誠
誠(01)ひとが一人いなくなったとしても、案外世界は上手く回るらしい。
ひとが一人いなくなったとしても、案外世界は上手く回るらしい。
それが、当時小学生だったわたしこと夕月夜円の見解だった。わたしにとって最も大きな存在だった母が、事故で亡くなったあとのことだ。
わたしはこころにぽっかりと穴が開いてしまったみたいに、数日間は何も手がつかなくなってしまった。辛うじてトイレに行って、ギリギリ生きていられる程度の水を飲んだくらいの記憶しかない。母の穴を埋めるものは何もなく、父のことは嫌いではなかったけれど、彼は小学生のわたしからすると少し異質な存在だった。
父は思いやりのあるひとではあったけれど、感情が表に出ない人間だった。彼は仕事の量をセーブして、淡々と母がしていた炊事や洗濯をこなし、淡々とわたしに食事を提供した。
わたしはしばらくはごはんが喉を通らなかったし、お風呂も入らずに、ふかふかのベッドで眠ることすらしなかった。
昼と夜が何度も繰り返されて、そのはざまでわたしはただひたすらに呼吸をするのみだったんだ。やがて、体調を崩したわたしは数日間を病院で過ごし、少しだけこころの傷が癒えたふりが出来るようになった。そうしてさらにときが経った頃に、ようやく学校に復帰した。
学校、いわゆる社会に晴れて復帰したわたしは、心神喪失から比較的早く立ち直った。友だちとのコミュニケーションによって、わたしのこころはどんどん復旧した。
母のしていた仕事の半分は父に回り、もう半分がわたしに回って来た。やがて、わたしのことを〈もう大丈夫だね〉と評した誰かの言葉により、父は本格的に仕事に復帰して、母のしていたことの大半はわたし自身がこなさなくてはいけなくなった。
そのとき、気づいた。
お母さんがいなくなっても、世界は上手く回っているんだって。
そのときの違和感は高校生になった今でも忘れることが出来ない。今でもわたしのこころの中には穴のようなものが開いていて、びょうびょうと風が吹き抜けているんだ。
だから、お母さんがいなくなったって言っていた奏のことが心配でならない。環のことも心配ではあるけれど、やっぱりまずは、今一緒に行動をしている奏のことを考えてあげるべきなんじゃあないのかなって、わたしはそう思ったんだ。
「ね、奏。環や五月蠅さんも気になるんだけどさ、お母さんのこと……、聞いてもいいかな?」
わたしのその申し出に、奏は目をぱちぱちと瞬かせた。それからゆっくりと笑みをつくって、どこか安心したみたいな顔をして息を吐く。
「はい、承知したのです。ただよく分からないことばっかりで……」
環のお母さんには、また話を聞けばいい。一旦、態勢を立て直すことにしよう。折角、奏が話そうっていう意志を見せてくれたのだから。
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