第23話:悲劇は即興劇へと替わる

 ユリウスさん達との自己紹介を終えてから、僕らは竜のいた山の周囲を調べたり、休憩したりして時間を過ごしていた。

 休憩中に飲み物を振るまわれたのだが、まさかのお酒であった。


「大丈夫、毒は入ってないよ」

「いやぁ…アルコールそのものが毒みたいなもんじゃ……」


 意を決して飲んでみるも、まだまだ舌が慣れていないせいで全然おいしく感じられなかった。

 そんな僕の姿を見て、他の人達が笑いながら自分のお酒を飲んでいる。


「ハッハッハ! まぁ子供にゃまだ無理か!」

「大きくなったらまた挑戦するんだな」


 そして休憩を終えて再び調査をしていると、ユリウスさんに肩を叩かれた。


「ちょっと一緒に連れションとかどうだい?」

「あー…そうですね、ご一緒します」


 そう言って僕らは少し離れた場所で用を足す。

 もちろん、わざとこうやって誘ってきたからには他の用もあるのだろうが、この人は僕の方ばかりを見ていた。


「うん、ちゃんと男だね!」

「その為にわざわざ連れションに誘ったんですか!?」

「ごめん、ごめん。ただ念の為にね?」


 ユリウスさんが笑いながら謝ってくれたが、すぐに真剣な顔と声で話し出す。


「今まで僕らがキリークに攻められなかったのには、竜を刺激する可能性があったからだ。だけど、その懸念が消えた今……戦争を仕掛けるべきだという声が増えている」


 その声は落ち着きながらも、何かに迷っているようにも聞こえる。

 やはりこの人は原作の時のように、戦争に反対しているのかもしれない。


「そういえばタラークの街に住んでいる人達の内、どれだけの人が純粋なタラーク人だと思う?」

「そうですね…他の街からも移住してきている人もいますし、七割くらいですか?」


 ユリウスさんは頭を横に振り、こう答える。


「今はもう、一割もいないよ」

「はぁっ!?」


 あまりの事実に、思わず声が上ずってしまった。

 タラークの人達は過去のキリークとの因縁に決着をつけるために戦争を始めたはずだ。

 だというのに、純粋なタラーク人がほとんど居ない今、それを理由にして戦争をするなんてどうかしている!


「だというのに、皆が過去を清算すべきであると声をあげてキリークを攻めようとしている。だって、その方が気持ちよく戦えるだろう?」


 ユリウスさんは自嘲気味に笑うのだが、僕はただただ呆然とするしかなかった。


「結局の所…男とか女とか、タラークだとかキリークだとか、そんなものは関係ないんだよ」


 それは……そうだ。

 だって元の世界でも色々な理由で戦争をしていた、殺し合ってた、虐殺していた。

 それならこの世界でもそうであっても不思議じゃない。

 けど……そうだとしても………。


「なんか…イヤだなぁ……」


 子供の頃、夢と希望を与えるはずの遊園地が資金難で閉鎖した時と同じような気持ちになってしまった。


「過去の恨みがあるというのなら、それで戦争したって構わない。だけど、いま開戦を主導している人達は利益しか考えてない。俺はそんな事のダシにされる祖先が不憫で堪らないんだ」


 静かに、けれども確かにユリウスさんは自分の思いを口にする。


「―――ま、だから青いって言われたんだけどね」

「僕は……良いと思いますよ」


 哀しく笑うユリウスさんを励ますように僕は言う。

 彼は利用される死者を想っている、それは間違いであるとは言いたくなかった。

 

 そんな僕らの空気をぶち壊すかのように、遠くからムコノが走ってきた。

 いったいどうしたのかと思ったら、僕らが用を足した場所の臭いを上書きするかのようにマーキングしだした。

 ジョボジョボと規格外の排泄音が響き渡り、先ほどまでの暗い空気は霧散してしまった。


「ハハハ、それじゃあ俺たちは先に戻ろうか」

「そうですね―――」


 気分を切り替えて戻ろうとし……僕はユリウスさんの手を掴んだ。


「貴方は、殺される事になります」

「え…?」


 そして僕の言葉を聞き、その表情は固まってしまった。




 しばらくして、僕はユリウスさんの首に短剣を押し当てた状態で休憩地点に戻った。

 それを見て他の人達は武器を抜きながら立ち上がるのだが、その動きを制するように叫ぶ。


「動くな! 武器を捨てろ!!」

「……皆、彼の言う通りにするんだ」


 彼らは困惑しながらも、ユリウスのいった通りに武器を捨てる。

 その目には怒りが宿っており、隙を見せれば即座に僕を取り押さえる事だろう。


「フィ…フィル君……馬鹿な事は止めるんだ。こんな事をして、何の意味がある?」

「意味ならありますよ! 貴方は戦争の邪魔だったんです!」


 僕は勝利を確信したかのような高笑いをしながら演説をする。


「タラークの偉い人達はキリークを攻め落とし、その利益を手にしたい。けれども権力者の一人息子である貴方の影響力がその邪魔をしている…だから貴方をキリークの手で殺された事にして、戦争の理由になってもらいたいんですよ!」


