第21話:ニュートマンティスの巣穴
僕がキリークの街で暮らして数日、今はクレオとばかり行動していたりする。
本来ならば早くエスクードの街に戻りたい所なのだが、一文無しのせいで身動きがとれないのだ。
そもそも、キリークには色々な人が乗って移動する為の乗合馬車というものが存在しない。
つまりここから帰る場合は馬などの乗り物を買うしかないのだが、そう簡単に買えるものじゃない。
ならばお金を稼げばいいという話なのだが、この街の仕事を外部に人間に任せるような所がないのだ。
それもそうだろう、なにせタラークの回し者がその仕事に就けば、そこから街の生活が決壊する可能性が出るのだから。
だからいっそクレオにお金を貸してもらおうと思って相談した事があるのだが…。
「ああ、オレの無茶に付き合ってもらったんだからいくらでもいいぞ!」
「……ごめん、これじゃちょっと足りないかなぁ」
文字通り子供のお小遣いレベルだったので、ちょっとどころじゃないお金が必要になった。
「そうだ、母様に相談してみようぜ!」
そう言って立ち上がったクレオを、僕は全力で引き止めた。
なにせ仮にもキリークの長であるアルテミスの長女…長男……子供に巻き込まれたとはいえ、危険な目に会ってしまったのだ。
あそこではああするしかなかったとはいえ、それが真実であるかどうかなんて確かめられるはずもなく、下手すれば誘拐犯として処罰される可能性もあった。
今こうやって自由に動けるのはトリュファイナさんのおかげではあるものの、だからといって無茶な事をすれば立場が悪くなる。
「なぁなぁ、それなら前に話してたエイブラハムって人から借りるのはどうだ?」
「あの人…かぁ……」
悪い人では……性根が悪いか。
危険な人では……危ない人だった。
致死性ではない人物だけど、だからこそ借りを作りたくないという気持ちがある。
というか、貯えとかあるんだろうか…勝手なイメージだけど、その日暮らしっぽい気がする。
「やっぱりダンジョンとか探して、そこで一攫千金狙いが一番かなぁ」
「そいつはロマンがあるな! で、この近辺にダンジョンなんてあったっけ?」
「流石にそこまでゲーム内容を暗記してたわけじゃないから知らない…」
なんなら前に行った竜の寝床もダンジョンの一つだけど、あそこはもう更地になったせいで何も残ってないと思う。
下手すると僕は一生ここで飼い殺しになるのではなかろうか。
「こんな所で頭を抱えてたって金は降ってこない。なら、自分の足で探すしかない…そうだろう、相棒!」
相棒ってなんだよ、棒があるのは僕だけだよとは言わないでおく。
とはいえ、とにかく先ずは行動しなければ始まらない。
というか下手に待ってたらトラブルの方が助走をつけて体当たりしてくるから一刻も早くなんとかしないと。
「そうだね。それじゃあ前みたいにこっそり出て行こうか」
「安心しなって、オレ達ならきっと伝説の装備だって手に入れられるはずだ!」
そんな物があっても扱えないよ…。
そして僕が指笛を吹くと、それを聞いた衛兵さんがスグにやってきた。
「クレオが逃げようとしてました。しっかり捕まえててください」
「相棒!? どうして裏切ったんだ相棒!!」
抵抗するクレオだが、衛兵の人達には何の意味もなく、捕まってそのまま連れて行かれた。
「ご協力感謝いたします」
「いえ、お約束でしたので」
トリュファイナさんとの約束でクレオが何かやらかそうとしたら通報するようにと約束したのだ。
ちなみに一回の通報につきお金が少々貰えるのだが、クレオの身柄を売ったわけではない。
僕からの親切心であり、保身である。
流石にまた危険な目に会わせるわけにもいかないからね。
そうして僕はまたこっそりと壁の穴から抜け出し、クレオから教えてもらった指笛を使う。
しばらくするとトカゲのムコノがこちらに駆け寄ってきたので、鞍をつけてその背に乗る。
さて……今度こそ平和に終わりますように…ッ!
