環(01)だからうちは、まどまどのことが。

「ねえねえ、まどまどのお父さんって、確か植物を研究していたんだよねえ」


 海底わたのそこたまきは、どこか媚びたようなふんわりとした喋り方をする娘だった。見た目もゆめかわいくて今どきで、スカイブルーのエアリーボブが小さな顔にとても似合っていた。

 けれど、見た目のふんわりさからは想像出来ないくらいに頭の回転は速い娘で、話が熱くなるとマシンガントークになりがちなのが玉に瑕だった。


「うん、そうだよ」

「植物とか食べ物を栽培して、アナアキの進行を抑えようって試みも、確かまどまどのお父さんが始めたんだよねえ」

「そうだよ。わたしがここに来て少し経ってからかな。お医者さんたちや管理組合と交渉して、共同菜園を作ったんだ」


 ここは、環の家。猫が大好きで猫グッズを集めまくっている彼女の部屋は、とてもファンシーでいかにも女の子といった感じ。

 ベッドやクローゼットの上には大量の猫のぬいぐるみとかクッションとかが鎮座していて、天井近くまで積み上がっている。団地に設えられた襖とは不釣り合いで、アンバランスな光景だった。彼女は猫グッズに埋もれるようにして、ベッドの上に座っている。わたしはおっきくて柔らかな猫クッションを床に置いて、その上に寝そべっていた。

 失踪前には、よくこうして彼女の部屋に上がってはだらだらと過ごしたものだ。


「そうだそうだ、作ったなあ。煉瓦並べて、土運んで。そこでリーダーシップを発揮してたまどまどと仲良くなったんだよねえ」


 わたしは照れくさくなって、鼻をかいた。


「べ、別にリーダーシップなんか発揮してないし。でもお父さんが言い出したことだしさ、それにわたしも、動かないと腐っちゃいそうだったから」

「だよねえ。アナアキになっちゃって引越しを余儀なくされたってだけでも普通なら腐り落ちちゃいそうだもん。偉いよ、まどまどは」


 環の瞳が、濡れている。それは憧憬のためだったのだろうか、それとも。


「アナアキにもこんなひとがいるんだなあって、そのときうちは思ったんだ。何だかすごくきらきらとしててさ、だからうちは、まどまどのことが――、」

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