第24話:戦争で繋がる男女の線

「なんで僕を頑なに女の子にしようとしてるんですか!!」

「いや、そういうわけではないんだけど…。ほら、普通のマジックユーザーがこんな事に首を突っ込むわけないし……」


 まぁ、それは、その…うん……そうかもしれない。

 というか今までトラブル続きだったせいでそこら辺の基準がかなりガバガバになってるなぁ。


「だからフィル君が純潔を失ったキリークの人が生んだ子供で、迫害でこじらせたせいでタラークに接触してきたのかなってね?」

「僕より想像力あるんじゃないですか!?」


 僕にそんなこじれた親子関係ないよ!

 なんせスッパリ縁を切られたからね!!


「じゃあ、どうしてキミはこんな危険な橋を渡ろうとしたんだい?」

「僕は、その…キリークの友達がいますから」


 キリークにもタラークにも、それぞれの都合と理由がある。

 だから僕はどっちの味方にもなれるし、敵にもなる。

 そんな僕がこんな事をしてるのは…種族がどうこうではなく、友達がいるからだ。


「そう、か…友達がいるなら……頑張らないとな」


 少し哀愁を感じさせるような雰囲気を漂わせて、ユリウスさんが呟く。


「もしかして……その人が友達でした…?」


 捕えられた人達を見ながら僕が気まずそうに尋ねると、ユリウスさんが頷く。


「ああ、何年も一緒にいた仲間…だと思ってたんだけどなぁ」


 それを聞いても、捕えられた人達は何も言わない。

 兜を被っているせいでどんな表情をしているかも分からないが救いだろうか。


「さて、取り戻せないモノに思いを馳せるのはここまでにしよう。我らはこの裏切り者を連れ帰り、戦争を企む陰謀を白日の下に晒さなければならない」


 空元気かもしれないが、それでもユリウスさんがハッキリとした声で喋る。

 ただ、彼の行った言葉に一抹の不安を覚えて、尋ねる。


「そうなれば、戦争は止まりますか?」

「どうだろうね…。努力はするよ、だけど絶対に止められるかと言えば……」


 そこで言葉を濁される。

 それもそうか…そもそも純粋なタラーク人はもう一割もいない。

 それはつまり、これはもうただの種族間の問題ではなく、人間による業という事だ。

 元の世界でも何度も何度も繰り返されてきた、人によるありふれた習性である。


 嗚呼…この世界がもっと都合のいいものであったのなら、いいのに。

 争いたい人だけが争い、そうではない人が巻き込まれない…そんな世界だったら―――。


「ユリウスさん…逆に止められないのなら、コントロールする事はできないですか?」

「戦争っていうのは、人の意思による大きな流れだ。それを止めたりコントロールするのは…難しいだろうね」


 確かにその通りである。

 煽るだけならいくらでも出来るだろうけど、方向性を持たせるとなると色々と条件が必要だ。


「本流をコントロールすることは無理だって分かってます。だけど、殺し合いをしたい人達だけを傍流に誘い込むことはできるんじゃないでしょうか?」

「まぁ…誰もが戦争を望んでいるわけじゃあない。だから不可能じゃないとは言えるけど、どうやって?」

「……囮作戦です」


 そして僕はまだ枠組みしかないものの、作戦の概要を説明した。

 簡単に言えば戦力を二つに分けて戦うというものだ。

 戦争に乗り気じゃない人達は権力者の一人息子であるユリウスさんが率いて、そうじゃない戦力は乗り気な人達に任せる。

 そしてユリウスさんはダラダラと戦い、キリークの人達は戦争を望む人達の方へ主戦力を回すといったものだ。

 僕としてはこれ以上の作戦が思いつかず、祈るようにユリウスさんの言葉を待っていた。

 ただ、やはり浅知恵であるせいかユリウスさんの顔色はよくなかった。


「今聞いただけでも、二つ大きな問題がある。先ず、こちらの戦力は恐らくキリークの倍以上ある…それに備えて来たわけだからね。だから、そもそもキリークが主戦力をそちらに割いたとしても勝てない可能性がある」