しばらくムコノに乗りながら山岳地帯を散策していると、なにやら怪しい穴を見つけた。
人工的な穴ではないものの、こういうのもダンジョンだったりするかもしれない。
ムコノに乗りながらでも入れそうではあるものの、もしも戦う事になった時はかなり不安定な体勢になってしまい、下手すると振り落とされそうな気がするので歩いて中に入る事にする。
「いいかい、僕が帰って来るまでここに待っててくれよ。フリじゃないからな、絶対に帰るなよ?」
「ギュラララ!」
流石はクレオが手懐けたモンスターだ、ちゃんと意思疎通できている。
僕は鞍から降りてゆっくりと穴に近づく。
「ケエエェ!」
それに反してムコノがけたたましい雄叫びを上げて、ドタドタと足音を鳴らしながらどこかに走り去っていった。
……うん、まぁ、知ってたよ?
アイツが器用に人語を理解しているとか思うわけがない。
指笛を鳴らせばまた来るだろうけど、今はまだ必要ないので放置しておく。
明かりとなる火を≪生成≫して、僕は穴の中に入る。
生物の臭いどころか、死臭しか漂ってこない。
暗闇が続く穴を進んでいるとまるで黄泉の国に入っていくかのような錯覚を覚え、すぐに入り口に戻った。
実際に冥府という場所は存在しているのだが、その入り口はここではない。
それを知っていても、やはり怖いものは怖い!
そう、先が分からないから怖いのだ。
ならば先ずどれくらいの大きさかを調べるべきだろう。
僕はわざと生木と枝を拾い、穴の入り口に集める。
そして≪生成≫した火で無理やり燃やしつつ、風を≪放出≫することで煙を穴の奥へと送り込む。
これで大体の大きさは分かるはずだ。
しばらく煙を送り込んでいると、別の場所から煙が漏れ出ていることが分かった。
どうやら入り口は一つではなかった…というか、これだとダンジョンというより何かの巣穴のように思える。
まぁそれならそれで別に構わない、僕は入り口を一つ残して全て埋め立てて、罠を仕掛ける事にした。
自分達の巣穴に異変があれば戻ってくる、そういった習性を利用する為に僕はさらに煙を出して待った。
魔法を使って地面の中に隠れていると、大きな足音と共に巣穴の主達が帰ってきた。
カマキリのようなカマを持ちながらも、二足歩行をするトカゲ…ニュートマンティスである。
四匹のニュートマンティスは威嚇や警戒をしながら巣穴の周囲を念入りに調べる。
とはいえ、流石に土の中にいる僕を見つけられるはずもなく、そのまま巣穴の中へと入っていった。
それを確認した僕はこっそりと土の中から出てきて、用意しておいた生木と枝を入り口の中にこれでもかといわんばかりに押し込む。
あとは他の入り口を閉じたように、≪変質≫で天井を脆くしてから崩し、再び≪変質≫で固くすることで閉じ込めることに成功した。
一応、僕の指だけが入る小さな穴は空いてるものの、これで閉じ込める事には成功した。
あとはその小さな穴から火を≪生成≫して生木と枝を燃やして煙を出し、巣穴の中を煙で充満させる。
しばらく焼いてから入り口に封をすると、壁の向こう側からガリガリと瓦礫を引っかくような音が聞こえる。
残念だがニュートマンティスでは壁を掘ることはできない、大人しく死んでほしい。
しばらく待つと音がしなくなったが、念の為に更に煙と炎を使って巣穴を完全に灼熱地獄にする。
完全に中にいたやつらが死んだところで、巣穴の入り口を壊して中に入る。
中はまるで竈のような状態であり、迂闊に入ったら火傷しそうなので水を≪生成≫して小さな膜を作ってから入る事にする。
少し歩いたところで、ニュートマンティスが四匹とも死骸となっている事を確認した。
「……これ、持ち帰ったら素材になるかな」
ゲームだと装備や薬の素材になったと思うのだが、こんな焼き殺された状態のものを買い取ってもらえるだろうか。
いや、そもそも剥ぎ取りの方法も知らないから丸ごと持ち帰るしかないのだが、僕にこれを持ち運ぶことは無理だ。
仕方がないので諦めて巣穴の奥に進むと、貯蔵庫が見つかった。
貯蔵庫といっても資材などではない……食料やそういったものであり、つまりは生物の肉や内蔵……もちろん人だったものも目にはいった。
ただ、ニュートマンティスは装備品などは食べないので、そういった物はどっさりと残っていた。
僕はそこに残っていたお金や装備などを拝借して外に出ると、何かおかしな気配を感じた。
今まで何度も厄ネタに巻き込まれただけあって、僕の存在階位はそれなりに高くなっていたおかげである。
