柳
柳(01)不如帰お婆ちゃんの話は長い。
大抵は我がまち自慢から始まって、我が団地自慢、そして自分自身の自慢へと漂着する。お陰さまで、わたしも色々と団地のことを覚えてしまった。入居者用のパンフレットでは知り得ない情報も、たくさん。
「今日も紅葉が美しいの。わては、この町の紅葉が大好きなんや。桜並木もええが秋だけ敷き詰められる落ち葉の絨毯も最高やさかい」
櫻町は昭和中期に、彩都のベッドタウンとして産声を上げた。名物は名前の通り、計画的に植樹をされた多くの桜並木。今でもなお、その威容は健在だ。
昔から春先にはカメラを持ったひとが多く訪れていたけれど、のちにアニメーション映画の舞台にもなったらしく、聖地巡礼の地として更に名前を上げた。春には銘菓の櫻町饅頭や、アニメーションコラボ商品が今でも飛ぶように売れるらしい。
「昔は良かった。カメラ小僧もおるにはおったが、マナーがあったからの。アニメだか何だかのオタクどもが来始めたくらいから、このまちはおかしくなったんや。樹の無断伐採に始まった連中どもの蛮行は……」
典型的な懐古厨。口癖は「昔は良かった」。癖の強い関西弁もどきは、一度聞いたら忘れることが出来ない。ここに何十年も住んでいるはずだけれど、幼少のころに馴染んだ方言が抜け切らないらしい。
「昭和中期においては、団地は憧れの的やったからの。わたしたちの団地、わたしたちの生活。高度経済成長期において……」
昭和中期においては、団地はステイタスだった。
均等に美しく立ち並んだ箱型住居と最先端の設備、それにより提案された先進的なライフスタイルは、当時の人びとのこころを魅了したんだ。そのためかなりの人気を博したようで、分譲時の抽選会は悲喜こもごもだったとか。
平成に入ってからは随分と廃れてしまったけれど、その後の都市計画で建設された振興住宅街が、まちの価値を保ち続けていてくれたようだ。
そのようなまちの一角、いや、団地がまちの多くを占めているこの櫻町で、何か異様なことが起きている。環だけじゃあない、普通なら考えられない集団失踪事件。その鍵を握っているのが、もしかしたら不如帰さんや、お孫さんである
だから、気にかかる。環のことも気にかかってはいたけれど、わたしはどうしても、彼のふわりとした足取りを追いかけずにはいられなかったんだ。
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