円(03)すべての端末から、社会へと繋がることが出来ないんだ。

 K市S区櫻町。

 わたしたちが住んでいる町。同C区にある彩都のベッドタウンとして、昭和中期に山を切り拓いて造成された。


 その都市計画のメインがこの櫻町団地だった。高度経済成長期に日本住宅公団が造成した住宅団地のひとつで、総戸数約六千戸の一大団地群は十三の街区に分かれ、櫻町第一団地から第十三団地までが建設されている。造成当時は東洋一の団地と言われたらしい。

 更には昭和後期から平成初期にかけて、櫻ニュータウンと呼称される新興住宅街が造成され、今の櫻町が出来上がった。とはいえ、振興と言われたのも今は昔。三十年近くが経って、昭和の香りを残すレトロな住宅街と揶揄される町へと成り下がってしまっていた。


 けれど数年前に、再開発の話が持ち上がった。丁度アナアキが現れ始めた頃で、あれよあれよという間にレトロな町は最新鋭の医療施設を擁した福祉の町へと様変わりしたと聞いている。とは言っても、一部を除いて見た目はあんまり変わっていないのだけれど。


「こうした受け皿がないといけないのは分かりますが。とはいえ、アナアキばかり優先していれば不満が出るのは当たり前なのです」

「でもさ、団地から出て行ったひとたちはかなり高額な補助金を受け取ったって聞くよ。得なんだから、ちゃっちゃと出てったらいいのにね」

「円、ひとは損得勘定だけで動くものではないのです」


 奏はわたしを一瞥して、またすぐにテレビに視線を戻した。


「情というものが、ひとにはあるのですから」


 今やこの町は、日本中のアナアキをほとんど一手に引き受けている状態だった。小さな施設は国中にあるらしいけれど、アナアキ人口第一位を圧倒的な差で堅持し続けている。

 まったくもって、めでたくない話だ。

 テレビではニュース番組が終わり、バラエティー番組が始まったらしい。騒がしいBGMと共に、陽気なMCの声が響いた。


『ネットで話題の、あのひと、このひと~!』


 ネット、か。わたしは思わず手元をまさぐった。無意識に、スマートフォンを探している。けれど、「ああ、ないんだ」この家には、そんな便利なものは置いていないんだった。こころが少しだけ、どきどきと脈打っていた。わたしに残っている小さな棘は、時折こうやってその存在を主張する。


「だめだな、わたし。どっかで昔を引きずってる」


 この団地一帯は、携帯電話やスマートフォン、パソコンをはじめとした各種電子機器に優しくない。使うことは出来るけれど、ネットワークからは完全に孤立しているからだ。

 例えばパソコンでワードなどのソフトを使うことは出来ても、インターネットに繋げることは出来ない。ゲームだって出来るけれど、ローカルだけ。テレビも地上デジタル放送は入るけれど、ネットワークには接続出来ない。

 つまりすべての端末から、社会へと繋がることが出来ないんだ。以前、誰かがWi-Fiの機器を持ち込んでいじっていたのだけれど、やっぱり繋がらないって諦めていたような気がする。

 今の世の流れからすると明らかに不便で、多くのアナアキが最初につまづくところ。とはいえどうしてかは理解出来るし、最初は落ち着かなかったこころも今ではちゃんと制御出来ている。

 この団地は、アナアキとその家族のための療養所なのだから。原因となったであろうものを抑制して、自活出来るように働きかける場所なのだから。

 アナアキとなったものの多くは、スマートフォンやパソコンに異常に頼り切った生活をしていたという。つまりは、スマホ依存症やネット中毒者。そもそもわたしがアナアキとなってしまったのも、その辺りが原因だった。


 スマートフォンを居丈高に掲げていた頃のことを、思い出す。

 長方形で囲まれた世界は、わたしにとってだった。長方形とは、四つの角がすべて等しい四角形のことで、四つの辺――、つまり罫線で直角に囲まれた形のこと。世界のすべてが、この罫線の中に詰まっている。

 この長方形は世界のすべて。この長方形こそが、世界にとって最高の形なんだ。二年前までのわたしは、そうした思いに取り憑かれていた。

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