円(02)猫も杓子も、アナアキばっかりだ。
「集団失踪事件、か……」
父に、環に、奏の母親。それだけではなく、把握しているだけでもあと数名の失踪。
けれど、それらは本当に失踪なのだろうか。もしかすると父も環もわたしが産み出した妄想みたいなもので、別の人物だとか、とうの昔に亡くなってしまったりだとかしているのではないだろうか。
ほかのひとたちも、何らかの集団催眠のようなものにかかっているのではないだろうか。しばしば、そういったオカルトめいた事件があるじゃあないか。
「ううん、違う。そんなはずない」
環の写真は確かにここにある。念のため食卓に写真を出して、じいっと眺めた。間違いない、海底環だ。わたしと同じセーラー服を着て、ふんわりと笑っているじゃあないか。
父に関しても、手元に写真は残っていないけれど、研究者時代に記していた大量のノートや難しい専門書がずらりと並ぶ書棚がうちに残っている。それに住民票を一度取り寄せたけれど、父の名前はちゃんと記載されていた。
だから、きっとふたりは間違いなく存在していたはずなんだ。
けれど、誰の頭の中にもふたりの記憶が残っていない。それって本当に、存在したって言えるんだろうか。母のことだって、もう世界中でわたしくらいしか覚えていないかもしれない。だとすればそれって、本当に生きていたって言えるんだろうか。
ああ、こんなことばっかり考えていると、何だか本当に頭がぐしゃぐしゃになってしまいそうだ。わたしは髪をかき乱すと、頭皮をマッサージするみたいに押さえつけながら頭を抱えた。
『――のように、現在首都圏では急速にアナアキと思われる症例が広がっており、政府与党は全力を挙げて究明をするように――』
わたしの混乱を見透かしたかのように、無機質な音声で最新のニュースが読み上げられた。耳触りのいい声で、居心地の悪い内容が這入って来る。
ここでもまたアナアキの話題。アナアキ、アナアキ。猫も杓子も、アナアキばっかりだ。
「何だか、最近はそのニュースばっかりだね」
わたしは、努めて明るい声を出した。気持ちだけでも明るく持っていかないと、あっという間にアナに引きずり込まれてしまうから。
「なのです」
奏は食い入るように画面を見つめている。
「何だか有名な歌手がアナアキになっちゃったみたいなのです。引退ライブをしたあとで」
「へえ、わたしも知ってるひとかな」
「えっと、名前は聞きそびれてしまいましたが、
「おお、水無瀬川さんってことはたぶん、水無瀬川
奏は小首を傾げて、
「どうでしょうね。VIP専用の収容所があったりして」
「収容所って言わないで。何だか隔離されているみたいじゃん」
わたしはスープを飲み干して、オムレツを口に放り込んだ。
「ごちそうさま」
「巨大な収容所みたいなものなのです。この〈
奏は渇いた笑みを浮かべて言った。
「アナアキ以外のひとも住んでんじゃん」
「再開発前からの方ですよね。でも随分と減ったのです。アナアキ家族を優先した仕組みになっているせいで、近隣トラブルも多いですし」
「ま、確かに今はほぼアナアキたちのための団地になっちゃったからね……」
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