるが、それよりも早く、勇者が団長の懐に飛び込み、蹴りを繰り出していた。団長は地面と平行に蹴り飛ばされ、鈍い音と共に離れた木の幹に体を打ち付けていた。勇者は何事もなかったように凛とした姿で立っている。

 「まずは先ほどまでのお返しです」

 団長は体を打ち付けた幹から離れながら首を回し、肩を回し、腰の剣を抜いて勇者の方へと歩いていく。

 「アイオス、手を出すな」

 勇者と相対し、臨戦体制に入った青年を団長は制す。彼は勇者が青年に手を出すつもりが無いのを見抜いていた。それよりも一撃目の蹴りに関して不満があった。自分の能力を理解させるためだったのだろうが、幹に体がぶつかった以外のダメージがまるでない。勇者は自分の身体に足を触れさせた状態で蹴り抜き、ただ強い力で押しただけだったのだ。

 「先程、勇者は自然発生する現象と言いましたね。僕と対峙する以上、自然災害に遭ったものと諦めててください」

 勇者は団長を見て、初めて愛刀の柄に手をかけた。







 団長に制止されたアイオスは、跳ねる鼓動を必死で抑えるように胸を押さえた。敵意とは別の圧力を確かに感じ、その表現の出来ない威圧感で彼の判断能力は鈍くなっていた。団長の言葉が聞こえるまでは反射的に身構えた状態から動けなかった。耳元で聞こえるような心臓の鼓動に胸が痛む。呼吸を整えながら、勇者が人間ではないのを感覚で理解した。そしてまた、初めよりも遠い世界に一人取り残され、自分に出来る事は立会人として二人の世界を最後まで見届ける事だと悟ったていた。

 団長は抜刀し、勇者へと向かい歩いていく。勇者は動くことなく、団長を待っているようだった。彼は足を止めず間合いを詰めていく。もう数歩で攻撃の間合いまで詰めたところで、地面を蹴り勇者の懐に潜り込んでいた。下から振り上げる剣を、半身になり鼻先をかすめる程の距離で回避する。止まらずに落ちてくる剣を予想していたように、振り下ろされるよりも早く半歩移動して回避。踏み込んで体当たりをするも、同じ分後ろへ下がり当たる事はない。足払いは跳ねて避けられ、続けて頭部を狙った後ろ回し蹴りは屈んで潜りこまれた。勢いを殺さず振り抜いた剣は勇者に当たる直前で、鞘から僅かに抜いた刀身で防がれた。乾いた音が鳴り、勇者が受けた反動で移動させられるも体制は受けた状態から変わってはいない。力負けした訳では無く、体重差による移動だった。団長は止める事無く剣戟を繰り出すが、正面からの攻撃は全て当たる直前で防がれた。団長の剣速が遅い訳では無い。実際、先程までの手合せより剣速は早くなっている。ほぼ全力の速度に見えた。それを勇者は最小限の動きと、瞬間的に団長の剣速を凌駕する抜刀で防ぎ続けている。彼女の身体能力が圧倒的に上昇しているのが目に見えてわかった。この防ぎ方は相手に力負けしない場合にしか使えない技であり、団長に対しては彼女のままでは使用不能な技なのが見て取れた。正面からの剣戟は無駄と思ったのか、連撃が途絶える。二・三度切りかかっていた時間を費やし、身体を内側に捻り剣を大きく後ろへと持っていく。捻るのが止まった瞬間、今までの剣速を超えた一振りを見舞った。勇者は後ろに跳ねながら抜刀することで団長の剣を対処したが、大きく弾き飛ばされ着地時に数歩ふらついた。

 「正直、力で負けるとは思わなかった。正面からの攻撃は無駄か」

 「抜刀だけでは間に合いませんか」

 「戦い方を変えるか」

 間を置かずに団長は剣を投擲する。ただ真っ直ぐに飛ぶ剣を一歩横にずれ回避する準備をしたが、剣は目の前で止まり、大きく剣を振りかぶった団長が眼前に現れていた。勇者は反応が遅れるも充分に対応できる速度だった。鞘を前にだし刀身を僅かに引き抜き、最短の動作で団長の剣が通る道を塞いだ。だが、団長の剣が道を通る事はなかった。振り上げた剣を勇者の頭の上で手放し上に投げ、回転させる。何度か勇者の頭上で回った後、柄が勇者の背面に向いたとき、団長は勇者の眼前から消え、後方頭上から大上段に構え落ちてきた。短い呼吸と共に剣が振り下ろされる。完全に死角からの一振りだったが勇者は躊躇いを見せずに振り返り、振り向きざまに抜刀する。抜き出された刀身は的確に団長の一振りを防いでいた。一纏めにした髪が肩越しに胸元へふわりと落ちた。