巣穴を出てから気配の方向へ目を向けると、こちらに近づいてくる一団が見えた。
それは男性の集団であり、しっかりと統率が取れている事が遠目から見ても分かった。
逃げるべきか、それとも隠れるべきかを考えていたのだが、今からムコノを呼んだとしても間に合わない可能性がある。
そもそもやましい事はしていないし、堂々と挨拶する事にした。
「こんにちはー!」
「やあー! キミひとりかい?」
さて……念の為に魔法を行使する準備を整えながら近づく。
いざとなれば竜言語とアズラエルの肋骨を向けるのもやぶさかではない。
「はい、そうです! 皆さんは何しに来たんですか?」
「……実は、仲間がモンスターにやられたみたいでね。遺品だけでも持ち帰る為に、こうやって人数を集めてやってきたんだ」
人数は約六名、もしかしたら隠れている人もいるかもしれない。
相手が兜を被っているせいで表情は見えないのだが、嘘ではないと思う。
「もしかしたら、これの持ち主さんですか?」
「ッ! キミ、これは何処にあったんだい?」
どうやらビンゴだったみたいだ。
僕はニュートマンティスの巣穴の奥へと案内した。
中の惨状を見て吐いたりする人はいなかったものの、どこか悲しそうな雰囲気がある。
巣穴から運び出される遺品と身体の一部を見ながら、僕は隣にいる人に話しかける。
「あの…お悔やみ申し上げます」
「ありがとう、あいつらも浮かばれるよ。それにしても、キミは強いんだね」
「これでもマジックユーザーですので」
ちょっと胸を張って自慢げに言う。
こういうのでいいんだよ、こういうので!
僕はマジックユーザーなんだからいきなりアズラエル復活戦とか竜との圧迫面接とかいらないんだって!!
「そうか……ちなみに、キリークから来たのかい?」
「僕にはちゃんとチンコありますから! もしかして男でも襲ったりするんですか!?」
「い、いや…そんな事するやついないだろ」
「居ました……」
僕が悲しげに呟くと、その人は僕の肩を優しく叩いて「人付き合いを改めたほうが良い」と言ってくれた。
あの人は改めたくらいで諦めてくれるのだろうか…。
「さて、キミは我らにとって恩人だ。よければ歓迎したいから、一緒に来ないか?」
「すいません、人を待たせているので。また今度、機会があればお願いします」
「…さっき言っていた人の事かな? それならこっちで匿ってもいいんだが…」
残念ながら違う人です。
というか匿ってもらっても、いつかやってきそうで怖い。
エイブラハムさん、ほんとに僕らと同じ存在なのか分からなくなってきたゾ。
その後、せめてものお礼という事でお金を貰って僕らは別方向へと歩いて別れた。
しばらく歩いてから、僕は指笛を吹いてムコノを呼ぶ。
何故か口をモゴモゴと動かしており、端の方からニュートマンティスの足が見えている。
「……それ、おいしいの?」
「ケェッ!」
なんだろう、僕が戦わなくてもこいつに任せとけばよかったんじゃないかと思えてきた。
まぁ存在階位を上げる為にも無駄な経験じゃなかったわけだし、良かったという事にしておこう。
さて、先ほどの一団だが……間違いなくタラーク側の人間である。
彼らは確かに仲間の遺品を持ち帰る為に来たのだろう。
では、その仲間はあんな場所で何をしていた…?
十中八九、斥候だと思う。
僕がキリーク側の人間だとはバレてないと思うけど、その可能性も考えているかもしれない。
真っ直ぐ帰れば監視の人に報告される為、僕はムコノの手綱をとって遠回りして帰る事にした。
「よーし、それじゃあエスクードまで帰ろうか!」
「グェッグェッ」
わざと大きな声で目的地を知らせて、ムコノを走らせる。
……あれ、でもよく考えればコイツを使ってそのままエスクードの街まで帰るのも有りではなかろうか。
そう思いながら手綱を繰るのだが、ムコノはそれを無視して真っ直ぐキリークの街へと向かう。
僕が手綱を横に引いても、後ろに思いっきり引っ張っても、こいつは曲がる事なく真っ直ぐと帰路を走る。
まさかこいつ、手綱の意味無いんじゃないか!?
そうなるとムコノに乗ってエスクードに帰るのも無理そうだ。
取り敢えず街に戻ったら、責任者であるトリュファイナさんに斥候について報告しなければならない。
「はぁ~……戦争、してほしくないなぁ…」
誰に言うでもなく、神に祈るでもなく、僕は小さく望みを呟いた。
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