第28話:過去からの追っ手

 意識を取り戻してまず気付いた事は、身体が縛られている事だ。

 しかもマジックユーザー対策として両手を合わせられており、このまま魔法を使えば自傷するようになっている。

 目を開けて周囲を見てみると、森の湿地帯を進むタラークのレッドボア達が運ぶ大きな檻の中に入れられているようだった。


「シーザー殿、もう撤退した方がいいのでは…」

「馬鹿な事を言うな! 逃げるキリークの尻を追っていたというのに、これだけの損害を出して戻ればどうなるか分かっているのか!?」


 僕に剛弓を放った人が激昂しているのが聞こえた。

 意識は朦朧としているが、先ずは現状を確認する事にしよう。


「この戦いはキリークの重要人物を捕えることで、あの都市を無傷で手に入れるという前提で動いているのだぞ! 装備も、そして人員も、あれだけ都合されておきながらこのまま帰れるわけなかろう!」


 普通ならば不測の事態に備えて色々と作戦を考えるものなのだが、あちら側が慢心している事…そしてユリウスさんが意図的に備えさせなかった事でこのような事になっている。

 ほんと、あの人が味方でよかった。


 タラークの兵とレッドボアはまだ数は残っているものの、最初の数に比べれば大分少なくなっている。

 これならなんとかなるかもしれない。


「ケホ……」


 思わず出そうになった安堵の声を我慢したせいで喉が痛み、おかしな咳が出る。

 そしてそれを聞かれた事で、僕の目が覚めたことも気付かれた。


「おい、この先に何がある! 答えねばその忌々しい喉に焼けた鉄を突っ込むぞ!」

「ンンッ! コノ檻ニ入レルナラ、ドウゾ…ゲホッ」


 僕の返答でシーザーと呼ばれた人はさらに顔を赤くするが、それだけであった。

 まぁいきなり口から炎を吐いて平原を焦土に変えた奴は怖いよね、僕も怖いもん。


「クソッ! おい、コイツが喋れないように何か噛ませておけ!」


 シーザーと呼ばれた人が後ろにいた兵士に命令するが、返答がない。

 後ろを振り向くが、そこには最初から誰もいなかったかのように、忽然とその姿を消していた。


「……おい、何処にいった!?」


 慌てて周囲の兵士が警戒するも、辺りからは静寂しか返ってこなかった。


「ヒッ!」


 誰かが水に足が取られて転んだかと思いきや、そのまま何かに引き摺られるように森の奥へと向かう。


「お、おい! 助けに行くぞ!」


 そして慌てて何人かの兵士が後を追って行ったのだが、その足音は途中で消えてしまった。


「おい、戻れ!………おい!」


 誰も呼び戻しに行こうとは思わなかっただろう。

 なにせ今の一瞬でさらに何人かの兵士がいなくなっていたからだ。

 こうなればもう恐慌状態、士気がどうこうとかいう問題ではなくなってしまった。

 ただ、それでもシーザーと呼ばれた人は兵と宥めようと右往左往としている。

 まぁそれも仕方がないかなって思う。

 本来ならばこの大きな檻いっぱいにキリークを捕まえて勝利の凱旋をするはずだったのが、今では僕専用のスペースとなってしまっているんだから。


「クソ…クソ……なんだこれは、悪夢か!?」


 あまりの展開に正気すら怪しくなってきた。

 ベトナムの密林で取り残された米兵もこんな気持ちだったのかなぁ。


 実際はレイシアさんから貰った僕のナイフをこのアマゾネスの領地に持って行って、アマゾネスと交渉してもらった結果である。

 もちろん、アマゾネス側にも利益がある提案も添えて。


『キリークを手を組めば、これからタラークの連中を合法的に浚えるぞ!』


 僕の短剣もあるからそれなりに信用してもらえるだろう。

 これでキリークとアマゾネス連合が結成され、タラークは強制的に二面作戦を取る事になる。

 キリークを攻めればアマゾネスが、アマゾネスを攻めればキリークが反対側から襲ってくるというやつだ。

 普通だったら巻き込むのはよくない事なのだが、アマゾネスの男日照りを考えたらむしろ喜んでもらえるかなって…。

 これで少しでも文明的アマゾネスに進化する事を切に願う。

 ……無理かな、アマゾネスだし。


「えぇい、撤退! 森の外まで一次撤退するぞ!」


 どうやら見えない敵にはどうする事もできないと判断したようだ。

 兵士達は急いで来た道を引き返すけれど、そうしてる間にも続々と人は浚われていく。

 もう完全にホラー映画でしかない。


「クソッ! 何もかも貴様のせいだ! せめてお前だけでも…ッ!」


 シーザーと呼ばれていた人が僕に弓を向けて、弦を引き絞る。

 マズイ! と思っていても、僕の手足は縛られていて身動きひとつ取ることができなかった。

 身体が限界だけど、こうなったらもう一度竜言語を使うしかない。

 地面に顔をこすりつけて猿ぐつわを取ろうと足掻くよりも早く、その矢は放たれた。


 しかし、直前に近くにいた兵士がシーザーに体当たりしたせいで矢はあらぬ方向に飛んでいってしまった。

 どういう事だろうか、パニックになった兵士がたまたま邪魔したのだろうか?


「ヒャッハァ! 借りを返しにきたぜぇ!」

「けっけっけっ…運が悪かったなぁ坊主!」


 近くにいた兵士が兜を脱ぐと、そこには特徴的な髪型の二人がいた。

 モヒカンAさん! モヒカンBさん!!

 どうしてこんなところに!!