 確かに……タラークでは飼い馴らした猪型モンスターに騎乗して戦うフリークスという部隊が存在している。

 それだけでも脅威だというのに、歩兵や弓兵だって揃えられている。

 マジックユーザー部隊なんてものがないだけまだマシだが、それでも彼我の戦力差は大きく離れている事だろう。


「二つ目の問題…それは、僕らの率いる戦力が本当にキリークに牙を剥かないかどうかを、相手が信じてくれるかどうかだ」


 そうか…僕がユリウスさんを信じていたとしても、キリークの人達が信じる理由にはならない。

 そんな基本的な事まで見落としていた自分に嫌気が指す。


「ただ、だからといって何もしないよりかはずっといい。この線で進める為にも、あちらの代表者を話し合えればいいんだけど…」

「あ、僕の友達の伝手で手紙なら届けられます!」

「それは良かった。それじゃあ少しだけ待っててくれ」


 ユリウスさんは手早く道具袋から紙とペンを取り出してスラスラと何かを書き出し、それを僕に渡した。


「俺としては…キリークの人と手を取り合おうとは思っていない。だけど、この戦争は間違っているし、止めたいという思いがある。もしもあちらも同じ気持ちなのなら、我々は最初の一歩を踏み出せるんだと信じている」


 この手紙はユリウスさんの決意そのものだ。

 そしてそれを託されたからには、男として応えなければいけない。


「託されました、任せてください」

「あぁ、任せた。我々は三日だけここで待機する、だから返事は早めに貰ってくれると嬉しい」


 僕は確かに頷き、指笛を吹いてムコノを呼んで跨る。

 僕の手の中にある一枚の紙が、多くの人の命を左右するものだという重みが、ひどく僕の背中に圧しかかる。




 キリークの街に戻った僕は大急ぎでトリュファイナさんの元へ向かい、手紙を渡した。


「なんだ、いったい…まさか恋文とかでは……ッ!?」


 顔には出なかったものの、中途半端に止められたその言葉はトリュファイナさんの心情をよく表していた。


「詳しい話を聞かせてもらうぞ、館に戻る」

「はい。あと、できれば人払いもしてもらえれば…」


 そして僕は密室の中、一対一でトリュファイナさんと話す事になり、先ほどまであった出来事について話を共有した。

 あまりにも突拍子が無い話だったせいか、ずっと黙っている。

 やっぱり信じられてないのかな…。


「……話の細かい真偽はさておき、このユリウスという人物はどういう奴だい?」


 こちらを射抜くような鋭い視線で尋ねられる。

 下手なウソなどつくつもりはないのだが、それでもやはりキリークの長たる人の眼力に怯みそうになる。


「僕が思うに……正しい人、だと思います」


 あの人は優しいだけの人じゃあない。

 だって戦争そのものを否定しているわけじゃなく、あくまで戦争の道具として祖先を扱おうとしているから止めようとしているだけだ。


 そして悪い人でもない。

 僕がキリーク側の人間だと知りながらも、態度を変えることなく利用しようともせずに接してくれたのだから。


 だから、正しい人だと評したのだ。


「正しい奴が信用できとは限らないよ?」


 先ほどよりも力を込められた瞳を向けられるけれども、僕はそれに真っ向から立ち向かう。


「なら、正しくない人なら信用できるんですか?」


 しばらくの沈黙……そしてトリュファイナさんが口を開ける。


「まぁ、分かりやすいという意味ではそうだね」


 利益があれば、その利益がある限りは裏切らないという意味だろう。

 感情だけで人を信じることなどできるわけがない、それが種族をまとめる人なら尚更だ。

 万難を排したとしても騙される人はいるし、騙そうとする人がいる。

 こればっかりはどうしようもない問題だ。


「そういう意味では、少年も同じなんだがね。クレオが目的なら脱走した時に浚うこともできたのにしない、他に目的があったとしても、何も行動しちゃいない…。少年、キミは何の為にここにいる?」

「帰るのに必要な食料や雑貨、あと足を買う為のお金がないからですけど!!」


 移動手段も食料もないからお金が必要なのに、それを稼ぐ方法がないから足止めされてるんです!


