第26話:逃避戦の始まり
後方からは無数の騎兵が迫り、前方には魔の手から逃れるキリークの一団。
それに挟まれる足止め係の僕……ハハハ、これに橋があればまるで三国志の張飛だ。
だけど僕はあんな万夫不当の豪傑ではない。
なら弱いなら弱いなりで意地悪く戦うしかないだろう。
ちなみにエイブラハムさんに救援の手紙を送ったのだが、返事が来る前に開戦してしまったので助けは期待できない。
いやまぁあの人に期待するのもアレかもしれないけどさ…。
そんな事を考えていると、後方から矢が雨あられのように飛んできたが、近くの地面に刺さるだけで終わる。
お互いに騎乗して高速移動しているからそうそう当たりはしない。
ゲームでよくある命中率一パーセントとかそんな程度だ。
……おかしいな、絶対に当たる気がしてきたぞ?
やはり確率はダメだ、ダイス判定なしの確定判定を信仰せよ!
僕は≪生成≫と≪収束≫で風の膜を作り上げる。
移動しながらじゃあ完全な膜は作れずに風が散ってしまうのだけど、それが乱気流のような効果を持っている為、矢を逸らしてくれている。
「射ち方、止め!」
矢が飛んでこなくなった事から、矢の無駄だと悟ってくれたようだ。
もしも射ち続けられたら僕はずっと魔法を使っていなければならず、この先の作戦に大きな支障が出ていたはずだ。
「フィル、交代だ!」
僕と交代するように前方からキリークの人達が下がってくる。
そして弓に矢をつがえて、後方のタラーク兵に向かって放つ。
矢による負傷で体勢を崩す人もいるにはいたのだが、その数はほとんど減らなかった。
「ハハッ、女如きの腕で通るものか!」
タラークからの嘲笑が聞こえた気がした。
タラークの人達が乗っているモンスターに矢は刺さったものの、ほとんど効果はなく、騎乗している人達もその装備の質によって矢を弾いていた。
「奴らの強さについては聞かされてはいたが、まさかここまでとはな…」
キリークの人が悔しげに呟くものの、その手が止まる事はない。
そうして進みながらも狭い山道に入り込む。
道の真ん中にはこちら側に向けられた槍の穂先があり、僕らは左右に分かれてそれを避ける。
僕はムコノにお願いして崖上に登り、左右の斜面を≪変質≫で脆くして下の道に崩していく。
タラークの兵士達は上からの瓦礫に注意しながらも道を進むけれど、注意が散漫になったり走る道幅が狭くなったせいでみずから槍に突っ込む兵士が出てくる。
そうなれば周囲を巻き込むように転倒する為、数が多いタラーク側にはそれなりの被害が出る。
そんな様子を崖上で眺めていたのだが、やはり元の世界と違ってあまり大きな成果は得られなかった。
まぁこの世界には存在階位があり、それが高いほどに強くなるという法則が敷かれている。
そして馬ではなく飼育されているモンスターも頑丈だから、取り返しのつかない怪我というのがしにくいようだった。
やっぱり相手の乗り物を何とかしないといけないなぁ…。
そうして夜になり、僕らは野営で身体を休める事になった。
キリークの人が偵察したところ、あちら側も休んでいる事を確認しているので、しばらくは大丈夫なはずだ。
もしも無理に追ってくるのであればまた逃げ始めればいいし、その時は休憩をとっていない方が先にバテる事だろう。
「ヨーウ! 元気か相棒!」
「ぐえぇ……重いよクレオ」
キリークの人達が用意してくれた夜食をつまんでいると後ろからクレオが背中に圧し掛かってきた。
なんでクレオがいるかというと、実はこの作戦の要だったりする。
本当ならばトリュファイナさんが来るべきだったのだが、流石に街の防衛を指揮するとなると、あの人意外の適任がいないのだ。
それはそれとして、僕の背中からはクレオによる身体的な接触が行われており、さらには甘い匂いも漂っ―――。
「クレオ! ムコノも頑張ったから褒めてあげて!!」
「おっ、それもそうだな! よーしよしよし、お前もよく頑張ったなぁ~!」
僕を解放したクレオは近くで休んでいるムコノの頭や顎を撫でまくる。
あっちもあっちで満更でもなさそうな顔をしており、性の境界線でG線上のアリアをダンスってる僕はちょっとイラっとした。
爬虫類はそういう悩みがないからいいよね!
これかからタマゴから生まれるやつらは!!
