第27話:単体殲滅存在

 僕らはひたすら南へ向かって歩く。

 山から転がるように、急かされるように。

 月が落ちて、日が見え始めてもまだまだ歩く。


「ヒィ…ヒィ……まだ着かないのかぁ?」


 疲労が色濃く残る顔でクレオが尋ねて来る。

 周囲のキリークの人も疲れているのか、口数が少ない。

 この中で一番元気なのがトカゲのムコノであり、負傷した人を運んでいる。

 ……こいつ、タラークの野営地に突っ込ませたのに無傷で帰って来たんだけど、ボス敵じゃないよな…?


「もうすぐ…もうすぐのはずだけど……」


 広大な平原を歩きながら、まだ見えぬ地平線の先にある目的地を探す。

 そして昇る朝日が僕らを照らした頃、目的地もあらわとなった。


「見えた、あそこだ!」


 僕が指差す湿地帯の森を見て、安堵の息が聞こえる。

 タラークの兵士に追われているんだ、不安に思う人が居ないはずがない。


「……ただ、嫌なモノも見えちまったねぇ」


 キリークの一人が後ろを見ながら辟易と吐き捨てた。

 土煙……タラーク兵の追っ手だ。

 まだ小さく遠いものの、いずれこちらに追いついてくる事だろう。


「クレオ、これ…絶対に失くさないようにね」


 僕は腰につけていたナイフと鞘を渡す。


「ああ、任せろ相棒! それと、オレからも渡すものがあるんだ」


 そう言ってクレオは荷物袋をゴソゴソと漁り出す。

 なんだろう…お守りとかそういうものだろうか。


「パトラが作ったビスケットと女物の服だ!」

「後者は要らないよ!!」


 僕はビスケットだけありがたくポケットにしまい、衣服は荷物袋に詰めなおした。


「いやいや、必要だって! タラークの連中はオレらを捕まえようとしてるんだろ? だから女装しとけば乱暴されねぇんだよ!」

「いいからさっさと行って!」


 クレオが不満げな顔をしながら森の湿地帯へと入っていき、護衛の人達もその後に続く。

 あいつ、僕を女の子に仕立て上げるつもりじゃないよな…。

 その場合、性の不一致が一致して問題が消し飛ぶような気もするけど、多分合わさっちゃダメなやつだと思うから考えないようにしよう。

 さて…それじゃあ迎撃準備だ。


 僕は≪生成≫と≪変質≫、そして≪操作≫を使って周囲に大きな土の坂を複数作り出す。

 壁にするという手もあったのだが、あちらのレッドボアを止められるほどの硬さを維持するのは無理だ。

 それならいっそ乗り越えやすい坂道にしておき、その先に落とし穴を作っておくことにした。

 幸い、これまで何度も実戦で魔法を使ってきた事もあって、≪操作≫で土を移動させる事は簡単だった。


 そして木の上には残ったキリークの射手達が待機し、隠れながら矢を射ってくれる。

 これで相手側が森の中の伏兵を警戒してくれればいいのだけど、典型的なタラークの人だったら無理だろうなぁ。


 坂の前でまだ何か出来ることはないかと考えている僕の隣に、一人の伏兵さんがやってきた。


「不安なんだろう? 分かるとも、我々も同じ気持ちだ。せめて、これでその気を紛らわせてくれ」

「あ…ありがとうございます!」


 僕は手渡された柔らかい物を開ける。

 それは………女性用の下着だった。


「女装が無理なら、下着だけでも着けておけ」

「なんで下着ならつけると思った! 言え!!」


 大声で手渡された下着を叩き返したら物凄く驚いた顔をされたんだけど、僕ってどういう風に思われてたの!?


「女だと思わせておけば殺されないかもしれない! 命には代えられんだろう?」

「命でも代えられない大事なモノが失われるんですけど!?」


 命乞いの為に女の格好をする方が耐えられないよ!

 しかもそれで変な意味で可愛がられるんだったら死んだ方がマシだよ!

 あっ…これが"死は救済"って意味なのかぁ。

 つまり救世主は女装の達人だった……?


 そんなバカな事を考えてたら地面から振動が伝わってくる…どうやらもうすぐでタラークの兵がこちらに来るようだ。

 僕とキリークの人はお互いに目配せし、それぞれの持ち場に戻る事にする。


「まぁ…恐怖に耐えられなくなった時はこの下着を履くといい」


 そして最後に無理やり下着をポケットにねじ込まれた。

 要らないって言ったじゃん!

 なんで要らないっていうのに渡すの!

 あんた前世の僕の母ちゃんかよ!!