 「便利な魔法ですね」

 「力で負けるのは納得できたが、今のはどう察知した?」

 「我流ですが、制圧領域と呼んでいます。今は身体能力と共に感覚も鋭敏になるので、自分の周囲は視界に頼らずに対応できます」

 「見る必要もないのか」

 「その分集中が必要ですし、些細なことが邪魔だと感じたりはしますが。先程から貴方は消えるもので注意をしていました」

 「使い過ぎたみたいだな」

 「そのようで」

 勇者の片足が地を離れ、団長へと飛ぶ。片腕で防ぐも地に足をつけたまま、強制的に移動をさせられた。距離を取らせた勇者は胸元にかかる髪を後ろへ払い、地面に二本線を引かされた団長は攻め方を考える。目に見える行動は対処される。死角からの攻撃は感知される。勇者相手に隙をつくことが間違っている。それならばと今までのやり取りを思い出し、対応策を弾きだす。何の事はない、見えても見えなくても対応できない攻め方をすれば良いだけであった。間を置くこともなく、一息で勇者の懐に入り込むと下段から剣を振り抜く。勇者が反応したのを確認した後に剣を止め、剣を手放し、右脇腹を蹴り抜いた。勇者は一瞬遅れ反応し、鞘で蹴りを受け止めた、はずだった。衝撃の来ない鞘に反応が更に遅れ、目の前の状況の処理が間に合わない。眼前には手放した剣を逆手に握り、殴るように迫る刃があった。身体が、複数の方から連続で迫る攻撃で硬直し、動かない。冷静に回避も防御も間に合わないと理解した時、右手だけが僅かに動いた。

 「……白刃の太刀、なのか?」

 回避も防御も出来ないタイミングだった。白金に輝く薄刃の刀身に剣を受け止められていなければ、勇者を殺していたと遅れて認識する剣戟であった。勇者の指先から伸びる薄い白金色の刃。魔法自体は初歩的な白刃の太刀である。だが、白刃の太刀は名前の通り白い色の刀身をしている。何より、その魔法に自分の剣を受け止める程の強度は存在しないのだ。

 「白刃の太刀ですよ、唯一使える魔法です。ただ少し、質が違います」

 「得体のしれない魔法だな」

 ――消えない。白刃の太刀は一振りで消える魔法のはずだ、消える魔法なのだ。それが形を留めたまま自分の剣を胸の前で受けている。こんな高度な魔法を初歩的な魔法とは呼べない。仕切り直すようにゆっくりと勇者が後退し、団長は剣を下ろす。団長の剣を受けた右手を下ろすと遅れて、白銀の刀身は霧散した。

 「これは見せた事がありませんでしたね」

 「記憶が消える前も見た事がなかったんだな」

 「正確には見せられなかったんです。あの頃は」

 自分と会った以降に使えるようになった、または条件が揃ったのだろうか。何の気なしに勇者の右手を見る。刀身の消えた指先は、人差し指と中指が綺麗に揃えられていた。

 「反射的に使ってしまいましたが、この魔法は人に向けて使う魔法ではないのです」

 「どういうことだ?」

 「そもそも勇者とは魔族から世界を守るための存在で、その勇者の魔力を使い行使しているのが今の白刃の太刀なんです。それが先程質が違うと言った理由です。そしてこの白刃の太刀は魔族以外の生物は切ることが出来ません。楯にはなりますが、貴方に一太刀入れることは出来ないのです。何より、私自身がこの魔法を人を相手に使用したくありません。なので、今の立会いは貴方の勝ちです」

 「いや、……いや、待ってくれ」

 気が付けば自分の勝ちだという勇者に、団長は納得できずに制止をかけた。なるほど、普通の人間と勇者では魔力の質が違うのか。言われれば納得も出来る。勇者は世界を守る存在ならば、確かに世界に生息する生物を切れないのにも納得できた。だが、自分の剣を、勇者の持つ能力を使用して防いだ事が何故自分の勝ちに繋がるのか。それが理解できなかった。いや、出来たからこそ自分は勇者に抗議をするために制止をかけていたのだ。勇者は反射的とはいえ、信念を曲げた行動をしたために、負けを認めたのだ。悠然と立つ勇者の言葉からは、その負けを認める理由を読み取ることが出来た。だが、決して自分の勝ちを認めている訳では無かった。同様に自分も勇者の負けを認められるほど、大人ではなかった。

