第20話:一呼吸の休息

 さて…アズラエルの肋骨を押し付けられ、竜言語を身に付けさせられた僕らであるが、流石に帰りには何も起こらなかった。

 というかここで何かあったら僕はもう生きてく気力がなくなってたと思う、マジで。

 それと、館に帰ってからクレオは母親であるトリュファイナ・アルテミスさんにしこたま怒られてた。

 僕はお客さんというか、むしろ事前にクレオにベッドの上で押し倒されてたところを目撃されていた為、逆に巻き込まれたという認識だった。

 とはいえ、ひとしきり怒られた後は無事を喜んでいたので、だからこそクレオはここの人達が好きなんだろうと思う。


「それで、竜はどこかに行ってしまったと。フゥ……いえ、それならそれで構いません。むしろ問題が減ったと考えるべきでしょう」


 トリュファイナさんに竜の住まう山で起きた惨劇について説明すると、頭を痛めたのかしきりにこめかみを押さえていた。

 まだ頭だけでよかったかもしれない、僕なんか心臓どころかもう色んなところが痛くてたまらない。


「ところで、アズラエルという存在と懇意なのですか?」

「いいえ、違います」


 そこについては僕は間髪入れずに即答した。

 若干、背筋に薄ら寒さを感じたけれども…アレと同じ分類にされるのはちょっと困る。


「分かりました。パトラも貴女がいなくて心配していました、顔を見せてあげなさい」

「はい、母様! ほら行くぞフィン!」

 

 そう言ってクレオは僕の手を強引に引っ張っていき、館の二階にある一室へと連れて来られた。

 そこにはクレオ達と似た顔立ちをしていながらも、病弱そうな子供がベッドにいた。


「おかえり、クレオお姉ちゃん。無事だったんだね」

「ただいま! 大人しくしてたパトラにお土産があるぞ」


 そう言ってクレオはポケットから穴だらけの石を取り出す。


「これ…石?」

「フッフッフ…よーく見てみな」


 クレオが水の入った洗面器にその石を入れると、沈む事なく浮かび上がる。

 どうやら軽石のようで、妹であるパトラはそれを興味津々に見ていた。


「凄い、凄い! 沈まない石なんてあるんだね!」


 うーん、プールに塩を入れまくって金槌とかも浮かせたらどんな反応をしてくれるんだろうか。

 ただ、水なら僕でも≪生成≫で生み出せるけど、流石に塩とかは作り出せない。

 竜言語なら作れるかもしれないけど、そんな事の為に発声なんかしたら何が起きるか分からない。

 下手すると街中が塩まみれになるかもしれないので止めておこう。


「…ところでクレオお姉ちゃん、そっちの人は誰かしら?」

「おっと、自己紹介を忘れてた。僕はフィル・グリム、クレオの友達です」


 軽く会釈をすると、妹のパトラちゃんはこちらに合わせて挨拶を返してくれた。


「初めまして、フィルさん。わたしはパトラ・アルテミスです。クレオお姉ちゃんの友達になってくれてありがとうございます」

「おいおい、パトラ。どうして友達になっただけでお礼なんて言うんだよ!?」

「だってお姉ちゃん、自分を男だって言ってるせいか、今までキリークのお友達を連れてきてくれなかったじゃないの」


 ……ん?

 ちょっとおかしな齟齬が発生している気がするので訂正しておく。


「あー…僕はキリークじゃないよ。もちろんタラークでもない、普通の男だよ」

「あれ、そうなんですか!? スカートを履いてらっしゃるので、てっきりキリークか女性の方だとばかり」


 そして僕はゆっくりと自分の姿を見つめなおす。

 服装はところどころ汚れやボロがありながらも、それは立派なキリークの衣装…つまり女性用の服装であった。


「………違うんです」

「あ、やっぱり違うんですか。男の方なのにスカートなんて履かれてるなんて変ですもんね!」


 痛い痛い、心が痛い!

 違う、そうじゃない、そうじゃないんです!!


「いえ、その、あの…僕は普通の男の子でして、この姿はキミのお兄さん…お姉ちゃんのせいというか……」

「同じ? もしかしてクレオお姉ちゃんと同じで、身体は女の人だけど男の人ってことですか?」

「そういう事でもなく…ッ!!」


 なんて説明すればいいのコレ!?

 っていうかクレオのせいでかなり面倒な事態になってない!?