 ……男用かってくらいデカいなこれ。

 僕が履いたらズリ落ちるんだけど、そういう需要でもあるんだろうか。

 それを知ったらキリークを滅ぼしてしまうかもしれないから、記憶から抹消しよう、そうしよう。


 ちなみに僕はこの防衛線の最前線…坂の前で戦う。

 一緒に森の中で戦うっていう手もあったけど、出来るだけここで敵を食い止めないと奥へ抜けられる可能性が高いからだ。


 我ながら自殺行為だとは思う、だけどこの戦争は自分が最初に言い出した事なのだ。

 これくらいのリスクを背負わないと不公平だろう。


 そして大きな土埃と共にタラークの軍団が前方にやってきた。

 僕が作った坂に警戒しているのか、勢いに任せて突進してくるようなことはせず、レッドボアを止まらせて様子を見ている。


 その隙に僕はポケットからパトラちゃんのビスケットを取り出して食べる。

 もしかしたら、これが最後の晩餐になるのかなぁ。


「気味の悪いガキだ…こんな状況で笑ってやがる」


 ごめんなさい、笑ってるんじゃなくて怖くて引きつってるだけです。

 心臓は今すぐ逃げろと言いたいくらいに鳴っているし、呼吸だってうまくできない。


 心を落ち着ける為に口の中のビスケットを味わい、ゆっくりと飲み込む。

 胸に手を当てて、ゆっくりと数える……いち、に、さん………。

 心臓の鼓動は変わらないけれども、レックスの魂があるおかげか、恐怖心だけは薄まった。


「先鋒二十騎、前へ!」


 先ずは様子見という事らしい。

 僕は地面に両手を添えて魔法の準備を整える。


「突撃準備………かかれ!」


 タラークの号令が掛かり、レッドボアに騎乗した兵士達が一斉に突撃してくる。

 それに合わせて≪変質≫と≪操作≫で頑丈に編んだ草の網を≪放出≫の要領で地面から持ち上げる。

 網に引っ掛かってもその速度と脚力で千切られるものの、結局足に絡みついてスッ転んだ。

 足が短いし体幹も悪いからね、仕方ないね。


 とはいえ、歩兵には何の意味もない罠ではある。

 だから振り落とされた人や起き上がってこちらに来ようとするが、森の中から飛んで来た矢が鎧の隙間に刺さり、身動きが封じられてしまう。

 キリーク人はタラークのような力強さはないものの、こういった繊細な技術は他よりも抜きん出ていた。


「走ってる敵ならともかく、止まってる相手に外すわけがない」


 …とキリークの人達が言ってたのは本当だった。

 おかげで僕はレッドボアにだけ対処すればいいという事だ。


 その一方であちらの隊長さんっぽい人が苦虫を噛み潰したかのように顔を歪めている。

 楽勝の追撃戦だと思ったらモンスターに襲われたり、こんな所で足止めされているのだから気持ちは分かる気がする。

 ただ、前半の部分は僕ら関係ないからその分は差し引いてほしいかなって。


「……負傷者を回収しろ」


 倒れた兵士がまだ生きているにも関わらず、僕らが手出ししない事から何人かの兵士が負傷兵を後方へ連れて行った。

 そうそう、命は大切にね。

 怪我をした人が増えるほど、それに手を割かれる事になるからね。


 このまま僕らの望む通りに状況が推移してくれれば一番いいのだが…そうはいかないらしい。

 相手の隊長さんは先ほどまでとは打って変わり、覚悟を決めた顔つきになっている。


「弓兵、前列はガキを狙え! 後列は森に潜む奴らをいぶりだせ! それと同時に三波に分けて突撃する!」


 あっ、それはマズイ…かなりマズイ!