 「やり直しだ、仕切り直すぞ。俺の剣を防いだから負けを認めるなんてふざけた理由で勝ちを譲られる気はねぇんだよ。ふざけるな、誰が認めるか。どこに堂々と立って敵を見据えて負けを認める奴がいるんだよ。それを見て自分が勝ったなんて思う奴がどこにいる。いいか、勝負に勝つって事は譲られる事じゃねぇんだよ。敵を地に這いつくばらせて自身の負けを認めさせた時に、初めて自分が勝ったって自分自身が認めんだよ。俺もてめぇも立ってんじゃねぇか。この場のどこに敗者がいるんだ」

 語気を荒げる団長に対し、勇者は幾分か歩いて距離を取る。誰かに聞かせる訳もなく勇者は呟いた。

 「……どこまでも潔癖で公正な方ですね」





 「依怙地な方ですね」

 「ふざけるな。てめぇは自分自身に負けた事は認めたが、俺に負けた事を認めたわけじゃねぇだろ」

 「良くわかりましたね、僕の事を良く知っています」

 「記憶にないがな」

 立会人は、対峙する二人を俯瞰する。二人は自分の事を歯牙にもかけておらず、互いのみが認識できる世界を構築していた。対峙した二人を撫でるように柔らかい風が吹く。

 「俺に負けた事を認めさせる」

 「貴方を地に平伏させて勝ちを認めさせましょう」

 団長は透明な外殻をした鈍色の剣を正眼に構え直す。勇者は団長に対し半身になると、肩幅よりも広く足を開き腰を落とす。納刀したままの鞘を抱くように体を捻り団長に背を向け、相手を見る事もなく僅かに頭を垂れる。片手は鞘が地面と水平になるように押え、片手は柄に力なく乗せられていた。垂れた頭に従うように肩越しに長い髪が流れ落ちていく。構えで勇者が迎撃するつもりなのが見て取れた。このまま団長が動かないのであれば、勇者も構えを解いたかもしれないが、そんな事は団長が許さない事をアイオスは理解していた。が、その後アイオスに理解できたのは攻めた団長が宙に浮いた所からであった。

 団長も考えなしに攻めたわけではない。だが、時として想定を凌ぐ事態と言うものが往々として存在する。その一つが今回だった、それだけの事だった。腰を据えた勇者に下手な小細工は無駄だと判断し団長は正面から切りかかった。眼前まで迫ると剣を上段に構え、躊躇わずに振り下ろす。勇者からは一時も目を逸らすことはなかった。しかし、自分の剣が勇者へと到達しない。遅れてから乾いた音と剣を弾かれた衝撃が腕に伝わる。勇者に何をされたのか理解は出来なかったが、勇者が今よりも更に腰を捻り剣を抱え込む動作を目にして、弾かれた剣を引きずり出すように胸元まで運ぶ。刹那、長い髪の隙間から確かに勇者の鈍く輝くの瞳が自分を見ていた事を認識して脊髄に怖気が走った。即時防御に全神経を集中させ、勇者の一撃に耐えるため、全体重を自分の剣に乗せた。鈍い音と重い衝撃。下から持ち上げられる浮遊感。完全に抜刀し剣を振り切った勇者の一振りは、全体重を乗せた団長を宙へと弾き飛ばしていた。

 (……嘘だろ)

たった一振りで自分を宙へ持ち上げた勇者に冷静な思考が、現状を理解してなお、理解するのを拒む。振り切った反動のまま勇者は後ろに置いていた足を前に踏み出し、団長に対し初めの構えとは逆を向いた半身になった。気が付けば振り切った剣を両手で持っており、反動のまま腰を捻り剣先は団長を捉え、金色の双眼が標的を射抜く。その視線で自分は詰んだのだと団長は悟った。

 「一刀・砲牙」

 勇者の突きを受けた団長の剣は、細かい破片を散らしながら粉砕された。地面に二本の線を引き、突きの勢いのみで団長の後ろまで移動した勇者の声が耳に届く。不思議と剣が接触した音は聞こえず、衝撃も感じる事はなかった。視界にはコマ送りで突きを構えた勇者、剣が接触した瞬間、砕け散った剣のみが映されていた。地面に足がついたことを認識できず、バランスを崩し背中から倒れこむ。近くで何かが落ちる音が聞こえた。恐らく砕けた剣の切っ先だろうと判断したところで、ようやく自分が地面に倒れ、手が痺れている事を思い出した。途端に周囲の自然音が耳に入るようになり、意識が現世に立ち戻る。倒れたまま上を向くと逆様な勇者が剣を鞘に納めている所だった。

 「貴方の勝ちですね」

静かに靡く亜麻色の髪が立会いの終わりを告げていた。

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