第9話 二人目の相談者

男はスクランブル交差点にいた。

県庁近くの信号機が赤から青に変わるのを、のんびり待ち構えていたら、声が聞こえてきた。

「爪が切りたいのですが、、。」

男の声だった。

やや少し離れた右後ろからの声の主に、

話しかけているのは俺ではないと、八百万は思い、視線を信号機から外さなかった。

「爪が切りたいのですが、、。」

また同じ場所から、男の声がした。

八百万の隣に女の子のおびえる空気が触れてきた。

八百万は瞳を動かすことなく、右横の少女の様な存在と、その奥の男の様な声の主を、視界に入れた。

「随分伸びてしまって、

爪を切りたいのですが、

切るものがないのです。」

男の言葉に、

(いや、君じゃなくとも、大抵の者は、スクランブル交差点には爪切りは持ち合わせては居ないだろう。)

八百万は冷ややかに、心の中でツッコミを入れる。

「爪が、、。」

男の囁くような声に、少女はおびえて話しかけてきた。

「あっ、あの。。あの。」

「つっ爪が、爪が切りたいと言われて、、」

彼女は青ざめながら、隣の男の方に視線を合わせる。

男は少女しか目に入っていない。

正確には、彼女しか、今は見えていない。

彼は、次元の違う世界に存在する男だった。

「爪が、、。」

再び言葉にする呪文のような男の声に

少女は私を見て、視線で救いを求めていた。

「あっ、あの、、私、爪切りが無いんです。今。」

「あっ、あっ、あの。この人触る事が出来ないんです。」

「爪切りたいってずっと言ってくるんですけど、、。」


八百万は、二人目の相談者様だと思った。

ネット上だけの仮想現実世界だけに存在するはずの 

リアル社会では存在しない相談屋だが、リアルも仮想も人生相談には、変わりはない。

相談者が存在したのは確かで、八百万を掲げなければ、ただの通りすがりの者。

それだけである。

ただ、信号待ちで隣り合わせた男として、

八百万は対応することにした。

「つっ、爪が」

男の声に八百万は、カバンから何かを探すような素振りをして、

おもむろにカバンから何かを掴みだした様に見せる。

少女しか見えていない男の視界に、

八百万は入り、そして話しかけ、

男の手を手の平ですくう様な振りをした。

爪を切りたがる男の意識に八百万は入りこんだのだ。男は八百万を存在するものとして、認識した。男は八百万の存在に驚き、目を見開いた。初めて、少女意外の存在を認知したのだ。

先程まで1人しか存在していなかった少女に加え、八百万が1人増えたわけだ。


八百万の右手には何もない。

爪切りを掴むような手の形が、存在するだけ。

八百万の左手は、男の手をすくい上げ、

指を一本一本広げ、まるで爪を切るかの様なに、「パチン」「パチン」「パチン」

手の指の爪10本を切り上げるような仕草をした。

「爪は切れた。」

「どうだ?」

「長さは?」

「もう少し切るか?」

男は潤んだ目をし、指を丸めて長さを確認していた。

「ありがとう。これでスッキリした。」

その言葉を吐き出し終えたと共に、安堵あんどの表情を浮かべ、ふっと、消えてしまった。

少女は何事が起きたのかが分からず、ウルウルしていた目を安堵に変え、ホッとした表情で「有難うございます。助かりました。」と、お礼を言った。

「ずっと、困っていたんです。」

「どう対応したら良いか分からず、、。」

「私にしか聞こえていないみたいで、

私にしか見えていないみたいで、

そして存在しない。」


スクランブル交差点が赤から青に変わり

八百万は少女と交差点を渡り、近くのカフェに寄った。

八百万は、彼女に飲み物をご馳走した。

少女は温かいホットミルクティー。

そして、八百万はオレンジジュース。

八百万はオレンジジュースをチューっと吸い込み、そして話し始めた。

「彼はこの世に思いを残した人間だ。」

「既に肉体はない。」

「彼の先程存在していた場は、我々とは次元が違う。」

「君は、彼との何らかの関連性、類似性を持ち合わせ、彼から存在を認識できる者となっていてしまったんだ。」

「君には迷惑かもしれないが、彼には君しか見えないとしたら、君にしか話しかけることが出来ない。つまり、君しか相談相手が居なかったんだ。」

少女はミルクティーに口をつけ始めた。

温かいミルクティーが喉を通り、落ち着きを取り戻し始めているようだ。

「彼がなぜ?浄化できたかと言うと、納得出来たからだ。爪が切れていようが、切れていまいが、そんなことは肉体を持たぬ彼には関係がない。大事なことは、納得し安心して、そして手放せること。」

「爪を切っている振りをして、彼は満たされたんだ。だから、この世から離れられた。」

「君、何か納得出来ることは無いかい?」

「自分はまだ完全ではない。とか、十分ではないとか、努力する必要があるとか、、。」

「例えば、君の髪型。十分綺麗だ。整っている。けれど、君は自信がなくて恥ずかしい。直したい。」

「そんな気持ちがあるとしたら、そういう気持ちが彼の気持ちと同調して、惹かれて君の所に彼は辿たどり着いたんだ。」

「共鳴しあう。すると、更にそれに引き寄せられてくる魂が存在する。」

八百万はオレンジジュースをまた吸い上げる。

「もし君が、また同じ思いをしたくなければ、自分が求める波動に合わせる必要がある。」

「未来、君が一緒にいたい人。繋がりたい人。憧れている人。そんな人とお茶をしたり、連絡を取ったり遊んだり、もしくはそんな人に成りきる。そんなイメージを膨らませると、君の波動領域は変わる。出逢う人、繋がる人、環境。変わりだすよ。」

八百万は残りのオレンジジュースを飲み干し、少女のホットミルクティーの飲み終わるのを待ち、店を出るとともに別れた。

(彼女はお礼を口にしていたが、それで何か変わるのだろうか?

少女の相談、、男の爪を切ること。

男の相談、、爪を切ること。

二人の相談を解決したことになるのかな?)


八百万は、買い物を辞めることにして、高温の温泉に浸かりに行くことにした。

「洗い流せば、また綺麗になる。」

ぶつぶつと、独り言をボヤキ、来た道を戻り始めた。

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