 僕が急いで宙に手を出して風の膜を作ると同時に、矢のスコールが降り注いだ。

 距離があるおかげで逸らすことはできたが、後ろのキリークの人達までは守りきれなかった。


 そしてそんな事などお構いなしかのようにタラークの騎兵がこちらに突撃してきた。

 ここまで近づかれると魔法の工程が間に合わない…となれば、最終兵器を使わざるを得ない。

 正確には、使った方と使われた方どちらの命も終わるかもしれない兵器だ。


 僕は急いで服の内側に手を入れ、肉体に仕舞ってあるアズラエルの肋骨を取り出す。

 出来ることならこんなもの使いたくなかった。

 先ず、ヘタなものに死を与えるとアズラエルの機嫌を損ねるかもしれないという事。

 そして二つ目に……"どう死を確定するのかが分からない"という点だった。


 これが某ノートのように一分後に死ぬとかだった場合、僕は踏み潰されて死ぬわけだ。

 こんな土壇場に到ってはもうどうしようもない。

 僕は祈りながらその肋骨を迫り来る騎兵に向ける。

 すると、何か黒い何かが騎兵に点々と浮かび上がった気がする。


「あれが……死…?」


 言ってはなんだが、期待外れのようかに見えた。

 数秒後、その黒点の数々は騎兵を蝕むように大きくなっていき、まるで黒いインクに食われたかのような姿に成り果ててしまった。


「なっ……なんだアレは!?」


 どのような物で身を守ろうとも、どれだけ離れていようとも、その死からは逃れること能わず…。

 ゲームで見たテキスト通りの効果であった。

 けれど、これなら何とかなるかもしれない。

 僕はアズラエルの肋骨をなぞるように騎兵の一団に向けると、時間差で第一波の騎兵は文字通り死に絶えてしまった。


「第二波、突撃準備!」


 凄惨たる状況に動揺しながらも、相手はまだやる気らしい。

 再び降り注ぐ矢の雨を魔法で逸らし、突撃してくる騎兵に向けてアズラエルの肋骨を向けようとし…違和感に気付いた。

 僕の前に兵士がいない…いや、隊長が大きな弓でこちらを狙っていた。


「くたばれ化物めが!」


 大きな矢であるおかげでその軌跡が見え、咄嗟にアズラエルの肋骨で防ぐ。

 しかしその威力は凄まじいもので、僕の手にあったアズラエルの肋骨はどこかへ飛んでいってしまった。


「ぐぅ…ッ!」


 痛む腕をなんとか地面に置いて再び罠を発動させようとしたけれど、それよりも早くレッドボアの騎兵隊は僕の横を通り過ぎて森の中に入っていってしまった。

 もちろん落とし穴や伏兵の人達がいるから大丈夫だと思うが、それでも半分は突破されたかもしれない。


 僕は急いで遠くに落ちたアズラエルの肋骨を拾おうとしたのだが、あちらの隊長がまだこちらを狙い……そして弓を引き絞り終えていた。

 間に合わない僕はどうするか考える。

 風の膜…無理だ、あれだけの威力を逸らす事はできない。

 石の壁…≪変質≫で多少硬くした所で貫通される。

 ならば―――。


「これで死ねぃ!」


 死の宣告と共に飛ぶ矢を前に、僕はポケットにあった下着を取り出した。


「≪停滞≫!」


 矢は僕の眼前にまで迫った。

 けれども、そこで止まっていた…文字通り布一枚の差で。

 それを見てあちらの隊長さんは驚いた顔をしていた。


 ≪停滞≫によって干渉された物体は文字通り全てのエネルギーを停止させる。

 だから相手の矢が貫通せずに止まったのだ。

 まぁそれも相手が僕を確実に殺すために顔を狙っており、その通りに矢が飛んで来たおかげでもある。


 無理な魔法を使ったせいで鼻血が出ており、意識も若干朦朧としている。

 そんな僕に配慮するはずもなく、タラークの騎兵が再び森へ侵入しようと駆けている。

 今の僕は≪停滞≫を維持するだけで手一杯であり、このままでは素通りさせてしまう。


 それを止めようにも、この手に武器はなく、魔法を維持するだけで精一杯…それすらも難しくなるくらいの負荷が掛かり続けている。

 もう残っているのはこの頭と意地の悪さくらいなものだ。

 ………いや、もう一つだけ残っていた。

 喉……竜言語だ。


 だが、果たして僕の存在階位で肉体が耐えられるのか?

 そもそもどれだけの存在階位があればいいのか、それすらも分からない。

 竜という圧倒的な存在だけが扱えるその力を、ただの人間である僕が使って無事でいられる保証もない。


 ならば、使わなくてもいいんじゃないか。

 もしここで無理をしたら本当に終わりである。

 もういいじゃないか、ここまで頑張ったんだから。

 たった一人の子供が大勢の敵を倒した…凄い、怖いくらいにできすぎだ。


 だから、もう………目を閉じたって―――。


 目を閉じた暗闇には、一人の男の子がいた。

 その男の子の差した指先につられて後ろを向くと、男の子がハッキリとした声で語りかける。


『かけ がえ の ない モノ が ある』


 ―――――そうだよな。

 僕にとってもだけど、キミにとっても友達だったもんね。


「≪焦土≫」


 無意識に呟いたその竜言語は、僕の身体と世界を震えさせた。


「な…なんだコレは!?」

「消えねぇ! 火が…火がぁ!!」


 その平原は火で満たされていた。

 まるで天空に住まう神様が用意されたごちそうを舌で欲しいがままにするように、僕の口から吐き出される業火が平原をなめまわしたのだった。


 悲鳴・絶叫・断末魔……まるでこの世界が最初から地獄だったかのように彩られる。

 そうして世界に干渉したその言葉により、その場は焦土と化してしまった。


「………ボグガ……ゴレ"ヲ"……」


 焼け付くような喉の痛みを感じつつ見渡す限りの燃え盛る大地を見て、僕は意識を手放してしまった。 

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