 それを聞き、周囲の人達は全員困惑した表情を浮かべる。

 ユリウスさんはそれでも諦めてないかのように声を振り絞る。


「……ここで俺を殺したところで、逃げられるとでも?」


 僕は不敵な笑みを浮かべてそれに答える。


「フフッ…僕一人なら確かにそうですね。ですが、協力者がいるとしたら?」


 僕が指笛を吹くと、まるで包囲しているかのように周囲からガサゴソと草木が擦れる音が聞こえ、皆の顔色が変わった。

 それもそうだ、子供一人だと油断していたら敵に囲まれていたなんて、悪い夢だ。


「それと、スパイの方達はちゃんと死体の運搬をお願いしますね」


 そうして僕は一人の男に目配せする。

 それを見て、ユリウスさんは愕然した。


「ウソだろ……ブルータス、俺を裏切っていたのか…ッ!?」

「違いますよ。裏切るもなにも、最初から味方じゃなかったんですから」


 ブルータスと呼ばれた男性は落とした剣を拾い上げ、そしてそれをユリウスに向けた。


「俺もこんな事はしたくなかったんだよ。ただなぁ…お前さんはちょっと潔癖すぎる。それじゃあ生きにくいんだよ」


 その言葉を合図に、さらに二人の男が落ちた剣を拾いなおす。

 つまり、スパイは三人だったわけだ。


「それにしても、まさかこんな急に終わるだなんてな。何も知らされてなかったせいで、驚いちまったぜ」


 ブルータスと呼ばれた男が下卑た笑いをしており、その仲間もつられて笑っている。

 残された人達は信じられないかのような表情を浮かべ、戦う気力も失くしているようだった。


「そりゃあそうでしょう。だってウソですから」

「―――は?」


 まるで冷や水を浴びせかけられたかのように、動きが止まる。

 僕はユリウスさんの首に当てていた短剣を、≪生成≫そして≪放出≫で飛ばしてスパイの肩に当てる。


「てめぇ! 騙しやがったな!」

「先に騙してたのはどっちだ!」


 ブルータスが剣を構えてこちらに向かってくる。

 けれども自由になったユリウスさんが腰に隠していたムチを取り出し、それで相手の武器を弾き飛ばした。


「残念だよ、ブルータス」

「クソォ!」


 ユリウスさんはムチでブルータスの身動きを封じるも、もう一人のスパイが武器を振り下ろしてそれを切ろうとする。

 僕が再び指笛を吹くと、背後から走ってきたムコノがその人に圧し掛かる。

 実は包囲されていると見せかける為に音を出させたのもムコノの活躍だったりする。


「ありがとう、フィル君。キミのおかげで助かったよ」

「いや~演技がバレなくてよかったです」


 スパイ以外の人達はあまりの展開についていけずに呆然としていたけれど、僕らが仲良く会話するのを見て、ようやく僕らの作戦だった事に気付いたような顔をした。


「チクショウ、まさか若の命を狙ってやがったとは…!」

「ここでモンスターのエサにしてやろうか!」


 怒りを抑えられないのか、何人もの人がスパイに詰め寄る。

 それをユリウスさんが凛とした声で抑えた。


「諸君らの怒りは尤もだ。ではここで殺すか? それでは何も解決しない」


 殺されかけたユリウスさんの言葉だからこそ、他の人は何も言えなくなってしまった。

 取り敢えずはスパイの人達が逃げないように縛り上げる。

 そしてこれからどうしようかと考えているとユリウスさんが話しかけてきた。


「さて、それでは対話を始めよう。何事も対話こそが物事の解決を図る最初の手段だからね、キリークの子フィル君」

「………いえ、違いますけど」

「エッ!?」


 僕が否定すると、物凄く驚かれてしまった。

 そんなに僕って女の子っぽいかなぁ…?

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