「フッ…助っ人を連れてくるから遅れたが、もちろん俺もいる」


 エイブラハムさん!

 間に合ったんですね!!


「だが一つ問題がある…俺達だけではここから逃げられないという事だ」


 周囲の兵士達は僕達が諸悪の根源であるかのように睨みつけ、逃げれらないように包囲している。

 兵士達は武器を手にして、ゆっくりと…そして確実に包囲を縮めている。


「フッ…まさかここで罠に気付かない奴らとはな」

「なにっ!?」


 それを聞き、周囲の兵士がざわつく。


「ヘッヘッヘッ、俺達がどうしてこんなところで正体を明かしたと思ってんだぁ?」

「けっけっけっ、テメェらを一網打尽にする為に決まってんだろぉ!」


 エイブラハムさんの作戦を後押しするかのように、モヒカンさん達が喋る。

 勝てる…勝てるぞ、この勝負!


「鬱蒼とした森の湿地帯…罠をしかけるにはピッタリだとは思わないか?」

「馬鹿な! ここは我らが通った道…罠を仕掛ける時間などあるはずがない!」


 シーザーと呼ばれていた人が狼狽しながら吠える。

 それに応じるかのように、エイブラハムさんが微笑みながら答える。


「フッ…その通りだ」


 一瞬、場が完全に沈黙した。


「………その通り、なのか?」

「ああ、罠を仕掛ける時間なんてなかった」


 あまりの発言に相手が聞き直したのだが、正直に自白してしまった。

 なんでこの人は罠もないのにどうして自信満々でいられるの!?


「えぇい、時間の無駄だったわ! 掛かれぃ!」


 相手の怒りに火を注いだのか、イキリたってこちらに迫ってきた!


「馬鹿め! 何の策もなく俺がこんなところにいると思っているのか!? 俺の合図ひとつで、お前らは全員始末されるというのに」


 それを聞き、再び全員の動きが止まった。

 ただ先ほどまでのやり取りがあったせいで、疑心暗鬼に陥っているようにも見える。

 僕としては、何も考えてないに清き一票を百六十キロの剛速球で投票箱へ投じたい。


「フッ…ならば無知蒙昧であるお前達にも分かるように実際に見せてやろう。俺がチェックメイト!と言って指差した奴は、この場から消える場面をな!」


 先ほどまでのいい加減な発言から打って変わり、しっかりと予告したせいで周囲がざわつき始める。

 もしかしたら本当にあるかもしれない、だからこいつはこんな状況でも平気なのかもしれない。

 様々な疑念に囚われてしまったせいで、誰もその場から逃げることすらできなかった。


「さーて、だ・れ・に・し―――チェックメイト!」


 あまりにも突拍子な宣告に全員がその指先に集中した。

 そして指をさされた兵士は自分の身に起こる何かを恐れて震えている。


 ………だが、何も起きなかった。


「おい……何も起きんのだが?」

「フッ……」


 拍子抜けとなる結果を受け、相手側は全員エイブラハムさんに対して殺意を向けている。

 分かるよ…僕も同じ立場だったらそう思ってたよきっと。


「だったらどうだと言うんだ?」

「開き直ったぞコイツ!?」


 あまりの展開に、僕もモヒカンさん達も唖然としている。

 いやもうホント……色々とヒドイ。

 流石はマジックユーザーギルドの人に"害悪という文字が人間の肉体を持って誕生してきたやつ"と言われるだけはある。


「フッ、こうなったら奥の手を使わせてもらおうか」

「も、もう騙されんぞ!」

「いい加減にしろ!」


 エイブラハムさんが意味深に懐へ手を入れるのだが、誰もそれを気にしていない。

 というか相手側からブーイングが飛んでいるのに、涼しい顔で流している。

 面の皮の厚さが六法全書くらい厚いぞアレ!

 そして勢いよく手を出し、握りこぶしのまま手を上へとあげた。


「フッ……お手上げというやつだ」

「今までの行動が嘘みたいに諦めるのが早いな!?」

「だが待ってほしい…もしかしたら、もしかしたらここから逆転する策があるかもしれんぞ」

「誰が信じるか! ええい、時間を無駄にしたわ! 今すぐ血祭りにあげてくれる!」


 多分、今ここにいる人達の心が一つになった気がする。

 あぁ……人と人ってこうやって分かり合えるんだなぁ…。

 タラークの人達が殺意を滾らせて武器を構え、そして僕らに襲い掛かってきた。


「フッ…その時間が欲しかったんだ」


 その言葉を聞いても誰も止まらない。

 だけど―――誰よりも早く影がそこにあった。

 

 襲おうとしていた兵士の何人かが何かに突き飛ばされたように後ろに倒れる。

 周囲の木々がしなる音、何かが着地したような水面の音、そしてその度に人が倒れる音がする。


「な……なんだ! これはいったいどうした!?」


 先ほどまでのギャグから一転、惨劇と化した場面に取り残された人達は戦うことも逃げることもできず、ただただ自分の番が来るまで飛び交う影にうろたえることしかできなかった。

 ただ一瞬…その影と目が合った気がした。

 いや、気のせいだろう……そうに違いない。


 けれども、その影の正体は僕の正面に現れてこう言い残した。


「いま助けるからね、あたしの運命の人♪」

「ギャアアアアアアアア!!」


 そこには逃げ切ったはずの因果が……船で新大陸へ運ばれたはずの約束されしヤンデレ、メレトがいた。

 喉の負傷も忘れて大声をあげた僕は、その痛みによって再び暗い意識の中へと落ちていった。

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