 僕は何とかしてくれという目配せをクレオに送ると、自信満々に任せろといった感じの顔を返してきた。


「いいか、パトラ。こういう服が好きな男もこの世界にはいてな―――」

「待った、待った! それだと僕が女装好きみたいな事になっちゃう!!」

「でも、嫌いじゃないだろ?」


 そのクソみたいな"嫌いじゃない=好き"の図式はやめてくれ!

 というか好きじゃないし嫌いだよ!!


「あの…そういうご趣味でもいいと思いますよ?」


 あぁほら、パトラちゃんが生温い目でこっちを見てきたんだけど!


「女物の服を着る趣味はないから! 信じて!」

「じゃあお仕事で着ていると……あっ」

「仕事でもないよ!!」


 というかそんな仕事があってたまるか!

 ……いや、元の世界だとあった気がする。

 怖いな…帰れるとしても帰りたくなくなってきたぞ。


「というか、そろそろ僕の服返してよ…」

「おう、ちゃんと洗ったら返すって!」


 それまで女装していろと仰るか。

 それならボロ布でも巻いていた方がマシだ。

 ……いや、流石にボロ布スタイルはマニアックすぎるから無しだ。


「……もしや、ご自分の衣服を誰かに着せて、それを着るご趣味?」

「キミら姉妹はどうしても僕を倒錯した趣味の持ち主のしたいの!?」


 その後、僕は時間をかけてパトラちゃんに不可抗力である事と、自分はおかしな趣味を持っていないという事を説得したのだが、ずっと暖かな目で見られていた。

 冷たい目線じゃなかっただけマシだと思うべきだろうか。




 翌日、僕は洗濯された自分の服を庭先で乾かしたいた。

 魔法の練習と、一刻も早く元の服装に戻りたいという願いのもと、≪生成≫で火と風を産み出し、それで乾燥させているのだ。

 クレオが珍しいものでも見るかのようにそんな僕を見ながら、ある提案をする。


「なぁ、せっかく竜言語を使えるようになったんだから、それで≪乾燥≫とかやればいいんじゃないか?」

「……それ、絶対にやらないでね?」


 竜言語は竜が使う魔法のような力だ。

 そんなものを小さき者である僕らが使えばマトモに済むわけがない、というか出力が段違いである。

 例えば周囲一帯の水が消滅してキリークがミイラの街になる可能性もある。

 あとは存在階位が低ければ、反動に耐え切れずに自爆する事すら考えられる。


 そんな事をできるだけ噛み砕いて分かりやすく説明したのだが、いまいち分かっていないような顔をしていた。

 というわけで、仕方がなくその一例を見せる事にした。


「≪停滞≫」


 そうすると、僕が生み出した火と風が止まる。

 もちろん熱くないし、何の影響もない。

 これはまだこの世界には誕生していない魔法であり、使えるのは僕くらいだろう。


「お、おい! 鼻血が出てるぞ!?」

「あぁ…魔法の反動だね。これはまだ軽いけど、竜言語なんか使ったら文字通り喉が焼けると思うよ」


 心配そうに見るクレオを余所に、僕は鼻血を止める為に上を向く。

 今の魔法は本来ならばもう少し未来で開発される魔法であり、宿神からの脅威に対抗する為の手段である。

 ただし、僕みたいに未熟な者が使えば相応の代償を支払う事になる。

 というか今のは無理やり発動したようなものだから正規の魔法でもない。

 プログラムで「取り敢えず動くからいいや」みたいな感じのものだ、マジで不安定なコードである。


「まぁそういうわけで、存在階位…レベルを上げるまでは封印で」


 とはいうものの、実際どれだけ存在階位を上げればいいのかが分からない。

 ゲームでは仲間に竜言語を使える人もいたと思うんだけど、少なくとも僕はその人と出会ったことがない。

 こんなことならCG回収とかしてないでしっかりゲームクリアしておけばよかった。


 そんな感じで上を向きながら話していると、窓からパトラちゃんの顔が見えた。

 手を振られたのでこちらも手を振り返すと、その隣からトリュファイナさんも一緒に顔を出してきた。


「おはよう、少年。どうしたのかな?」

「あ、母様。どうも私を見てたら鼻血が出ちゃったみたいです」

「………ほぅ?」


 そう言ってトリュファイナさんが腰に差した剣を抜き、こちらに飛びかかろうと窓に足をかけていた。


「違うんです!!!!」


 僕の必死の説得と、クレオも一緒に証言してくれたので事なきを得たのだが、本当にこの世界はウカウカしてると死にそうになるな。

 いやまぁ、これでも原作に比べれば全然マシだからいいんだけどさ。

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