第10話 「感動する」

木々の葉が、色づき始め、

ハラハラと舞い落ち、

気が付くと、木の頭は、ふさふさの葉を

見事に手放し、開放されていた。


晴れやかな木々の頭皮に、

凍てつく風が吹きすさぶ。


木の枝が、木の葉を手放したのか?

風が、木の枝から、大事な葉を

こそげ落としていったのか?


木の枝も、気温も、寒さを感じずには

いられない。


秋とも冬とも言い切れない。

暖かな木漏れ陽の下で、

女は大根葉の根本を切り落とし、

イキイキとした、葉茎を選んでは

水道場の、水を溜めたボールの中に

放り込んでいた。


「感動する。」

「感動する。」

「感動する。」


女1人以外存在しない、庭先で

言葉が木霊するように

囁かれている。


「感動する。」

「感動する。」

「感動する。」


八百万が、女の近くを通り過ぎようとした時

「何にそんなに感動しているんですか?」

女は、八百万に声を掛けた。


「ぇ?」

八百万は、思わず声を漏らす。

突然、女が振り向いたと思ったら、

声の主が、八百万だと勘違いして

問うてきたのだ。


一瞬、静けさの中、

八百万はその声を確認する。

「感動する。」

「感動する。」

「感動する。」


(なるほど。。。)


『お聞ききになって分かる通り、

 声の主は、私ではありませんね。』


「では誰が?」

「この辺には、見渡す限り、

 人は、あなたと私、2人きり。」

「それで、他に誰が、

 話せると言うんでしょ?」


女は、八百万を見つめる。


『あなたの手の中にあるものですよ。』

「へぇっ?」

『あなたの手の中にある、緑色の。。。』

「大根葉ですよ?」

『そう。』

『あなたが、先程からずっとからかってる

 大根葉です。』

「どうして、大根葉が感動するの?」

「私は、これから食べる為に、

 いい葉を選び、洗って、

 切り刻んでいるんですよ。」


水場には、既にみじん切りにされた

大根葉が、山盛りで大鍋に3つ。


女の言葉に、八百万は、

その日の大根葉と、女の1日の風景を

見ていた。


『食べてくれるからですよ。』

「 (・・? 」

『大根葉は、あなたが丁寧に、扱い

 1つ洗い、そして調理する姿を

 今日、一日

 ずっと近くで見ているんです。』

「 (・・? 」


『大根葉の話では、、。』

『今日、

 あなたは大根を買いに行きましたね。』


『20本抜き、、。』

『そして、あなたが大根を抜く前に

来たお客さんが、要らないと言って

畑に捨てて言って、

少し萎びかけた大根の葉を

沢山貰ってきた。』

『それが、手の中にある大根の葉。』

『一度は捨てられて、

 そのまま終わるだけの命が、

 あなたの手によって、

 拾われ、大事に扱われ、切って炒めて

 「美味しい」と、味見して喜ぶ姿を見て

 あなたに「食べて貰える」

あなたに「喜ばれるている」

捨てられる筈だった葉が「大事に扱われて調理される」』


『大根の葉は、

 あたなの姿に感動しているそうですよ。』

『「嬉しい」って気持ちを、表して

『感動する』って、

 言っているみたいですけど。』


「この、声が沢山ある様に

 聞こえるのは?」


『ブルーシートの上の葉。』

『切り刻んだ、大根の葉。』

『水が溜められたボールの中の大根の葉。』

『そして、大根の葉が喜ぶ姿を見て、

 感動する、壁や、空気や水』

「水?」「空気?」「壁?」


『人間意外も、話をするんですよ。

特に、今日の大根の葉の声が聞こえたのは

嬉しいって言う気持が強かったからでしょう』


気持や言葉が伝わると分かったのか?

大根の葉は、

『嬉しい!』『素敵』『幸せ』

『感動する』


幸せな気持ちを、ブワーッって、

体感して、充満している。



伝わるかどうか分からない

それでも幸せ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る