「食料なら日持ちする奴を少し多めに要求しといて、少しずつ溜めればよかっただろう。金だって相談してくれれば工面したってのに…」

「えっ、どうして言ってくれなかったんですか…?」

「あんたは一度も帰りたいって言わなかっただろう」


 そうだっけ…そうだったかも……。

 というかお金をくださいって言うのが怖かったから言わなかっただけかもしれない。


「……で、金を用意したらあんたはここから出てくのかい?」

「それは―――」


 帰りたい気持ちはある。

 だけど、ここで帰るわけにはいかない。


「手紙のユリウスってやつが心配なのかい?」

「もちろん、それもあります」


 ここで僕がいなくなれば、戦争によって大勢の人の命が失われるかもしれない。

 だからこそ、ユリウスさんの信頼に報いる為にも残りたいという気持ちもある。

 ただ……もっと身近な理由が僕にはあった。


「クレオの…友達の為に残りたいって言ったら、怒りますか?」


 ちょっと気恥ずかしくもなりながらも、恐る恐る聞いてみる。

 そんな僕をトリュファイナさんが無表情で睨んでくる、怖い。

 これは下手するとおたくの娘さんを狙ってるって宣言になるんだろうか?

 いやいや、でもクレオは男って言ってるし友情って事でどうにかならないでしょうか!


「ハハハッ! いいだろう、遠征に行くよ。ついてきな!」


 突然、トリュファイナさんが笑いながら手を叩いて立ち上がる。

 僕は驚きながらも、部屋から出て行くトリュファイナさんの後に着いて行く。


「あの! 遠征ってもしかして―――」

「ああ、ユリウスの坊やに会いに行くのさ」


 僕としては協力してくれる手紙の返事を書いてくれるのがベストだと思っていたのだが、まさか斜め上の結果になってしまい戸惑ってしまう。


「あの、あの! タラークの人だけど信じてくれるんですか!?」

「いいや、会っても居ないやつを信じる馬鹿がどこにいる?」


 そうハッキリと告げられて二の句が継げなくなってしまった。

 だけど、信じられないという事はつまり、タラークの人を殺―――。


「だから、こんな七面倒くさい事に自分から巻き込まれてく少年を信じる事にした!」


 つまり…僕の今までの行動と、そして積み上げた信用がこの人を動かしたという事だ。

 あまりにも大きな出来事なせいで不安がある反面、物語の主人公でもない自分が人に認められた事を少し嬉しく思った。



 そうして少数の護衛と共に、僕らはユリウスさんの元へと向かった。

 万が一という事も考えられる為、引継ぎなども終えてから出発したので夜になってしまったのだが、それでも同行する人達は慣れた手つきで作業を進めていく。

 途中でクレオに見つかって「オレも一緒に行く!」と言っていたのだが、トリュファイナさんの鋭い手刀で黙らせられていた。


 キリークの人達は飼い馴らされた犬型モンスター、トゥース・ワンに騎乗して山道を進む。

 流石にムコノのように切り立った斜面は登れなかったので、多少遠回りしながらもユリウスさんの元へと向かった。

 ムコノが匂いを覚えていてくれたおかげもあり、夜が更けた辺りで彼らと合流する事ができた。


「へぇ……あんたがユリウスの坊やか」

「我が名はユリウス・ソール。初めまして、キリークの民よ」


 キリークの武装兵がいきなり現れたこともあり、タラークの人達は臨戦態勢に入っていた。

 だというのに、ユリウスさんだけは堂々とトゥース・ワンに騎乗しているキリーク全員に向き合っていた。

 そう…これこそがタラークがタラークをたらしめる度胸なのだ。


「私はトリュファイナ・アルテミス、キリークの代表者だ」


 それを聞き、タラークの人達に動揺が広がる。

 だってまさか相手の親玉がいきなり来るだなんて予想できるはずがないんだもの。

 だというのに、ユリウスさんは表情を変えることなく対応している。

 いやぁ、並の神経じゃあんなの無理だよ。


「……私のクビを取れば、戦う事なく戦争を終えることができるな?」


 その言葉でタラークの人どころかキリークの人達まで驚いている。

 だというのに、ユリウスさんだけは余裕を持たせた顔で受け答えをしている。


「確かに、我々が争う事は止められません」


 ユリウスさんが剣に手を伸ばすと、キリークの人達が武器を構える。

 それに応じてタラークの人達も今にも飛び掛りそうな形相になる。

 けれども、ユリウスさんはその手にした剣を外して地面に落とし、そして地面に座った。


「それでも我らがこの場に集ったのは、話し合う為のはずです」

「…そうだな。お前達が思うほど、私も血気盛んなわけではない」


 トリュファイナさんもそれに倣うように、トゥース・ワンからヒラリと降りてユリウスさんの前に座る。

 こうして歴史上において、数少ないキリークとタラークによる密談が交わされた。

 戦争を止めることはできない…だけど、その流れを僕らが変えるのだ。

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