そんな僕らのやり取りを見ていたキリークの人が会話に入ってくる。
「さて、確認の為に作戦のおさらいといこうか」
僕は背筋を直して、改めてキリークの人に向き直る。
「先ずタラークの戦力を減らす事が目的です。だから逃げ切って見失われるといけません」
キリークの人が頷き、話の続きを話す。
「これがただの逃避行なら悪手なのだが、我々には明確なゴールがある。その地点まで奴らを誘き寄せねばならん」
「はい。だからそれまでに―――」
そこまで口に出したところで、何か気配を感じた。
「あの……周囲の安全は確認されてますよね?」
「ああ、その筈だが」
僕と話していたキリークの人が焚き火にある薪をひとつ掴み、それをグルグルと頭上で回す。
そうすると周囲からも同じような合図が返って来る。
「うむ、やはり周囲にタラークの影はなさそうだ」
キリークの人にとってこの周囲は地元のようなものだし、感知能力も他の人よりも高いので本当に大丈夫なんだと思う。
……だというのに、違和感が拭えない。
どうしたものかと夜空を見上げていると、星が消えたり現れたり―――。
「あの……空に何かいませんか?」
「空にだと?」
他のキリークの人達も夜空を見上げるが、何も見えないようだ。
「すいません、ちょっと月の方を見ててもらっていいですか」
僕は焚き火の光を≪収束≫で集め、それを空に向かって≪放出≫した
弱々しい光であったが、照らされた夜空からは消えない影の形が映し出されていた。
「クソッ! ロックレイブン共だ!」
その言葉を聞き、全員が戦闘体勢に入る。
つまり、モンスターによる襲撃だ。
こちらに見つかった事を悟ったのか、黒色の大きな鴉の群れが急降下で襲い掛かってきた。
「ここってモンスターの生息地なんですか!?」
「馬鹿いうな! 前までこんな事はなかった!!」
どうやらキリークの人達も初めての事らしい。
となると、最近何か変化があった考えたほうがいいかもしれない。
……どうしよう、ちょっと心当たりがある。
具体的には今まで竜がいたからここら辺のモンスターが少なかっただけで、それがいなくなったから戻ってきたんじゃないかって説が……。
いや、止そう…僕の憶測で皆を混乱させたくない。
とにかく原因よりも先ずはこの対処をしなきゃいけない!
キリークの人達が騎乗していたトゥース・ワンや僕の魔法を使いながら戦うも、苦戦していた。
闇夜に紛れているせいで矢が当たらない、空からの一撃離脱のせいで攻撃しにくい。
そして一番の問題は、どれだけの数がいるか分からない事だ。
数が分からなければいつまで戦えばいいのか分からない、先の分からない戦いというものは精神力を大きく削ってしまうものだ。
どうする…どうする……こういう時こそエイブラハムさんのヤバイ思考回路が必要なんだが、いない人の事を考えても仕方がない。
……いや、逆に考えてみよう。
"害悪という文字が人間の肉体を持って誕生した"とまで言われたあの人ならば、こんな状況でどうするか!
「すみません! トゥース・ワンってどれだけ指示を聞いてくれますか!?」
「こいつらは賢い、並大抵の事ならばちゃんと従ってくれるぞ」
よーし……それなら外道戦法の出番だ!
先ずは≪生成≫で土のドームを作り出して≪変質≫でその補強をする。
「なるほど、これであの鴉共を防ぐわけだな!」
「いや、あいつらが諦めなかったらずっとこれを≪維持≫しないといけないですから、そうなると僕の体力が持たないです」
というわけで、ここで考えた自分でもちょっとヒいた作戦です。
「ロックレイブンを引き連れた状態で、トゥース・ワン達をタラーク達の野営場所まで突っ込ませてください」
「………はぁ?」
それを聞いたキリークの人達が唖然している。
そうだよね、そういう反応になりますよね!
「別に死ねって言ってるわけじゃないですよ!? ロックレイブンの群れをあっちになすりつけるだけです!」
なにせあっちは僕らよりも人数が多く、食料も豊富だろう。
ならばエサが多い方に誘導してあげるのが優しさというものだ。
それでもキリークの人達は感情的に納得できないせいで悩んでいたのだが、今の状況よりかはマシだと判断してくれた。
「総員に伝達! トゥース・ワンをタラークの野営地まで走らせ、そのまま都市に帰らせろ!」
判断してからの行動はとても早かった。
各員が各々の相棒であるトゥース・ワンに指示を出し、僕の作ったドームの中に入る。
全員が入ったことを確認してから入り口を閉めると同時に、トゥース・ワンが吠えながらタラークの野営地に向かって走り出した。
しばらくは僕の作ったドームの外壁を攻撃してくるやつもいたが、不毛だと判断したのかすぐにその場から遠ざかった事が分かった。
周囲の音を聞いて安全だと判断した僕らは外に出る。
不幸中の幸いか、荷物はそこまで荒らされていなかった。
問題があるとするならば、ここからゴール地点まで徒歩で移動しなければならないという事だ。
あちらにレッドボアという足がある以上、僕らは今すぐここを発って移動しなければ明日にでも全員奴隷の仲間入りである。
戦えロックレイブン! 頑張れロックレイブン!
可能な限りタラークの連中に地獄を見せて足止めしてくれ!
お前達が頼りだ!!
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